99話 結婚するから無理しないで
嫌な咳が聞こえた。
皇帝はもう治したから彼のはずがない。裁判やフィクタとのことがあって忘れていた。大きな転移の前に見てしまった血に染まった掌。この場所に立つ前に味わった嫌な感覚が再びぶり返す。
周囲を見回しても咳の主はいない。そして側にいてほしい人がいなかった。
「サク……どこ?」
喧騒の中、人を掻い潜り城の中に入ると人気がなく静かだった。ドラゴンが焼ききった天井から陽の光が注ぐ。
「クラス」
「ドラゴン」
「サクなら西だ」
「西?」
城の西は侍女たちが暮らす区域だ。なぜそこに?
「……サクのとこに行く」
「ああ」
かつての私とサクの部屋は物置になっていた。焦る気持ちの中に懐かしい気持ちがよぎる。ここに来るまでの回廊もよくサクと一緒に歩いていた。厨にも洗濯場にもサクはいない。西に来た理由はこの際なんでもいいから早くサクに会いたかった。
「……サク」
城に引いた水路、サクと水を掛け合った場所で見つける。
十年前、悩んでぼんやりしているサクに出来立ての水路の確認で一緒に見に行った。風邪が治ったばかりで格好悪いところを見せたと落ち込んでいたっけ。
「ドラゴン、フェンリル」
「どうした」
「サクと二人で話したい」
「ああ、分かった。いっておいで」
「うん」
二人はここで待つと行って一人で行かせてくれた。サクは近づく私に気づかず、一つ咳をした。おさえた手に血がべったりついていた。ひゅっと胃が動く感覚と、血の気が引く感覚に襲われ、怖くなって強くサクを呼んでしまう。
「サク!」
僅かに肩が揺れる。ゆっくり振り向いたサクは困った顔をしていた。
「クラス……どうしてここに」
「サクを探してた」
「僕?」
「それなに?」
残りの距離をずんずん詰めて、サクの手をとる。側にあった桶の水は血で濁っていた。
「もう繋がるの止めて」
「え?」
「繋がってるから負担になって血が出るって聞いたの」
「あー……」
サクが言葉を濁す。視線が泳いだ。
聖女であることを認めたのだから、ドラゴンとフェンリルの言う繋がりからの身体への負担も話通りなのだろう。
そしたらサクは? ドラゴンとフェンリルは身体に負荷がかかりすぎてガタがくると言った。血の巡りに影響し粘膜の弱い所から排出され、いずれは他からも血を排出するだろうと。
サクの早くに死ぬ確率が繋がり続けることであがってしまう。それは嫌なのに、鼻血以外で血を出すところまできてしまった。早く止めないと。
「そのままだと早くに死んじゃうんでしょ?」
「んー、まあ負荷はかかってるけど」
「そんなの嫌」
「クラス?」
「やだ。サクが死んじゃうのは嫌!」
じわじわ目に水が貯まった。泣くのを堪える。こんなところで泣いたってなにも解決しないもの。
「クラス」
「や、っと生きるって決めたのに」
「ええ」
「サクと一緒に生きたい。だからサクが早く死ぬのは嫌」
それって、とサクが先を濁した。首を傾げるとサクが目元を赤くする。
「……それは僕と結婚してくれるってこと?」
いつもの返しだった。いくらか逡巡して言葉を選んでから言ったようなのにいつもと同じだなんて。今はそんなことを話してる場合じゃない。苛立ちが募った。
「誤魔化さないで」
「そういうわけじゃなくて」
「今はサクが早くに死なないようにすることを話してるでしょ」
「ええと」
「繋がるのをやめてって話をしてるんでしょ」
そうですね、と同意しつつも次に少し落ち着いてとサクが私を宥める。
私だけが取り乱してるみたいで馬鹿みたい。でも呪いを破って先がある未来に変わったのに、サクと早々に別れるんじゃないかという怖さがあった。先があっても独りじゃなにも意味ない。
眉を八の字にして困り顔のサクが私を見下ろす。
「だって……僕と一緒に生きるとか言うから」
「そうだけど?」
「あの女の呪いを破る前は看取ってくれとか言ってたし、今は一緒がいいんでしょう? 十年前の一緒にいたいとは違うかなって。ステラモリスで暮らしてる中で少しは意識してくれたかなーって」
「どういうこと?」
話を逸らされてる気がした。顔に出てるだろうむすっとしたままサクを見上げる。まだ困った顔のサクの目元は赤かった。
「十年前とは違う気持ちだから、結婚してくれるかなって」
やっぱり話逸らしてる。
残念だけど今の私はそこまで心にゆとりがない。ついでに言うなら少し自棄が入ってる。
「結婚したらサクは繋がるのやめてくれる?」
「え?」
サクが一緒に長くいてくれるなら、繋がらないならなら何でもよかった。
「……結婚する」
「え?」
「結婚するから血吐くぐらい無理しないで!」
「分かった」
「え?」
喀血問題に言及。折角フィクタを打倒したのに、好きな人すぐ死んだら嫌ですよね~。
というわけで、明日からいちゃつくぜやーいえー!




