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カラオケ――1

 五月に入った。


 天堂さんのグループにすっかり馴染んだ雛野は、休み時間に彼女たちと話をしていた。


「月花がオススメしてくれた『転生したらドラゴンだった件』、メッチャ面白かったよ!」

「ほ、本当!?」

「うん! 死んじゃった仲間を蘇らせるために主人公が敵のアジトにひとりで乗り込むとこなんて、『おおっ!』って声上げちゃったよ」

「それな! あそこはマジで興奮した!」

「わかりみが深い!」


 どうやら、雛野が薦めた漫画の感想を言い合っているようだ。


 友人たちがワイワイと盛り上がるなか、雛野は見ているだけで幸せになるほんわかした笑みを浮かべる。


「えへへへ……よかったぁ」


 雛野の笑顔に、天堂さんたちが「「「「はぅっ!」」」」と胸を押さえた。いまにもキュン死しそうな反応だ。


「もう! もう! もう! 月花はホンット可愛いわねー!」

「こんなん()でずにいられんですわ!」

「ふにゃっ!?」


 頭をわしゃわしゃと撫でたり、頬を挟んでムニムニしたりと、天堂さんたちがよってたかって雛野を可愛がる。激しいスキンシップに、雛野がグルグルと目を回していた。


 クラス一、いや、学年一、いや、学校一と言えるほど可愛らしい容姿をしているにもかかわらず、それを決して鼻にかけることなく、むしろ態度は健気で控えめ。加えて、おどおどしたところが庇護欲をそそるということで、雛野は天堂さんのグループ内で愛されキャラのポジションを確立していた。


 天堂さんたちだけでなくクラスメイト全員も、雛野=愛されキャラという認識のようで、()でられまくってオロオロしている雛野をホッコリとした顔で眺めている。


 天堂さんたちになすがままにされてあわあわしている雛野の姿に、俺は頬杖をつきながら苦笑した。


 扱いが愛玩動物に対するそれのように思えるけど……雛野が愛されているなら、まあいいか。


 内心で呟いていると、後ろから雛野をハグしていた女子生徒がぼやく。


「あー、ゴールデンウィーク中、月花に会えないのマジで寂しいわー」

「なら、みんなでどっか遊びに行けばよくない?」


 女子生徒のぼやきを聞いて、天堂さんが人差し指を立てながら提案した。


「いいじゃん! あたし、賛成!」

「あたしも! どこ行こっか?」

「やっぱ、カラオケじゃない? 盛り上がるし!」


 天堂さんの提案に次々と賛成の声が上がり、あれよあれよという間に予定が組み立てられていく。さすがは陽キャグループ。ノリがいい。


「てことで、月花もどう?」

「えと……う、うん」


 流れるように天堂さんが雛野を誘う。


 陰キャ歴=年齢の雛野は、陽キャ御用達(ごようたし)の遊びことカラオケに誘われて緊張している様子だったが、やはり天堂さんたちと遊びたいらしく、コクリと頷いた。


 天堂さんたちが「「「「やりぃっ!」」」」とハイタッチを交わし、教室内にいるクラスメイトに呼びかける。


「ほかに行きたいひといない? 遠慮しなくていいよー」

「じゃあ、俺も」

「わたしも参加したい!」


 呼びかけに対し、数名の生徒が手を挙げた。


「風間くんもどうよ?」

「おー、行く行く」


 天堂さんに誘われ、俺の(そば)にいた岳も快諾している。


 そんななか、雛野が俺のほうを向いた。雛野の目は期待に満ちている。俺にも参加してほしいと言わんばかりに。


 できることなら雛野の希望に応えたい。しかし、俺にはそうできない理由があった。


 俺、音痴だからなあ……人前で歌うの恥ずかしいし、俺の歌で場が盛り下がったら、たまったものじゃないし……。


 ばつの悪さを感じつつ、『ゴメンな?』と口パクしながら、俺は雛野に手を合わせる。


 残念そうにしてはいたが、雛野が苦笑とともに頷いた。俺が音痴なことを知っているので、無理()いはしたくないようだ。


 カラオケへの参加を回避できて、俺は胸を撫で下ろす。




「天堂、章人も参加したいってよ」




 岳がそう口にしたのはそのときだった。いきなりのことに、俺は「へ?」と戸惑う。


「おけおけ。赤川くんも参加ねー」

「ちょ、ちょっと待って!」

「うん? うん」


 慌てて止めると、天堂さんが不思議そうに首を傾げながらも、応じた。


 俺は小声で岳を問いただす。


(どういうつもりだよ、岳!)

(雛野が来てほしそうにしてるじゃねぇか。行ってやれよ)

(けど、俺は音痴で……)

(いつも雛野に世話になってるんだろ? ちょっとくらい恩返ししねぇといけないんじゃないか?)

(そ、それを言われると……)


 岳に痛いところを突かれて閉口する俺に、天堂さんが()いてくる。


「赤川くん、どうするの?」

「え、えっと……」


 答えに迷い、目を泳がせて――俺は気づいた。


 雛野がキラキラと瞳を輝かせていることに。ブンブンと尻尾を振りたくるワンコみたいな顔で、こちらを見ていることに。


 あんな目を向けられたら、あんな顔をされたら、断れるはずないじゃないか……!


「ぐぬぬぬ……」とうなったあと、俺は深々と溜息をつき、折れた。


「参加するの? しないの?」

「……参加でお願いします」

「りょー」


 天堂さんに答えると、雛野がパアッと明るい笑みを咲かせる。


 雛野のそれと対照的な強張(こわば)った笑みを浮かべつつ、俺はつくづく思った。


 俺って雛野に激甘だなあ、と。

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