23
お父様は、ここでも私を粗末に扱った。
輿入れの護衛を下級騎士だけで済ませるなんて、王女の嫁入りでは到底ありえないことなのに……けれど、ラウル隊長なら、構わない。
彼の騎士としての矜持は本物だと分かっているから。
どんな危険があっても私を守る――その静かな覚悟が伝わってきたから。
胸の奥がじんわりと温かくなり、思わず唇がほころんだ。
ありがたい。心からそう思えた。
いよいよ出発の刻。
「アウレリア様……」
すぐ隣にいたクラリス先生が、そっと私の両手を包み込んだ。その指先はかすかに震えている。
「本当は……私もご一緒したいのです。ですが陛下から“同行は許さぬ”と言い渡されました。心配で……何もして差し上げられないのが悔しくて……。けれど、王太后様が必ず天から見守ってくださいます。どうか、お気持ちをしっかりお持ちになって。お元気で……」
「わかっています、クラリス先生。あちらに着いたら、すぐお手紙を書きますね。先生から受けたご恩は一生忘れません。先生がいらっしゃらなかったら、今の私はありませんから。どうぞ先生もお元気で……」
その瞬間ばかりは、私も涙を堪えなかった。大切な人との別れ――もう二度と会えないかもしれないのだから。
「先生は私に、強さと知恵をくださった方です。だから私は大丈夫。恥じない生き方だけは、必ず守ってみせます。お祖母様の孫ですもの」
クラリス先生は涙を流しながら、深く頷いた。一緒に帝国へ向かうダリアは、号泣しながらクラリス先生に抱きついている。 ダリアもまた、クラリス先生を心から慕っていたのだ。
そして私は馬車にダリアと乗り込んだ。木の硬い座面が背中に痛いほど当たる。でも、これくらいどうということはない。
(お祖母様。必ず誇りを忘れず、気高く生きてみせます)
扉が閉まり、車輪がゆっくりと回りはじめた、その時だった。お父様とお母様、ミリアが姿を見せ、その後ろにはレオニス様も立っていた。
「グラディス王国には二度と戻ってくるな!お前の帰る場所はもうないと思え!」
「さようなら、アウレリア。最後まで、あなたは私の娘とは思えなかったわ」
「ご機嫌よう、お姉様! 私は立派な女王様になるから、お姉様は十一番目の側妃として、醜い皇帝に仕えてね? ふふっ、かわいそー」
「元気でいてください、アウレリア様。一時でもあなたの婚約者だったことが私の汚点でしたよ。……皇帝に気に入られるよう努力することですね。十一番目の側妃様!」
四人は好き勝手なことを言い散らし、笑いながら私の馬車を見送った。
(なんて幼稚で……くだらない人たちなの?
わざわざ嫌味を言うためだけに見送りに来るなんて)
言い返す価値もない。そんなこと分かっているのに、胸の奥はやっぱり痛んだ。
(傷つく必要なんてないのよ、アウレリア。あんな人たちの言葉に負けちゃだめ)
自分にそう言い聞かせても、悔しさがじわりと滲み、涙がこぼれそうになる。
私は、彼らの姿が完全に見えなくなるまで、唇を噛みしめ、拳をきつく握りしめて耐え続けた。
ダリアは私の代わりにぷりぷりと怒り、ぎゅっと手を握ってくれた。
「アウレリア様、きっとあんな人たちには、神様がしかるべき罰をお与えになります!それか……私がひとり一人ひっぱたいて差し上げてもいいですし! あぁ、もし私が“最強のイケメン騎士様”に生まれていたら……アウレリア様を絶対に、絶対にお守りできたのに……!」
思わず頬がゆるむ。こういうときのダリアは、いつだって私を笑わせてくれる。
「ふふっ……ダリアったら。ありがとう」
その時まで、私はてっきりダリアだけを侍女として連れて行くのだと思っていた。ところが、ふと後ろを振り返ると、私の乗る馬車に続いて馬車がもう一台、つかず離れずついてくるのが見えた。
馬上のラウル隊長に尋ねると、彼は小さく息を吐いて答えた。
「……あれは王妃殿下付きの侍女三人です。急遽、アウレリア王女殿下のお世話係として同行せよと命じられたそうです。私も出発直前に知らされました」
すると、隣のダリアが目をむいた。
「お世話係? いえ、どう考えても“お目付け役”ですわ!」
ダリアは声をひそめながらも、ますます怒りを募らせた。
「私に散々嫌がらせをしてきた侍女たちですもの。絶対にまともな目的じゃありません!王妃めっ……なんと執念深い……」
(ダリアは彼女たちに、特に酷い仕打ちを受けていたと聞いた。だから、そう思うのも当然だわ)
私は小さく息をつきながら、胸の奥に冷たいものが広がるのを感じた。
(……最後の最後まで、お母様は私を貶めるつもりなのね)




