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内緒――1

 映画を観終える頃には正午になっていた。映画館を出た俺たちは昼食をとることにした。


「なかで食べないのか? 飲食店があるけど」

「うん。あきくんと一緒に行きたいお店があるんだ」


 月花が俺の手を引いて、大型複合商業施設の外に出る。しばらく青空の下を歩いたのち、到着したのはオシャレな外観のカフェだった。


 そのカフェを目にして、俺は思い出す。




 ――うん! 清海(ここ)からちょっと離れてるんだけど、スイーツがメッチャ美味しいカフェができたんだって! 雛野さんも一緒に行かない?




 以前、天堂さんが月花をカフェに誘ったことがあった。もしかしたら、このカフェがそうなのではないだろうか?


「月花。ここって、天堂さんと行ったとこ?」

「そうだよ。一緒に行こうって約束してたでしょ?」


 天堂さんの誘いで月花がカフェに行ってきたあの日。帰ってきてから、『今度、あきくんと一緒に行きたい』と月花がお願いしてきて、俺はそれを聞き入れた。月花の言った約束とはそのことだ。


「きっと、あきくんも気に入ってくれると思うんだ」

「そっか。連れてきてくれてありがとうな」

「わたしのほうこそ、一緒に来てくれてありがとう」


 ニコニコと微笑み合い、俺と月花はカフェに入店した。





 月花が話していたとおり、カフェのランチメニューは豊富だった。


 俺たちがそのなかから選んだのは、パスタ。俺がカルボナーラで、月花はワタリガニのトマトクリームだ。


「ソースが濃厚だなあ。これは美味い」

「こっちのも、ワタリガニの出汁(だし)がたっぷり出てて美味しいよ」


 パスタを一口して、俺と月花は舌鼓を打つ。


 卵とチーズの濃厚なコクに、ベーコンのうま味と香りが合わさり、奥深い味わいになっている。パスタもしっかりアルデンテ。月花の家庭的な料理はもちろん美味しいけれど、たまにはこういうお店味もいいものだ。


 月花のほうも、自分のパスタを気に入ったらしくご機嫌だった。漫画だったら、頭から『(おんぷマーク)』が出ていたことだろう。


「月花のも美味しそうだな。どっちにしようか迷ってたんだよなあ」


 月花があまりにも美味しそうに食べるものだから、羨ましくなってくる。


 そんな俺の言葉を耳にして、月花が不意にソワソワしはじめた。


「そ、それなら……」


 どうしたんだろう? と首を傾げていると、月花が頬を赤らめつつ、クルクルとパスタをフォークに巻き付けて、俺に差し出してきた。


「あ、あーん」

「へ?」


 思いも寄らない展開に脳がフリーズする。俺はポカンとするほかにない。


 なおもフォークを差し出しながら、恥ずかしさと期待が入り混じった目で、月花が俺を見つめてきた。


 ようやく脳が再稼働。状況を把握した俺の羞恥ゲージが、一瞬でマックスに達した。


 あ、あの月花が! 引っ込み思案の月花が! まさか、あーんをしてくるなんて! される日がくるなんて!


 心臓がバクバクと激しく脈打っている。全身がカアッと熱くなる。顔はきっと真っ赤に染まっているだろう。カップルお約束のイチャイチャ行為をされて、俺は戸惑いに戸惑っていた。


 し、しかも、俺があーんを受け入れれば、月花と、か、かか、間接キスをすることにもなるんだよな……!?


 動転しながら、俺は差し出されたフォークと月花の顔とを交互に見やる。覚悟が決まっているらしく、ミルクみたいな白肌をイチゴ色に染めながらも、月花はフォークを引っ込めようとしなかった。


 女性にここまでされて拒むのは、男性としてどうかと思う。なにより、俺の本心は嬉しさに踊り狂っている。


 だから俺は、緊張しながらも口を開けた。


「あ、あーん」

「は、はい、あーん」


 フォークをプルプルと震えさせながら、月花がパスタを俺の口に運ぶ。


 あーん&間接キス成立。その事実に、パスタを咀嚼(そしゃく)する俺は、地面を転がり回りたい衝動に駆られた。


「お、美味しい?」

「お、美味しいよ」


 月花の問いかけに、俺は声を裏返しながら答える。正直、味わう余裕がまったくなく、美味しいかどうかなんて、ほとんどわからなかったけれど。


 頭から湯気が立ちそうなほど顔を熱くしていると、またしても月花が予想外の行動に出た。


「じゃ、じゃあ、今度はわたしも」

「はへ?」


 ()の抜けた声を漏らす俺の前で、月花が花びらみたいな唇を開ける。


「あ、あーん」

「へぇええっ!?」


 月花からのあーん要求。俺は目を白黒させた。

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