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魅了魔法持ち王女は、女嫌いの皇帝に一途に溺愛される  作者: 青空一夏


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アルシオン帝国へ発つ当日。

私は北の塔の冷えた石段をダリアと降りた。

出発の準備が整ったと聞いていたけれど、外に出て、私は思わず戸惑いの声を漏らす。

「……これが、帝国に持って行く私の荷物……なの?」


塔の前――まだ朝露の残る石畳の上。

そこに、まるで誰かが蹴飛ばしたかのように、大きなトランクが斜めに転がされていた。豪奢な刺繍と金の装飾が施されているお陰で、外見だけは立派だ。けれど、その扱われ方ひとつで分かる。


(……“丁重に運ぶ価値すらない荷物”というわけね)


ダリアが眉をひそめながらもトランクを開けた。

途端、中から飛び出したのは、けばけばしい色彩の山。

どす黒い深紅。

濁ったような濃紫。

ありえないほど鮮やかすぎるピンク。

そして稚拙な刺繍があちらこちらに、まるで子供が初めて挑戦した作品のように……。私は無言で一枚ずつ指先でつまみ上げた。

(……まともな令嬢は絶対に着ないわね。ここまで下品な色味を見つけてくるなんて、逆にすごい才能だと思うわ)

 

「アウレリア様……こ、これは……」

ダリアは呆然とし、次の瞬間、プリプリと怒り出す。

「趣味の悪さにぞっとします……わざとですよね?王妃殿下はあまりにも酷すぎます!」


私は乾いた声で笑った。強がりでもなく、諦めでもなく、嫌がらせするレベルが幼稚すぎて、逆に怒る気力も湧かない種類の笑いよ。

「ええ。お母様らしい“お気遣い”だわ。……着られないようなドレスばかりを、あえて持たせてくださるなんて」


「アウレリア様! 間に合って良かったです!」

そこへ、クラリス先生が小走りにこちらへやって来るのが見えた。


「まぁ、先生。わざわざ朝早くに来ていただけるなんて……ありがとうございます」

私はお礼を述べ、クラリス先生も見守るなかで、用意されたトランクの中身を順に確かめていく。


隅に、小ぶりな宝石箱が目に入った。開けてみると、きらきらとした宝石がぎっしり詰められている。けれど、箱を持ち上げた瞬間、ふっと違和感が胸をかすめた。

(……軽い。間違いなく、全部模造品ね)


クラリス先生も、そっと宝石を一つつまみ上げ、光に透かした。そして眉をぎゅっと寄せる。

「……これはガラスですね。しかも、かなり粗悪なものです。よくもまあ、アウレリア様にこんな物を……。王妃殿下は恥知らずですわ。しかも、このドレスの色……下品すぎます」

先生の声は静かだったけれど、その奥には怒りが濃く滲んでいた。


私は宝石箱のふたをゆっくり閉じながら答える。

「形だけ整えれば良い、ということでしょう。“王女らしく嫁がせた”という表向きの形さえあれば、後はどうでもいいのですわ。……それにしても、なぜここまで憎まれるのでしょう?私が、お父様やお母様に何をしたというのでしょうね?」

言いながら、肩をすくめて平気なふりをした。けれど、胸の奥がひどく痛むのは隠しようがない。


(高価なものなど持たせてもらえない覚悟はしていた。でも……まさかここまでとは)

私は悪くない。理不尽なのはあちらだと分かっている。それでも、ここまで徹底的に意地悪をされれば、やはり悲しく惨めな気持ちになった。

せめて最後くらい、形ばかりでも親としての情があっても良さそうなのに。

ここまで憎まれる理由がよくわからなかった。


そこへ、馬車が曳かれてきた。外側は金塗りで、遠目には豪奢そのもの。けれど扉が開いた瞬間、私は小さく息を呑んだ。内装はただの板張り。薄いクッションが申し訳程度に置かれているだけで、 “豪華に見せかけただけ” の粗末な造りだった。


(……随分と手の込んだ嫌がらせですわね)

そんな皮肉を胸の奥でそっと呟いたとき。

「アウレリア王女殿下。僭越ながら、俺がアルシオン帝国までお供いたします」

振り向くと、北の塔を守っていたラウル隊長がいた。その背後には、例の建国記念祭に酔って扉を開けようとした下級騎士たちが並んで立っている。皆、私の顔を見た瞬間ぽかんとし、その後一斉に慌て始めた。隊長の鋭い視線で、ようやくぎこちなく動き出す。


「す、すみませんでした……!建国記念祭のあの日は、本当に大変なご無礼を……!」

「二度と、二度とあんな真似はいたしません……どうか、どうかお許しください……!」

「こうしてお目通りして、まるで別世界の方だと改めてわかりました。本当に申し訳ありませんでした」

 

謝罪する下級騎士たちに、ダリアとクラリス先生は反射的に帝国式武道の構えを取りかけた。けれど私は、そっと手を上げてふたりを制する。

「過ぎたことです。反省しているのなら、もうその話は終わりにしましょう。……アルシオン帝国まで守ってくださること、感謝いたしますわ」

「「はいっ! お任せください」」


隊長は、まっすぐに私を見つめていた。その眼差しには、誠実さと、申し訳なさがにじみ出ている。

「……本来なら、近衛騎士のような上級騎士が同行すべき件ですが……俺たちのような下級騎士で、本当に申し訳ありません。ですが、命に代えてもアウレリア殿下をお守りします」

その声音には、ごまかしも、誇張もなかった。ただ、不器用なまでに真っ直ぐな忠誠心だけが込められていた。


私は静かに頷く。

「ありがとう。あなたがいてくださるなら……心強いわ。頼みましたよ」


お父様は、ここでも私を粗末に扱った。輿入れの護衛を下級騎士だけで済ませるなんて、王女の嫁入りでは到底ありえないことなのに……。


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