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私は皇帝にお姫様抱っこされたまま、皇城の中央塔――最上階の専用フロアへと連れて行かれた。
「 ここは俺とアウレリアのためのフロアだ。どの部屋に入ってもいい。中央の三室は、真ん中を挟んで俺とアウレリアの部屋になっている。……真ん中は夫婦の寝室だ。通常は一緒に寝ることになると思うが」
(えっ……自然に名前を呼び捨てにされてしまったわ。けれど、全然嫌じゃないわね。むしろこの方に言われると自然に受け入れてしまう。でも、困ったわ。……今日は初夜か……閨の教育だけは受けていないんだけど……どうしよう)
「……長時間の移動で疲れているだろうからな。今夜は自分の部屋で寝ていい。俺も自分の部屋で休むつもりだ。そばにいてほしいなら、いくらでもそばにいる。アウレリアが望まぬことは、俺は絶対にしない。安心してほしい」
声が優しい。抱き上げる腕も、まるで壊れ物を扱うみたいに丁寧。
(……やっぱりこの方、優しすぎる。私は十一番目の側妃どころか……まるで特別扱いされているみたい……)
胸がじんと温かくなるのを感じた。
「はい。お優しいお言葉をいただき、ありがとうございます。……ところで、その……部屋数がとても多いように見えますが……?」
皇帝は当たり前のように、柔らかい声で答えた。
「あぁ、空いている部屋は好きに使っていいぞ。衣装部屋に改造してもいいし、趣味の部屋にしても良し。ただ……三部屋くらいは残しておいてほしい」
「三部屋……ですか?」
「俺たちの子供が三人ぐらいは欲しいからな。子供部屋にしよう」
「はっ……はいっ……!」
(い、いきなりの……子作り宣言!? しかも人数まで具体的に希望されて……!)
頭がくらくらした。
(レオニス様に同じことを言われたら、たぶん背筋が凍っていたと思う。でも、この方に言われると……不思議と全然嫌じゃないのよね……)
胸の奥がくすぐったくなる。
(三人、か……。初めは女の子がいいな。あとは男の子が二人。……きっと、とんでもなく可愛い子たちが生まれるに違いないわ。でも……やっぱり跡継ぎと考えたら……最初は男の子?)
考えた瞬間、自分で自分が恥ずかしくなった。嫁いだばかりで気が早すぎる気がしたから。
「俺は子供の性別なんて気にしない。……アウレリアが笑っていられるなら、それでいいのさ。焦る必要も、無理をする必要もない。今はただ、そばにいてくれれば十分だ」
(……どうしてこんなに、私の気持ちが分かるの……? 不思議……)
皇帝は説明しながら、一室ずつ扉を開いていった。私の部屋の扉を開いた瞬間、思わず小さく息を呑んだ。淡いクリーム色で統一された室内は、一歩入るだけで空気が変わるほどの気品に満ちている。高い天井には繊細な細工が施され、 磨き抜かれた白大理石の床の上には、ふかふかの絨毯が敷かれていた。
部屋の中央には天蓋付きの大きなベッド。薄い金糸で縁取られた天蓋布がふわりと揺れ、シルクの寝具は触れなくても分かる上質さだった。窓際には淡金色に輝く化粧台と、水晶のノブが付いた引き出し。隣には皇妃専用の文机と、香木の甘い香りを放つ椅子が置かれている。
(……綺麗……こんな部屋で暮らせるなんて夢みたい……十歳で北の塔に 閉じ込められた時以来だわ)
真ん中は夫婦の寝室で、その両端に私と皇帝のプライベートルームがあるという配置。扉はあるものの、内部で自然に行き来できる造りになっていた。
皇帝はちらりと私に流し目をおくり、艶っぽい顔で微笑んだ。
「俺は基本、鍵をかけない。俺の部屋にはいつでも来ていいぞ。もちろん、俺から勝手にアウレリアの部屋に入るつもりはないから、そこは安心してくれ」
かけてくれる言葉はどこまでも優しくて、私を大切にしたいという配慮に満ちていた。
(十一番目の側妃というお話……本当に嘘だったのね……)
それに、すれ違う侍女やメイドの数が極端に少ないことに気づく。皆、皇帝を恐れるように廊下の端で固まっていた。その反面、フットマンや侍従は多い。
「俺は女性が苦手でな。……もちろん、君以外の女性の話だ。だから今までは、なるべく女性の使用人を置かなかった。だが、アウレリアが来たことだし……これからは増やそうと思っている」
(……この国に来られて、本当に幸せだわ。正直どんなひどい扱いを受けるかと 、内心穏やかではなかったけれど……優しいし、思いやりもあって、人を見る目がある素敵な男性が、私の旦那様。こんなに嬉しい気持ちになるなんて……この方を心から大切にしよう)
そんなふうに考えた瞬間、まだ私をお姫様抱っこしたままの皇帝が、ぽそっと呟いた。
「本当に……俺の嫁は可愛すぎる」
「え? 今なんとおっしゃいました?」
「いや、俺は何も言ってないぞ」
(……そ、そうよね。こんなクールで美しくて圧倒的オーラを放つ皇帝が、そんなこと言うはず……聞き間違いよね……しっかりしなさい、アウレリア! きっと、嬉しすぎて妄想が漏れ出してるのよ)
すると、皇帝がくすくすと笑い出した。私が上目遣いに見上げると、深みのある声で言われた。
「ずっと一生大事にするから、安心していいぞ。しばらく休んで元気になったら、皇妃として働いてもらうつもりだ。その前に皇妃教育を受けてもらうがね。……覚悟はいいか?」
(なんて嬉しいお言葉なの……! 私に“仕事”を与えてくださるなんて。つまり、期待してくださっているということよね……嬉しい……絶対に頑張る。この国のために、この方と一緒に)
「はい!」
迷いなく返事をした。自分でも驚くほど声に力がこもっていた。
皇帝は、ぱっと表情を綻ばせた。まるで本気で嬉しいと全身で伝えてくるような、眩しいほどの笑顔だった。
「……そうか。うん、それでこそ俺の嫁だ」
その声が優しくて、どこか誇らしげで。私も心の底から笑顔がはじける。
『敵国に追放する』と言ったお父様に、私は感謝さえしたくなったのだった。




