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魅了魔法持ち王女は、女嫌いの皇帝に一途に溺愛される  作者: 青空一夏


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16/50

15 俯瞰視点

建国記念祭の翌日、

国王は北の塔の責任者に任じていた下級騎士のランス隊長から、直接の報告を受けていた。本来なら、この程度の地位の者が国王に謁見を許されるはずもない。それでも国王は、わざわざ彼を呼びつけた。もともとアウレリアを守っていたのは、王城で最も優秀とされる近衛騎士たちだった。


だが国王は、アウレリアを“王女として扱う必要がない”と判断した瞬間に、その守りをあっさりと格下げしたのである。“アウレリアの見張りなど、下級騎士で十分だ”と。


その中で、最低限の常識と思いやりを持つランスを隊長として据えたのは、ただ、粗暴な者たちだけを置くと問題が起きると考えたからにすぎない。決してアウレリアを守ろうとしたわけではない。どこまでも国王は、実の娘を疎ましく、忌々しく思っていた。


「先日、部下の数人がアウレリア王女殿下のお部屋に入ろうといたしました。監督不行き届きの俺の責任です。すでに厳しく処分いたしましたが……下級騎士では志が低く、また同じようなことが起こる可能性があります。やはり、上級騎士を配置されたほうが良いと思います」

隊長はあくまで、アウレリアの身を案じて進言していた。だが、その言葉は国王の耳に、まったく別の意味に変換される。


「……何だと?」

国王の表情が、見る間に険しくなった。

「北の塔に閉じ込めていたのに、魅了魔法を防げなかったというのか!くそっ……あの禍々しい力は、壁を隔てても男どもを惑わせるのか!なんと恐ろしい……このまま放置はできぬ!」

まったく意図していない方向へ話が転がり、隊長は一瞬、何を言われているのか理解できず呆然とした。


そして、ようやく正気に戻り、必死に説明をしていく。

「い、いえ陛下!そうではございません!部下どもが酒に浮かれ、羽目を外しすぎただけのことで……。アウレリア様が大層お美しく成長されましたので、一目見たいと思う者が出るのも当然のことなのです。私の隊は平民出身ばかりです。育ちも教育も行き届かず……アウレリア様をお守りするには不適任かと、申し上げたかったのです」

言えば言うほど誤解を深める気がして、隊長は胸の内が冷たくなるのを感じた。


彼は魅了魔法など信じていない。数百年の“魅了の悪女”の騒動は大昔の話だし、アウレリア王女のせいで誰かが破滅した事実など一つもない。むしろ、国民は皆、気高く優秀な第一王女を心から慕っていた。


(あまりに理不尽だ……)


しかし、下級騎士の立場で国王に異を唱えることなど到底できない。悔しさが込み上げ、拳をそっと握り締めた。


「アウレリアなど庇う必要はない!すぐに貴族会議を開く!放置すれば国が危うい。報告、ご苦労。引き続き、あの邪悪な王女を監視せよ」

国王は隊長の言葉を完全に無視し、勝手に怒気を募らせた。


隊長は深く頭を下げたが、胃の底に鉛が沈むような気がした。自分の報告が、ここまで歪められるとは。意見すれば処罰は免れない。しかし黙っていれば、アウレリア王女はますます追い詰められる。

(……どうして、あの方ばかりがこんな目に)

喉奥に込めた嘆息は、言葉になることなく飲み込まれた。



国王は隊長の報告を聞き、ぞっとするほど黒い喜びを感じていた。

(ほら見ろ……やはりアウレリアは“悪”だったのだ。そこにいるだけで男を惑わす、禍々しい魔の力……!なんという破廉恥な娘だ。以前の数々の賞賛は、すべて魅了魔法のせいだったのだ!)

 

口元に歪んだ笑みすら浮かべながら、国王は家族の待つサロンへ向かった。豪奢なソファに腰掛ける王妃と次女ミリアの前で、わざと重々しく、しかしどこか得意げに言った。


「北の塔を守っている騎士たちが、アウレリアの部屋に侵入しようとしたらしい。美しい王女を一目見たいとか、バイオリンを演奏してほしいとか、挙げ句の果てには酒を注いでほしいとか……。閉じ込めていてもなお、それほど男を惹きつけるとはな」


王妃とミリアが顔を上げる。国王はため息をつきながら困ったふりをするが、その目には喜びの色が滲んでいた。

「どうやら魅了の魔法というものは、扉ひとつ隔てても外にいる者へ悪影響を及ぼすらしい。まったく厄介な力だ」

完全に事実を歪め、自分の都合のよい形に組み立てている。それがどれほど理屈として破綻していても、本人は一切疑おうとしなかった。


「まぁ、恐ろしい! そのような得体の知れない魔法を使う王女を、この国に置いておくなんて……。騎士まで惑わすなんて、なんという悪女でしょう」

王妃は口ではそう言いながらも、胸の奥では別の感情が渦巻いていた。彼女は定期的にアウレリアの様子を見に行っている。そして行くたびに、成長するほどに、義母である王太后に似ていく長女を、どうしようもなく疎ましく思っていた。

(……塔に閉じ込めてさえ、輝きを失わない。どうして、お義母様にそっくりに育つの……?)


アウレリアの静かな眼差しや、礼節を失わない立ち居振る舞い、そして毅然とした口調で紡がれる知性ある言葉。それらは王太后そのものであり、かつて義母がたしなめる際にふと見せた、あの冷ややかな視線を、まるで“再現”されたようで、王妃は思わず身を震わせた。王太后は決して冷酷な人ではなかった。むしろ王妃にも国王にも、常に温かく穏やかに接していた。


だが王妃の胸の奥には、王太后への劣等感が長年積もっていたのだ。美しさも、気高さも、知性も、自分には到底及ばないと知っていたから。だからこそ、それらすべてを受け継ぎ、なおかつ王太后以上に輝きを増していくアウレリアの存在が、どうしようもなく怖かった。まるで、自分の価値を全て否定されているかのようで。


「お父様。お姉様は、やはり国外に追放した方がよいと思いますわ。どれほど教師を変えても、お姉様の優秀さは学会でも知られていて……私が『お姉様は魅了の魔法でズルをしていた』と言っても、 誰一人として信じてくれませんの。『理論的ではない』『証明もできていない』と、逆に私が責められる始末ですわ。これでは、何を言っても通じません」


ミリアは、自分が努力してもアウレリアに敵わないという現実を受け入れられない。もともと頭の出来が違うだけなのだが、“魅了の魔法のせい”にしてしまえば、惨めさを直視せずに済む。その甘えが、ミリアの言葉をより歪ませていた。


「ふん!そんな教師――高名な学者どもなど、いっそ国外にでも追放してしまえばよい。なぜあの者たちは気づかぬのだ?どう考えても、アウレリアは魅了魔法の力を使っているに決まっておるだろうに」


魅了の魔法のせいにしたい国王一家と、事実だけを見て冷静に判断しようとする学者たち、どちらが正しいかは言うまでもない。しかし、宰相や大臣、高位貴族たちの多くは国王派であり、王家に逆らうつもりなど毛頭なかった。


そして、この直後、すぐに会議が開かれ……

 


 



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