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「こらっ! 貴様ら、何をしている!ここはアウレリア王女殿下のお部屋だぞ!下級騎士ごときが近づいていい場所ではない!」
落ち着き払った低い声が、深い怒りを滲ませていた。
「うわっ。ラ、ランス隊長!?す、すみません!その……隊長から『こちらの王女様はとっても美しい』って聞いたものですから……ちょっと、一目だけでも拝ませていただきたい…… そう思って……」
「そうですって!ほら、バイオリンの音色がすごく綺麗に聞こえてきたので…… 我慢できなくて。ちょっとだけ演奏を近くで聞かせてもらえたらって、思っただけなんです……」
「ついでに……酒を……ちょこっと注いでもらえたら…… 嬉しいなって……そ、それだけなんですって……ね?そんなに怒らないでくださいよ」
バチンッ――!
続いて、ゴツッ、ゴツッ、と鈍い音が立て続けに響いた。横殴りの平手か、ゲンコツか……。いずれにせよ、隊長が部下たちに容赦なく“制裁”を加えているのは明らかだった。
「殿下……大丈夫ですか?怖い思いをさせてしまいましたね。本当に申し訳ありません。『アウレリア様はとても美しく気高い王女様で、俺はここの責任者になったことが誇らしい。お前たち、丁重にアウレリア様をお守りしろ』と言っただけなのです。殿下を危険にさらすつもりなどありませんでした。どうかお許しください」
その声を聞いて、緊張が少しほどけた。この隊長はいつも丁寧で礼儀正しく、決して無礼な態度を取らない人だったから。
「大丈夫ですわ。少し驚きましたけれど……あなたが来てくださったおかげで安心しました。ありがとうございます」
私は扉越しにそう答えた。この扉は内側から鍵はかけられるが、もし酔った騎士たちが数人がかりで体当たりでもしたら、きっとひとたまりもないだろう。
今まで何事もなかったのは、ただの偶然だったのかもしれない。そう思うと、背筋がぞくりと震えた。今、守ってくれる人がいることへの感謝と、これから先に同じことが起こるかもしれないという不安が、胸の奥でないまぜになっていた。
その不安はダリアも同じだったようで、眉間にシワを寄せてため息をついた。
「はぁー、私の大事なアウレリア様は……これからますますご成長されるでしょう。美しくなられるほど、お守りするのが難しくなる。どうしたらよいものか。……クラリス先生、何か良い手はありませんか?」
「そうですね。私の故郷・ヴァルステラ帝国には、令嬢向けの“武装護身術”というものがあります。帝国の娘は幼い頃から習うのですよ。よろしければ、アウレリア様にもお教えしましょうか?しばらく使っていませんから、腕は鈍っていますが……ほら、このように――」
クラリス先生はすっと姿勢を正し、次の瞬間、見事な蹴りの形を披露すると同時に、腹の底から気合いの入った声を放った。
「ハァッ!」「セイッ!」
裾がふわりと翻り、先生の長い脚がしなやかな弧を描く。ヴァルステラ帝国式らしい無駄のない動きで、床に風が走ったように見えた。私は思わず目を見開き、隣のダリアは、顔を輝かせて身を乗り出し、拍手までしている。
「まあ……すごいです、クラリス先生! アウレリア様、ご安心くださいませ。私がクラリス先生からしっかり学びますからね。ええと……まずはこう構えて……そして、声を?」
ダリアは真剣な顔で構え
「トォーーッ! セイヤッ!」
妙に張り切った声を部屋中に響かせた。その大げさでコミカルな動きがあまりにも可笑しくて、 胸に残っていた恐怖の影が、ふっと溶けていくのが分かった。
「ダリア……ふふっ……!」
私はとうとう声を上げて笑ってしまい、ダリアもクラリス先生もつられて
微笑んだ。




