16 俯瞰視点
王城の一角、
大会議室に、次々と人々が集まっていた。長大な楕円形のテーブルを囲むのは、宰相を筆頭とした大臣たち。その背後には、それぞれの派閥に属する高位貴族たちが並び、互いの動向を探るように視線を交わしている。
壁際には、今回の件のために呼び出された高名な学者たち――アウレリアの教師だった者たちであり、王国随一の理論派たちが控えていた。彼らは政治に興味こそないが、事実を歪める者を前に沈黙するほど弱くはない。 “筋の通った常識”を守るためなら、国王にもはっきり物を言う人物ばかりだった。
磨き込まれた大理石の床、天井の豪奢なシャンデリア、繊細な彫刻が施された重厚な扉。どれも王国の権威を象徴している。ほどなくして、正面の席に国王が姿を見せる。背筋を伸ばし、険しい表情を浮かべたその姿に、室内のざわめきが一瞬で消えた。国王が席につくと同時に、室内の空気は完全にピリリと張り詰めた。しばしの沈黙のあと、国王は静かに口を開く。
「皆の者、本日は急ぎ集まってもらった。議題は……アウレリアの件である。先日、北の塔で下級騎士たちが、アウレリアの部屋に侵入しようとしたのだ。塔に閉じ込めていても、アウレリアの“魅了魔法”は外に漏れ出し、男たちを惑わせておるのだ!」
美しい王女の姿を一目見たい、バイオリンを弾いてほしい、酒を注いでほしい、そんな男たちの欲望を刺激したと、わざとらしくため息をつきながら、国王は説明した。議場にざわめきが走る。
「なんと破廉恥な……」「お姉様って、本当に恐ろしい悪女ですわ……」
王妃とミリアも青ざめたふりをして小声で同調した。
国王はその反応に満足したように頷き、声を強める。
「もはや明白だ。あれは王宮に置いてはならぬ“災厄”である。よって、アウレリアの国外追放を提案する」
室内がざわりと大きく揺れた。宰相や大臣の多くは国王に忠実で、反対する空気ではない。高位貴族たちも国王の言葉を肯定するかのように、早くも頷く者までいる。このまま結論が出る。誰もがそう思い始めた、その時だった。
「……お待ちください、陛下」
壁際に控えていた一人の学者が、一歩前に出た。普段は温厚な人柄で、王国の古代からの出来事を常に掘り下げて研究している学者だ。だが、このときばかりは鋭い眼差しで王を見据えていた。
「陛下のおっしゃる“魅了魔法が外に漏れている”というのは、あまりにも飛躍しすぎではありませんか?今回の件は、あくまで騎士たちが酒に酔っていたための暴走では?魅了魔法を示す根拠は、どこにもございません。ましてや、アウレリア王女殿下が騎士を誘惑したという事実も、証拠もないはずです」
だいたい、大昔の事件が問題になったのは、魅了魔法で心を操られた王太子や高位貴族の子息たちが、婚約破棄を次々とし愚行を繰り返したから。アウレリア王女殿下は、そのようなことは一切していないと、反論した。
宰相と大臣たちがざわめき、国王の顔色が見る間に険しくなる。そうして、別の学者も発言し始めた。
「陛下、どうか冷静な再調査を。アウレリア王女殿下は王太后殿下に似て、その才覚は王国の宝でございました。罰するどころか、本来なら最も大事にされるべき存在で――」
「黙れ!」
国王の怒声が議場に響き、空気が一瞬で凍りついた。国王の顔は怒りと焦りが入り混じり、醜く歪んでいる。
「学者風情が……アウレリアを庇い、我が判断に異を唱えるのか!しばらく頭を冷やすが良い!私はこの国の王である!この私の意見に異を唱えるものなど、けっして許しておくものか!」
国王は学者たちを、騎士に命じて地下牢へと放り込んでしまった。
場の空気が一気に国王側へと偏った。もう誰も 国王に反論する者などいない。賛同する声が次々とあがる中、国王は最後の一言を叩きつけた。
「アウレリアは国外追放とする。この国から“悪女”を一掃するためにな!」
こうして、歪んだ決定が形になったその時、扉が勢いよく叩かれた。
「陛下! 緊急事態でございます!王国の騎士が酒に酔い、口論の末にアルシオン帝国側の騎士へ怪我を負わせました……」
騎士団長の声は、焦りを隠しきれていなかった。
隣国アルシオン帝国との国境では、日頃から騎士同士の小競り合いが絶えなかった。先日はグラディス王国の建国記念祭。王城内でさえ“昼間から酒を飲んで良し”とされる無礼講の日だ。緊張感が最も緩む日であり、王国側の騎士から喧嘩を仕掛けたことは想像に難くない。
本来なら軽い揉み合いで済むはずだったが、酒の勢いで思いがけず大事になってしまう。これは国として憂うべき失態。だが国王は、その言葉を聞いた瞬間、まるで“好機を得た”かのように目を細めたのだった。




