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端から見たらラブコメ――6

 七時になり、高柳さんとの打ち合わせがはじまった。


「よろしくお願いします、高柳さん」

「よろしくお願いします。まず、提出していただいたプロットのほうなんですが……」

「その前に、高柳さんに相談があるんです。構いませんか?」


 高柳さんの言葉を(さえぎ)るように俺は言う。眉をピクリと動かして、「どうぞ」と高柳さんが先を促した。


 緊張により口が渇くなか、俺は一呼吸置いて切り出す。


「いまの企画をなしにして、半同棲ラブコメを書きたいんです」


 そう。先ほど俺が閃いたのは、『俺と雛野をモデルにしたラブコメを書く』ことだったのだ。


 いま進めている作品に自分の体験を落とし込もうとしても、どうしても違和感を覚えてしまい上手くいかなかった。


 一方、俺と雛野の生活は、(はた)から見たらもはやラブコメだ。そのまま落とし込むだけで、立派なラブコメ作品になるほどに。


 だから俺は、いまの企画を諦め、新たな企画を立ち上げようと考えたのだ。


 もちろん、雛野にはこのアイデアを打ち明けており――


『わ、わたしとあきくんをモデルにしたラブコメ……!』

『わなわな震えてるけど、嫌だったか? 無理なら断ってくれて――』

『全然大丈夫! むしろ、こちらからお願いします!』

『超乗り気!』


 という具合でちゃんと許可をもらっている。雛野が興奮していた理由はわからなかったけれど。


 俺の話を聞き、高柳さんが「ふむ」と腕組みする。


「半同棲――つまりは日常系ラブコメということですね?」

「はい」

「日常系ラブコメは現在のメインストリームですから、いまの作品よりもヒットする可能性は高いでしょう」


 よし! 否定的じゃない! それどころか、いい反応だ!


 机の下でガッツポーズをとっていると、「ですが」と高柳さんが続けた。


「香川先生はラブコメを書いたことがありますか? WEBに投稿されている作品はすべてバトルものでしたよね?」

「それは……」


 俺は言葉に詰まる。


 高柳さんの推測通り、俺はラブコメを書いたことがない。執筆をはじめたときから一貫してバトルものを書いてきたし、高柳さんと一緒に練っていた企画もバトルものだ。


 弱気な自分が顔を覗かせる。「本当にできるのか?」と囁いてくる。


 俺は歯を食いしばった。


 怖じ気づいてどうする! ここで勇気を出さないとなにも変わらないんだぞ!


 なにより――


『わたし、楽しみにしてるね! 頑張ってね、あきくん!』


 雛野の笑顔と期待に、俺は応えたいんだ!


「書けると思います。いえ、書きます! 書かせてください!」


 真っ直ぐに高柳さんを見据え、俺は言い切る。


 高柳さんとの付き合いのなかで、ここまで強くなにかを要望したことは、俺にはない。はじめての態度に驚いたのか、高柳さんが目を見開いていた。


「……なるほど」


 高柳さんが一息つき、改めて口を開く。




「香川先生、彼女でもできたんですか?」

「はぇ?」




 唐突なぶっ込みだった。予想だにしなかった質問に、俺はポカンと口を開けて()頓狂(とんきょう)な声を漏らす。


「い、いきなりなに言ってるんですか!?」

「先日、『自分の体験を落とし込むと作品にリアリティが出る』とアドバイスしましたよね? ですから、自分と彼女の日常をラブコメにしようと考えたのではないかと思いまして」

「そそそそんなこたぁねぇですよ?」

「当たらずとも遠からずみたいですね」


 ほぼほぼ図星だったので動揺せずにはいられない。高速で目を泳がせる俺の様子に、高柳さんがクスクスと笑みをこぼした。


「わかりました。いまの企画をなしにして、半同棲ラブコメを進めてみましょう」

「いいんですか!?」

「ええ。どうやら香川先生は、半同棲ラブコメ(こちら)に随分と意欲的みたいですしね。難航している企画(あちら)をこね回すより建設的でしょう」

「ありがとうございます!」


 高柳さんからのOKに、俺は勢いよく頭を下げる。


 やったぞ、雛野! 俺、頑張るから! 半同棲ラブコメ(このきかく)を絶対にかたちにしてみせるからな!


 心のなかで誓いを立てていると、高柳さんがイタズラげに口端(くちはし)をつり上げた。


「つきましては、よりリアリティのある内容にするため、彼女さんと存分にイチャコラしてくださいね」

「だから違うんですってば!!」

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