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内緒――2

「お、俺からもするの!?」

「ダ、ダメ、かな? わたしたち、いまは……恋人同士、でしょ?」

「そ、それを言われると……」


 俺は言葉を詰まらせる。


 トマトみたいに赤い顔をしながらも、月花は引かない。ギュッと目をつむり、口を開け、再びあーんを要求してきた。


 ……もう、腹を(くく)るしかないみたいだな。


 震える手でパスタをフォークに巻き付けて、俺は月花に差し出す。


「は、はい、あーん」

「……あむ」


 俺が差し出したフォークを月花が咥えた瞬間、比喩表現じゃなく爆発するかと思った。それくらい体が熱くなった。


 心臓が壊れたみたいに暴れ狂っている。持久走を終えたあとみたいに、全身が汗でビチャビチャだ。


 脳が茹だるほどの恥ずかしさを感じつつ――俺はひとつの疑問を抱いた。


 こ、恋人役を務めてるからって、ここまでしてくれるものなのか?


 思い返してみれば、今日の月花はいつになく積極的だった。名前で呼んでほしいと頼んできたり、映画を観ながら俺の手に触れてきたり、あーんをしたり、あーんを求めたり……普段の月花なら絶対にしないような、大胆な言動をいくつもしてきた。


 もしかして、ひょっとすると、俺の思い違いじゃなければ――


 月花って、俺のこと、好きなんじゃないか?


 心のなかでそう呟いた瞬間、これ以上熱くならないと思っていた体がさらに熱くなった。


 もしそうだとしたら、もの凄く嬉しい。嬉しくないわけがない。月花は学校一と言えるほど可愛らしく、家事万能で面倒見もいい、『理想の嫁』を体現するような女の子なのだから。


 俺も月花の側にいると心地いいし、できることならずっと一緒にいたいと思っている。交際できるとしたら、いますぐ死んでもいいくらいだ。


 考えたら止まらなかった。()かずにはいられなかった。勝手に口が開いていた。


「つ、月花?」

「ど、どうしたの?」


 あーんの影響でいまだに赤面している月花に、俺は尋ねる。


「月花って……」


『俺のこと、好きなのか?』と言いかけて――ある考えが頭を(よぎ)り、口をつぐんだ。


 もし、この予想が的外れだったら、俺と月花の関係は、ガラッと変わってしまうんじゃないだろうか。


 想像してみる。


 俺の問いかけに、月花は「違うよ?」と答え、「そんなふうに見てたの?」と眉をひそめ、「幼なじみだと思ってたんだけどな……」と気まずそうな顔をする。当然、デートが終わってからも居心地の悪さは続き、月花が俺の部屋を訪れる回数は減り、やがて彼女は口にするのだ――「ゴメンね? また引っ越すことになっちゃたんだ」と。


 死ぬ! そうなったらもう死ぬしかない! 想像しただけで胃がキリキリしてきた!


 俺の毎日は、もはや月花なしでは成り立たない。月花がいない日々なんて考えられない。月花がいなくなったら、俺は生ける屍になってしまうだろう。


 俺の質問には、そんな最悪な事態を招いてしまう、リスクを孕んでいるのだ。


「あきくん?」


 いつまでも先を言わず、ダラダラと冷や汗をかきはじめた俺に、月花が不思議そうな、心配そうな目を向けてくる。


 一旦口を閉じ、迷い、悩み、再び口を開き、俺は改めて尋ねた。


「月花って、好きなひと、いる?」


 チキン野郎と(なじ)られてもしかたない。この場に岳がいたら、間違いなく詰っていたはずだ。


 けど、無理だよ! いまの関係性を変える勇気は俺にはないよ!


 誰に向けたわけでもない言い訳を内心で叫ぶなか、月花が目をパチクリとさせて、うつむいた。


 月花の唇が、迷うように、ためらうように、ムニムニと動く。俺は辛抱強く月花の返答を待つ。


 やがて、月花は上目遣いをしながら答えた。




「……内緒」




 そう口にしたきり、再び月花はうつむいてしまう。


「……え?」


 俺は、ミステリー漫画の最終回で、それでも真の謎が解き明かされなかったときみたいな、この上なくモヤモヤした気分に(おちい)った。


 こ、この答え、どう捉えればいいんだ!? なんで内緒にしたんだ!? 月花の考えがわからない!


 思いも寄らなかった回答に、俺は頭を抱え、ただ悶々とするほかになかった。

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