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「陛下よりのお達しです。本日のパーティーに出席するようにとのことです。
今夜はミリア王女殿下とレオニス様の婚約発表がございますので、そこでアウレリア王女殿下に、お話されたいことがあるそうです」
ランス隊長が、丁寧に頭を下げて伝えてきた。
「そうですか。承知しました。知らせてくれてありがとう」
私が静かに答えると、横にいたダリアが青ざめた。
「いきなり……そんな。どうしましょう、アウレリア様。婚約発表ともなれば、貴族方は皆、思いきり着飾って参りますわ。それなのに、こちらにはドレスが一枚もありません。髪飾りだって……!」
私は小さく微笑んだ。
「いつものワンピースで構いませんわ。もともと、これしか支給されていませんもの。ならば、これで出席するしかありません」
「えっ……で、では……クラリス先生がくださったワンピースはいかがでしょう?夜会用ドレスではありませんが、王妃様がくださったワンピースよりは遙かに素敵ですし……」
「いいえ。これで十分ですわ、ダリア。夜会用ドレスがないのは私のせいではありませんもの。それに……私は何も悪いことをしていません。だから、胸を張ってこのまま出席します」
ダリアの瞳が潤む。
「アウレリア様……本当にお強いです。気高くて、まっすぐで……でも私は悔しくてなりません。国王陛下も王妃殿下も、どうしてそこまで意地悪をなさるんでしょうか……」
「ダリア、ありがとう。あなたが味方でいてくれるだけで十分です」
そう口にしたものの、心の奥では波が立っていた。
婚約発表のような華やかな場に出るのは、塔に幽閉されて以来ずっとなかった。きっと、貴族たちは眩しいほど着飾ってくるだろう。その中で、質素すぎるワンピース姿の私が立つのは、 正直辛い。胸が痛む。
それでも「出席せよ」と言われた以上、拒む権利など私にはない。ならば、毅然と顔を上げて、何でもないふりをして行くしかない。
(そう……お母様もお父様も、きっと私が惨めな顔で下を向く姿を望んでいる。だから絶対に、うつむいたりなんてしない。その場では、涙だって、絶対に流さないわ。あの人たちを喜ばせてなんて──やるものですか!)
髪を結い上げるための夜会用ピンも、飾りも一つもない。だから腰まで伸びた真っ直ぐなブロンドの髪を、丁寧にブラシで梳いただけ。クラリス先生に頂いた、淡いバラの香りの香油をほんの少しだけなじませた。化粧も、先生から頂いた化粧水と保湿クリームの上に、淡いピンクのルージュを塗っただけだ。
「アウレリア様はお肌が絹のように白くてきめ細かいので、白粉はいりませんね。頬の自然な赤みがとても可愛らしいですし、ルージュだけで十分ですわ」
「ありがとう、ダリア。あなたがいてくれるから、私はいつも前を向いて
いられるのよ」
やがて婚約パーティーの時刻が迫り、私は静かに立ち上がった。本当に久しぶりに、城の大広間へ向かう。
扉が開いた瞬間、まばゆい光とざわめきが押し寄せた。色とりどりのドレスと宝石で飾り立てた貴族たちがずらりと並び、その視線が、一斉に私へ注がれる。ジロジロと、品定めするように。ざわめきを隠しもしない好奇の目で。
その中に、お母様とミリアの姿もあった。二人とも、あからさまに意地悪な笑みを浮かべている。
そして案の定、やがて、お母様の甲高い声が会場に響いた。
「まぁ、なんてみすぼらしいワンピースなのかしら!このような晴れの場に、そんな格好で来るなんて……。まったく、ろくな教育を受けていないから、状況にふさわしい服装も分からないのですね!」
大広間にくすくすと笑い声が走る。私は心の中でそっとため息をついた。
(……誰のせいで、このような服しか着られないと思っているのかしら?)
だから私は、はっきりと反論――事実を毅然とした態度で言った。お母様が、長袖と半袖、合わせて四着のワンピースしか、私に与えなかったことを。ドレスどころか、身につけられる衣服のほとんどがその四着しかないのだと。そして、教育が途中で打ち切られたのも、お父様のご命令であると。その場の誰にでも分かるように告げる。
一瞬にして空気が静まり返り、ひそひそとお母様たちの仕打ちがあまりにひどいのではないかと、批判の声が上がった。お母様は扇子を握る手を震わせながら、何も言えずに口を閉ざした。
そこへお父様が、面白がるような表情で、私に思いがけない言葉をぶつけてきた。
「ちょうど良いところだ。宰相がアルシオン帝国から戻ったばかりでな。お前に“とっておきの話”を聞かせてやろう。……さあ、宰相、アウレリアに教えてやれ」
宰相は下卑た笑みを浮かべながら前へ進み出た。
「はい、陛下。アルシオン帝国のシルヴァン皇帝は、実に醜男にございまして……さらに、側妃が十人もおられます。アウレリア様は十一番目になるとのこと。しかも、『敵対してきた国の王女を丁重に扱うつもりはない』と、はっきり仰せでした」
嬉々として報告する宰相の声を聞いた瞬間、私の視界はすっと暗くなった。ショックだったのは、皇帝が醜いと言われたからではない。
わざわざ「丁重に扱うつもりはない」と伝えてきたという事実。そして、十一番目の側妃という屈辱だった。私の血筋でそのような立場に置かれるなど、普通なら泣き叫んで抵抗して当然だ。
それでも……私は絶対に泣かない。
(微笑むのよ、アウレリア。我慢するの。泣くのは今じゃないわ)
「そうですか。貴重な情報を教えてくださり、ありがとうございます。
大変参考になりましたわ。それから……ミリア、レオニス様。ご婚約、おめでとうございます。では、私はこれで失礼いたしますわ」
私は微笑みを崩さぬまま、優雅にカーテシーをした。そして、静かに背を向け、ゆっくりとその場を後にした。
その夜、私は泣いた。アルシオン帝国はこれまでずっと敵対していた国で、騎士たちのいざこざのお詫びとして“献上品”のように差し出される私が、大切にされないだろうことぐらい、最初から分かっていた。
それでも……十一番目の側妃とは……。しかも『丁重に扱わない』と、わざわざ告げられるなんて。そんな未来だけは、想像していなかった。
(帝国に行ったら……私はどうなるの? グラディス王国にいた頃より、もっとひどい扱いを受けるの……?もしかしたら……命の危険だってあるのかもしれない)
北の塔の暮らしは決して快適ではなかったけれど、少なくとも、命を脅かされることはなかった。でもこれからは違う。そう思うと、胸がぎゅっと縮んだ。
今回ばかりは、前を向く気力さえ湧かない。
それでも──輿入れの日は容赦なくやってきた。
そして、私に用意されたものは……




