17 俯瞰視点
この時、国王の胸にひとつの“妙案”が浮かんだ。
(これは……天が与えた機会ではないか?本来なら、こちらが正式に謝罪せねばならん事態。詫び状に加えて、何か“形のある品”も必要になるだろう。……ならば、あれを差し出せば良い。ふふふ、厄介者のアウレリアを)
国王は深く椅子にもたれ、組んだ両足をゆっくりと組みかえた。我ながら名案だと、頬が自然に緩むのを抑えられない。
(邪魔者を排除しながら、帝国との関係まで保つ。まさに一石二鳥。……いや、一石三鳥だな)
そして、臣下たちが“もっともらしく聞こえるように”、国王は重々しい声で口を開いた。
「……アルシオン帝国の奴らに謝罪せねばなるまい。こちらの騎士が悪いのは紛れもない事実だ。だが、詫びの品を差し出せば、帝国も丸く収めよう」
国王は口の端を不気味に引き上げ言葉を続けた。美貌だけは確かなアウレリアを差し出せば、皇帝も納得するはずだ。“側妃のひとり”としてでも扱ってもらえば十分だ、と。
「まぁ、それは素晴らしい案ですわ。それでよろしいのではなくて?皇妃でなくとも、側妃の一人として迎えていただければ……と添えれば、こちらの誠意も伝わるというもの」
自分の娘を差し出すにも関わらず、王妃の声音には微塵の躊躇もない。
「お父様。とても良い案ですわ。お姉様がこのままこの国にいたら、きっとこの国は滅亡します。ですが敵対国として、いがみ合ってきたアルシオン帝国に追放すれば、万事解決ですね」
「うむ。厄介払いと、不祥事の尻拭いもできて、良いことずくめだ!」
国王は高らかに笑い、満足げに胸を張った。王妃は“これで王太后の影に苦しむことはない”とほっと息をつき、ミリアは比べられ続けた姉が消える未来を想像して顔を輝かせた。
宰相の背後で控えていたその息子レオニスが、“この瞬間を待っていた”とばかりに一歩前へ進み出る。
「陛下。稀代の悪女の再来を追放できると決まりまして、誠におめでとうございます。これから我が国は、ますます発展することでしょう。そして……ミリア殿下もそろそろ婚約者をお決めになる頃。私などはいかがでしょうか?ミリア様を一生お支えすることを、ここに誓います」
「おお、レオニスは実に優秀だな。空気の読める男というのはこういう者を言う。ミリア、お前に異存はないか?」
「ええ、お姉様の婚約者だった方を私がいただくことに、何の問題がありましょう?むしろ嬉しいくらいですわ。きっと、お姉様は泣いて悔しがるでしょうね」
ミリアは喉の奥から楽しげな笑いを漏らした。王妃も寄り添うようにホホホと笑う。王太后に似たアウレリアという“輝く存在”が消えると思うと、二人は、長年喉に刺さっていた棘が抜けたかのように、心から安堵の息をついた。
「ならば、宰相よ!」
国王が勢いよく立ち上がる。
「ただちにアルシオン帝国へ向かえ。“謝罪の国書”を携え、我が国の誠意を示すのだ!」
「御意。陛下。……そして私が戻りましたら、ぜひミリア様とレオニスの婚約披露の宴を盛大に開いていただきたく存じます」
「よし、約束しよう!」
「ありがたき幸せ。して、国書には、何と記しましょうか?」
国王は醜悪な笑みを深めた。
「アウレリアを詫びの品として差し出す、と書け。国境での騎士の不祥事に対する謝罪としてだ。側妃の一人としてで十分である、扱いはご随意に、とでも書き添えよ。」
「かしこまりました。アウレリア王女殿下を、アルシオン帝国皇帝陛下の側妃候補として献じる、と陛下の御名にて代筆いたします」
「うむ。では私はアウレリアに、この決定を伝えに行こう。あいつも喜ぶはずだ。一生、北の塔に閉じ込められるよりは……たとえ側妃としてでも、外に出られるのだからな」




