83話 サクのお誕生日祝い 前編
「どうしよう」
「どうした」
「何か気になることが?」
「サクのお誕生日なにも準備してない」
「なんだ、そんな事か」
サクがイルミナルクスにお仕事に行っている日に農作業しながらドラゴンとフェンリルに言うと呆れて肩を落とした。
「あんなに祝ってもらったら、なにかしなきゃなって」
「必要ないさ」
「クラスが生きてるだけで嬉しいと咽び泣くレベルの奴だぞ?」
「あー……」
プレゼントは私が生きてることです、って言えば、それに感謝して泣く姿を容易に想像できた。違う、そうじゃない。
「サクの誕生日、前は祝えなかったからなあ」
サクは春の走り、冬が終わるなと感じられる少し暖かくなった頃の生まれだ。ユツィがメルからの本を持ってきてくれた時に教えてくれた。十年前は春が来る前に別れてしまったから誕生日を祝っていない。
お役目は終えたとはいえ、なんだかんだでウニバーシタスに顔を出してるサクはウニバーシタスの貴族令嬢から誕生日を祝う名目で茶会やら晩餐やら誘われているらしかった。となるとイルミナルクスではもっとお誘いがあるだろう。なにせイルミナルクスでは王族の血筋で早くから公爵として活躍していた。経歴や生まれもさながら、騎士としても腕は立つし、魔法も使えて、宰相として活躍するといった個人の能力も頭一つ抜きん出てる。女性陣が放っておくことはしない。
「そもそもお出掛けってなるとサクの力を借りないと行けないし」
「せいぜい近場の市場か?」
あとは山にピクニックぐらい。温泉湧いたとこはまだ施設建築でごたごたしてるし完成はまだ先だ。
「食事も上等なとこ知らないし」
「クラスの作るスープでいいと思うが」
「切れ端スープ?」
コース料理でもなく一品料理?
前にサクが風邪を引いた時に泣いてたから、余程思い出深いものなのは分かっているけど、それを誕生日にっていうのも味気ない。でも一等喜んでもらえるのは目に見えている。
「スープ採用するにしても他は……」
「いっそ結婚してやればどうだ」
「好きだと言ってやるのは? 卒倒しそうだろう?」
「面白い。採用だ」
「もののついでだ。キスもしてやれ」
「鼻血が弧を描きそうだな」
「もう! 二人とも!」
最大最高のプレゼントになるぞと私をからかう。もうすぐ期限がくるのに。死の呪いは春にやってくる。もうすぐそこだ。
「クラスも後生大事に結婚指輪を身につけているのだから満更でもないんだろう?」
「うぐう……」
指摘された指輪はチェーンに通してネックレスにして毎日つけている。服の下に隠せばバレないと思っていたけど二人にはとうに知られていることだった。
せめて死ぬまでは身に付けてても文句は言われないはず。本当は早くここから出てもらってサク自身の新しい生活を応援しないといけないのは分かっている。
「どこかのクラブではショーとかするな?」
「ああ舞台に立って歌って踊るやつか? クラスはそういうタイプではないだろう」
「かといって握手会をしてもな」
「握手……」
手を繋ぐならできるけど、出掛けないのに手を繋ぐ必要はない。
「抱き締める?」
「クラスがこんなでは膝枕程度しか出来まい」
「それはどこぞの店のサービスだろう」
論点がずれていることだけは分かった。
「抱き締めて膝枕するねえ……」
* * *
「お誕生日おめでとう」
「はい、嬉しいです!」
私ができる精一杯の豪華なご飯を用意したけど、サクが一際喜んだのは十年前に作ったスープとお菓子だった。ホールケーキは作れなくて十年前と同じ軽いお菓子なのにサクはとても喜んだ。なんだかこそばゆくなってくる。
「もっと豪華に祝いたかったんだけど」
「充分です!」
ご飯はドラゴンとフェンリルも一緒だったけど食べ終わった今二人は私の部屋に戻ってしまった。気を遣ってくれたのだろうか。というよりもやれということかな?
「その大したプレゼントが思い浮かばなくて」
「スープとお菓子だけでいい」
「……うーん」
「クラス?」
「膝枕、する?」
「……は?」
実質二人きりの中、あげられるプレゼントを考え、ギリギリまで悩んだ膝枕をするかきいてみれば、サクが鼻血を出して倒れた。卒倒するレベル? 告白してないよ?
「サ、サクってば」
「え? あ、えっと?」
混乱しながら盛大に鼻血を出す。介抱するがてら膝枕することになったから結果オーライなのかもしれないけど理想と違う。なんでこんな形に?
「ああもうほらこれ」
しかもプレゼントとして用意したハンカチが早々に血に染まった。サクが冷静になった後、なんてことをと焦って起き上がろうとするのをソファに寝かしつけて横にした。血に染まってもう遅いし、ハンカチよりもまずサクの身体を鑑みて安静にしててほしい。
十年前祝えなかったのでね!ね!でも財力ないから身体張るしかないよね!(意味深)ということでクライマックス編直前のいつもの日常をお楽しみ下さい。




