97話 呪いの打破とフィクタの最後
「……嘆かわしい」
私たちの背後、城からゆっくり出てきたのはウニバーシタス皇帝だ。
「父上……」
顔色は悪く歩けないのか動く椅子……車椅子に乗ってやってきた。
「車椅子は早いぞ」
「まあまあ、東の国ではとっくにありましたし。この場だけにしますから」
「全く……クラスが絡むと見境がない」
「だって必要でしょ?」
「過度な演出は必要ないだろう」
ドラゴンとフェンリルに窘められるサクが道を譲る。私もサクに合わせた。
「……連合国家国際裁判の最初の一人が我が息子とは嘆かわしいな」
皇帝が裁判を容認しているということは、シレがウニバーシタス皇太子として第一皇子に裁判請求したことも認めたということだ。次代の後継者を第一皇子ではなくシレにすると認めた。
そのことを知ってか知らずか第一皇子は父である皇帝に向かって叫ぶ。
「父上は! なにも分かっていない!」
「お前は自分が国の長になるに値すると思っているのか?」
「当然です! 今の腑抜けな帝国を再び強い国へ変えてみせましょう」
「腑抜け、か……」
再び戦争を起こしてでも各国を併合すべきだと第一皇子は叫ぶ。
「過去の皇帝たちが築いた偉業を反故にし栄誉を傷つけるなどあってはならない!」
「過去の歴史が今の時代に合うものかは時によって変わる。そぐわなければ淘汰されていくものだ」
「それは連合などとかこつけて互いの足を引っ張り合う制度のことでしょう! 強きものが国を従えていかなくてどうするのです!」
どう足掻いても第一皇子の考えは揺るがなかった。彼は現皇帝から融和関係が成り立つ社会の教育も受けたけど、祖父である先代から武力による統治社会の教育も受けたのだろう。現皇帝も先代も正しい思いと考えで動いている。
後は周囲と時代が何を選ぶかだけど、第一皇子の選択は時代に選ばれなかった。選ばれたのは連合国家が成立した社会だ。積極的な争いはない。
「レックス、お前の考えは変わらないのだな」
「逆に父上に問いたいぐらいです。父上こそが変わらねばならないというのに」
「……いい。十年前にこうしていればよかった」
溜め息をつくのも浅く、顔色を悪くして皇帝が唸った。俯き気味の顔がすっと上がるとそこには身体を悪くした人間がいなくなる。国の長たる精悍な顔立ちを持って最後の言葉を告げた。
「各国代表に採決を願おう」
第一皇子とフィクタに、万丈一致で罪が確定する。
当然それを不服に再審査がどうとか冤罪がと叫ぶけど、根拠もないから覆ることはなかった。あまつさえサクに冤罪である証拠を揃えてから訴えてみろと言われてしまう。十年前のサクの有能な動きを覚えていたのか第一皇子が鋭い視線をサクに向けるけど何かを言い返すことなく歯噛みするだけだった。
「なによ……」
叫び抵抗する第一皇子が騎士に取り押さえられる中、フィクタが震えている。上げた顔は憎々しいと言わんばかりに歪み、瞳には鋭い光が宿っていた。その瞳は私に向けられている。
「お前さえいなければ……私は聖女でいられたのに」
異様な空気に騎士がフィクタを押さえようと肩に手を置くとバチっと音を立て触れることを許さなかった。周囲に小さく雷が落ち始める。サクが舌打ちをした。
「往生際の悪い」
「生意気な子供に、生意気な女……許せない」
「フィクタ」
初めて私が名前を呼ぶと、それが不服とばかりに目を開き、お前と私は対等ではないと叫んで怒りを顕にした。
「お前さえいなければいいのよ!」
光が溢れ形を作る。呪いの形だ。
一瞬怯んで一歩足が引けた。けど、するりとサクが私の手を握る。ほんの一瞬見上げると、大丈夫と本当に聞こえるかどうかで囁いた。そうだ、もう逃げるのは嫌だ。サクと一緒にいたい。この先が見たいから、ここで負けるわけにいかない。
「あと少し猶予があったけど今ここで死ねばいい!」
「私、一年の呪いを超えて生きると決めたから、だから呪いは受けません」
「私の力は絶対なのよ」
「嫌です。貴女の呪いは受け入れません」
私の身体から光の円が出てきた。さっき水路でフィクタと相対した時に僅かに残っていた一年で死を招く呪いだ。その魔法陣が違う色の光に侵食される。フィクタと私の間にできた光の円にぶつかり、粒子となって消えていった。
フィクタの顔色が一気に変わる。呪いが発動せず、私にずっとかかっていた呪いも消えたのがよく分かった。
「あ、ああ、私の、呪いが」
「完全に消えましたね」
「……サク」
隣にいたサクが私を見下ろして目を細める。よかった、と小さく囁いた。
同時、フィクタが出していたと思しき小さな雷も徐々に消えていく。青い顔をしたまま震えるフィクタを一瞥してサクが一際冷たい瞳を持って静かに告げた。
「これが本当の聖女の力ですよ」
聖女にこだわるフィクタに聖女でないことを突き付ける痛めつけ方(笑)。メンタルをざまあする感じですかねえ。サクってばクラス以外に容赦ないわー。




