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魅了魔法持ち王女は、女嫌いの皇帝に一途に溺愛される  作者: 青空一夏


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それからまたしばらく経ったある日。

塔の階段を、重い足音がゆっくりと上ってくる音がした。

傍らにはダリアが控えており、「どなたが いらっしゃったのでしょうか?」と首を傾げている。


扉の前でぴたりと足音が止まった瞬間、胸の奥がざわりと波立った。扉がゆっくりと押し開けられ、そこに立っていたのは、お父様だった。


「……アウレリア」


低く、感情の読めない声。私はゆっくりと目線を合わせる。けれど、お父様は私を見下ろすように一瞥しただけ。

まるで“物”でも見るような視線だった。


「ひとつ伝えておく。お前の教育はすべて打ち切ることにした」

「……え?」


声が勝手にこぼれた。勉強は好きだった。新しいことを知るのが楽しくて、できることが増えるたびに嬉しくて。

だからこそ、それすら奪われると知った瞬間、胸が痛んだ。けれど同時に、どこかで覚悟していた。この塔に閉じ込められてから、授業を受けることは一度もなかったのだから。


「王族として必要な学びも、公務も、お前には無用だ。魅了の魔法を持つ者のために、余計な経費はさけない」

冷たい声が、部屋に落ちる。泣くまいと必死に耐える私の手を、ダリアがそっと優しく握りしめてくれた。


「……ただし」

お父様は視線を逸らせたまま、つまらなそうに言葉を続ける。

「月に一度だけ王宮の図書館へ行くことは許してやろう。本くらい好きに読めばいい。むろん、この部屋に持ち込んでもかまわん。……どうせ他にやることもないのだ。そうして時間を潰して生きていくんだな」

そう言い放つ声音は、あまりにも投げやりだった。そこに“娘への情”の欠片はなく、ただ蔑みと嫌悪だけが滲んでいた。


私は唇を噛んだ。そのときだった。お父様の背後から姿を現したのは、見慣れた銀縁の眼鏡。クラリス先生だった。


「クラリス先生……!」


思わず声が漏れた。もう二度と会えないと思っていたのに。クラリス先生は私に小さく微笑み、すぐに表情を引き締めてお父様へ向き直った。


「陛下、僭越ながら申し上げます」


 お父様は露骨に眉をひそめる。

「……何だ?今はアウレリアの処遇の話だ。お前が口を挟む必要はない」


けれど、クラリス先生は一歩も引かなかった。その姿勢は、まさに“ヴァルステラ帝国の女”らしい強さを宿していた。


「いいえ。申し上げねばなりません。私は、亡き王太后様より直々に祖国から呼ばれ、『この子を立派な淑女に育ててほしい』と、アウレリア様の教育を託された者です」


先生はゆっくりと言葉を続けた。その声からは力強い意志が感じられる。


「私はヴァルステラ帝国の高位貴族の家に生まれましたが、没落寸前だった私の家を救い、この国での居場所を与えてくださったのは王太后様です。その恩を返せる相手は、アウレリア様だけです」


お父様の顔がわずかに強張る。

「……だからと言って、お前が幽閉された王女の教育を続ける理由にはならん」


「なりますとも!私は“王太后様の遺志”を守る者。アウレリア様がどのような境遇にあろうとも、私の務めは変わりません。王太后様も天国でそのように望んでおられることでしょう。まさか陛下は、亡き王太后様のお気持ちまで踏みにじるのでしょうか」

先生はきっぱりと言い切った。


お父様の顔に、かすかな苛立ちが浮かぶ。 

「……なら、好きにしろ。しかし、ただ働きになることは覚悟しておけ!勝手にお前が教師の座に居座るだけなのだから」

「心得ております、陛下。この仕事は無償であろうとも、 私がしなければならない最も大事な仕事でございますので……アウレリア様を指導することを認めていただき、ありがとうございます」

先生は頭を下げたが、その表情や言い方には、感謝の気持ちというよりは、抗議の色が濃く浮かんでいた。私をここに閉じ込めたということに対する、憤りのようなものを感じた。


お父様はつまらなそうに鼻を鳴らす。

「……クラリスよ、母上の話はニ度と持ち出すな……それから、アウレリア。お前は一生この塔から出られないだろう。それだけは覚えておけ!」


乱暴に言い捨てると、お父様は踵を返し、扉を荒々しく閉めて去っていった。


「クラリス先生……ありがとうございます……」

声が震えた。先生は私の前まで歩いてきて、膝をつき優しく私の手を包んだ。


「アウレリア様。あなたは王太后様が未来を託された、たった一人のお方です。私は見捨てません。ヴァルステラ帝国の女は、一度受けた恩は生涯覚えております。けっして、私はアウレリア様を裏切りませんから」


その言葉に胸が熱くなる。クラリス先生は続けた。


「月に一度の図書館ですか……陛下らしい器の小さい制限ですね。ですが 、何の心配もいりません。私とこれからも一緒にお勉強してまいりましょう」


「……クラリス先生……!」

堪えきれず、涙が頬を伝った。先生は、優しく私の頭を軽く撫でた。


「クラリス先生……本当にありがとうございます……! 私、アウレリア様を支えたい気持ちはあっても、力が足りなくて……先生がいてくださったら、どれほど心強いか……」


ダリアはクラリス先生に、何度もお礼を言いながら、私を抱きしめ「アウレリア様、良かったですね」と言いながら涙を流したのだった。






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