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魅了魔法持ち王女は、女嫌いの皇帝に一途に溺愛される  作者: 青空一夏


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2

お祖母様が亡くなってから、宮廷の空気は急に重くなった。

いつも鳴り響くラッパ隊の練習音が途絶え、

王宮の廊下に並ぶ花瓶には、白い花だけが飾られた。


私だけではなく、王宮に仕える誰もが喪失感に包まれているのがわかる。

女官長や侍従長は、いつもどこか戸惑ったような表情を浮かべ、

侍女や下働きの者たちでさえ、落ち着かない素振りを見せる。

まるで王宮そのものが、光を失ったかのよう。

特にお父様とお母様は、その影響が大きかった。

お祖母様が生前、こなしていた政務が、想像以上に多かったからだ。


「……母上が抱えておられた仕事が、こんなにもあったのか……?」

「どれを優先すべきなのか……もうわからないわ。もっと、お義母様からいろいろ教えていただけば良かった。まさか……こんなに早く亡くなってしまうなんて思わなかったから」


廊下を歩いていると、お父様とお母様の戸惑ったような声が

執務室の扉の向こうから漏れ聞こえてくることも多くて、

いつも二人はイライラしていた。

以前のように優しく声をかけてもらうことも減ってしまった。

ミリアもそんな状況に不安を感じてか、私の側にいたがった。

 

「お姉様……お父様たち、なんだか怖いわ。お祖母様がいらっしゃる時は、あんなに優しかったのに」


私はミリアを慰めながらも、 なんとか姉妹で

明るく毎日を乗り切ろうとしていた。

そんなある日、一人庭園を散歩していると、

少し離れた噴水のそばで下働きの女性たちが洗濯をしながら、

話す声が聞こえてきた。


「アウレリア様……

あのお方がいらっしゃると、本当に光が射すようだねぇ」


「まったくだよ。王太后様にそっくりでお美しくて、

お勉強もできるって評判だよ。……

あの方が女王様になられたら、この国はもっと良くなりそうだねえ」


「市場でもね、さっき噂してたよ。

『アウレリア王女様が成長なさって、国をよくしてくださる日が楽しみだねぇ』って。だってさあ……王太后様は本当に立派だったじゃないか。

あの方がいらした頃は、なんていうか……国のことがちゃんと回ってたよ」


「うんうん、それは言えるねぇ。

今の国王様と王妃様は、悪い人たちじゃないけどねぇ……

なんというか、頼りないって、みんな言ってるよ。

決めるのに時間がかかったり、周りを気にしすぎたりね」


「だから余計に、アウレリア様には期待が集まるんだよ」

 

私は複雑な気持ちになりながら、自室に戻ろうとして廊下を歩いていると、今度は侍女たちの声が耳に入る。


「王太后様が亡くなって……王妃様も大変よね。

だって、あの方ほど完璧にはできないじゃない?」

「でも、次世代にアウレリア様がおられるから救いだと思うわ。

立ち居振る舞いも才覚も、もう立派すぎて……王妃様や国王様を上回る

立派な女王様になるに違いないわ」

「宰相様たちもおっしゃってたらしいわよ。

“アウレリア王女殿下が成人なされば国は安泰でしょう”ですって」


私はそっと足を止めた。


(また……私の話だわ)


それは褒め言葉のはずなのに、お父様たちを貶すような意味合いも含まれていて、やはり心から喜ぶことはできなかった。


そしてその日の夜。

両親の部屋の前を通りかかったとき、扉の隙間から

お父様とお母様の声が聞こえてしまった。


「……宰相め。たわけたことを抜かしおった。

『 アウレリア王女殿下が十六歳を迎えられたら、

すぐにでも女王に即位させたらどうでしょう?』だと! 

私にさっさと退けと言っているようなものだ!」


「最近は大臣たちまで言い始めていますわ……

『アウレリア王女殿下は王太后殿下に似て聡明だから、すぐにでも国政を主導できる』ですって……まるで私たちが役立たずと言われているようで……」

 

一度、静寂が落ちた。

けれどやがて、お母様の押し殺したような怒りを含んだ声が続いた。


「……全部、アウレリアのせいですわ。

あの子が優秀すぎるから、みんな期待するのです。

私たちは……お義母様の影から、一生逃れられないのでしょうか?」


息が止まりそうになった。


(……ずっとお母様はそんなふうに、お祖母様のことを見ていらっしゃったの? そして、私のことも不満に思っていたなんて……知らなかった)


私の胸はズキリと痛んだ。お母様に嫌われているなんて、思ってもいなかったから……。


お祖母様が亡くなってから、宮廷の女官や侍女たちの態度は、私に向けてなお一層、丁寧になった。


「アウレリア様は次代の光……」


そんな声が聞こえるたびに、お母様の顔を覗ってしまう。

そんな時のお母様は優しい笑みを浮かべているように見えて、

その目は少しも笑っていなかった。

どこか冷たく暗い光を帯びていた。


やがて、私の周りで大きな変化が訪れた。

高位貴族たちから婚約を求める“釣書”が次々と届きはじめたのだ。

差し出してきたのは、名門中の名門ばかり。

王国最強の兵を率いる第一騎士団長家。

古くから王家を支え続ける筆頭公爵家。

広大な領地と莫大な富を誇る大侯爵家。

政務に深く関わる文官系の名家など。

どの家も、“未来の女王の王配”の座を狙っていた。


もちろん私個人に決定権はない。

全ては国王であるお父様や、大臣たちが構成する貴族議会の判断に

従うこととなった。

そして、その中で選ばれたのが宰相の一人息子、

レオニス・スタッキー侯爵子息だった。


最初の対面の日、 サロンで宰相が私の前に進み出て、静かに頭を下げた。

「アウレリア殿下。本日は、我が家の嫡男レオニスを紹介させていただきます。王配となるべく資質を備え、 立派に殿下をお支えしていけると信じております」


その隣に立つ少年――レオニス・スタッキーは、ライトブラウンの髪をきちんと撫でつけ、姿勢も礼儀も申し分ない。


“宰相家の跡継ぎ”として育てられた気品が、自然と立ち姿に表れていた。

けれど、私と目が合った瞬間、わずかに目を見開き頬を赤く染めた。

驚き、でも失礼にならないように抑え込んだその反応に、

私はむしろ品の良さを感じた。


「アウレリア王女殿下、

僕はスタッキー侯爵家の嫡男、レオニスと申します。

この度、殿下の婚約者になることができ、大変光栄です」


落ち着いた声でそう名乗ると、レオニスは静かに私に臣下の礼を取った。



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