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あれから数ヶ月が過ぎ、気づけば年がひとつ、またひとつと重なっていった。 北の塔での暮らしは不自由で、自由も未来も奪われていた。けれど……それでも“地獄”ではなかった。
ダリアは相変わらず朝から晩まで私のそばにいてくれたし、クラリス先生も週に三回、授業のために塔を訪れてくれた。先生はヴァルステラ帝国の高位貴族のご令嬢で、とても優秀だったために、お祖母様に呼び寄せられた方だ。
実家が没落しかかっていたことは知らなかったけれど、先生は「王太后様に助けられ、とても感謝しております」と、私に改めて教えてくれた。
先生から古いバイオリンを譲っていただき、以前と同じように練習を続けることもできた。月に一度だけ許されている王宮の図書館も、私は最大限に活用した。
読みたい本や、身につけるべき分野のテキストを事前にクラリス先生と相談してリストアップし、ダリアと二人で何度も往復して、何十冊もの本を部屋へ運び込んだ。借りられる冊数に制限がないのは、本好きの私にとって何よりの救いだった。
そうして私は毎日、小さな目標を立て、やるべきことに没頭した。退屈する暇など、どこにもなかった。
食事の質は少しずつ落ちていったけれど、飢えるほどではない。夜にメインディッシュがない日があっても、朝の卵料理が消える日があっても、クラリス先生が授業のたびに、栄養価の高い手作り料理や、日持ちするお菓子を持ってきてくださった。三人で先生の美味しいお料理を囲む時間は、私にとって小さな“幸福”だった。
そうして私は、閉ざされた塔の中でも、学び、考え、少しずつ成長していった。泣く夜もあったし、悔しくて眠れない日もあった。それでも、私には“味方が二人”いた。その存在が、折れそうになる心をいつも支えてくれた。
気がつけば、 塔に来た頃の幼い私ではなくなっていた。手足は伸び、鏡に映る輪郭もすっかり変わり、十歳の頃に着ていたドレスはとうに身体に合わなくなっていた。お母様から渡されたのは、飾り気のない簡素なワンピースが数枚だけだった。けれど、クラリス先生は節目ごとに可愛らしいワンピースを贈ってくださり、髪に使う香油や、年頃の少女が身だしなみを整えるための化粧品まで用意してくださった。塔の暮らしは窮屈で、色のない日々だったからこそ、先生が持ってきてくださる小さな贈り物は、私に“外の世界の息吹”を思い出させ、何よりの宝物になった。少女から、ひとりの「淑女」へ。北の塔の中で静かに、けれど確かに、私は成長していた。
そして迎えた建国記念祭の日。
塔の外からは、人々の笑い声や乾杯する音が絶え間なく響いていた。
塔の一階にいる騎士たちからも、酔いの回った明るい笑い声が聞こえてくる。
「今日は無礼講ですからね。使用人たちも皆、昼間からお酒を呑んで浮かれています。多少羽目を外しても許される日ですが、どこへ行っても酔っ払いで溢れていますよ」
ダリアは苦笑しながらそう言った。実際、私の昼食にもワインが添えられていた。
その日の昼下がり、ダリアとクラリス先生が音色に耳を傾けるなか、私はバイオリンを奏でていた。すると、ドタドタと塔の階段を駆け上がってくる足音がし、続いて扉を開けようとする気配のあと、ドンドンと乱暴なノックが響いた。
北の塔には外鍵こそなかったが、一階の詰所には騎士が常に詰めており、塔から自由に私が出ることは事実上できなかった。
部屋の扉だけは内側から施錠でき、授業中や就寝時には、私自身が鍵をかけていた。今日も例外ではなく、今は内側から鍵をかけている。
「おーい、お姫様ー!ここを開けて、一緒に飲みませんかー?」
「すっごく綺麗なバイオリンの音色がしたんだよ! 俺たちにも聞かせてくれよー!できれば、酒もついでほしいなぁー!」
「お美しい王女様ー!顔だけでも!拝ませてくださーい!隊長が言ってたんですよ、すごい美人だって……ちらっと……ほんの少し見られたら……それだけでいいんですってばぁー」
呂律の回らない、完全に酔った下級騎士たちの声だった。かつて王太女だった私を守ってくれていた近衛騎士とは違う。幽閉されてからひと月も経たないうちに、この塔の警備は下級騎士に置き換えられていた。
「無礼なっ! アウレリア様に向かって『酒をつげ』などと言うとはっ!……言語道断です!」
ダリアが怒りで頬を真っ赤にしながら叫んだ。その横でクラリス先生は、授業で使う長い木製の定規をしっかり握りしめ、扉が破られたときに備えて前へと一歩踏み出す。ダリアも負けておらず、手近にあった金属製のトレイを盾のように構え、私を庇うようにして立ちはだかった。
二人とも、万が一侵入されても私だけは守るつもりなのだ。
その真剣さが、ひしひしと伝わってきたのだった。




