76話 帝都デート、サクの功績
「帰らないの?」
「帝都のデートが終わったら」
一体何日がけでデートするの。というか十年ぶり最初のデートが泊まりがけは問題だと思うし、さっき襲われたことを考えるとデートしてる場合じゃないと思う。
でもサクに襲われたこと報告しないとなんて話振っても無視されそう。結果、何も言えずに帝都に着いてしまった。
「……変わらないね」
「ええ」
デート場所はサクとユツィと十年前視察した場所を回ることになった。ステラモリスの食材を売る店はまだあったけど価格が大きく変わっていたし、サクの顔も広く知られている。
「サク、どこを歩いても有名人ね」
イルミナルクスよりも人が多くごちゃっと感があるのはさすが帝都というところだろうか。人にぶつかりそうになって避けようとすると逆によろけてしまう。それをサクが自然に受け止めてくれた。
「ありがと」
「いえ役得なので」
しまりのない顔するから少し呆れてしまう。肩に置いていた手が背中を通って私の掌に到達した。
「はぐれないように」
「うん」
臆面もなく手を繋げるのは十年前と違うし、なにかあって支えてくれる強さも全然違う。
「クラスこれ」
「いつのまに」
余所見してたらサクが買い物を済ませていたらしく飲み物をくれた。
「今の流行り」
「へえ」
十年前はお風呂あがりに買ってきてくれたのを思い出す。あの時は確かサクとシェアしたんだっけ。見ればサクは自分の分を持っていなかった。
暑いからマメに飲んでと笑顔で言われる。相変わらず過保護ね。でも自分は放っておくんだ。
「半分こする?」
「はい?」
「十年前は半分こしたと思ったんだけど」
「あー……」
サクは少し考えて、クラスはいいの? と確認してきた。いいから誘ったのに。
「間接キス」
「ん?」
「間接キスになるけど?」
「あ、それで」
十年前のサクがあんなに慌てていたのも赤面していたのも全部分かった。間接キスが恥ずかしかったのね。
けど今のサクは大して恥ずかしさもなさそうだった。あの可愛い反応、今思うととても貴重だし十年前の反応が好きなんだと悟る。
「僕は全然構いませんし、むしろ嘗め回してもいいですか?」
「やめて」
普通に飲んでよ。残念がっているのもどうなの。
「それかそれごと回収して保管か」
「中身腐るからやめてよ」
残念な感じに育ってしまった。子育てやり直しも効果が出てない。
「クラス?」
「え?」
呼ばれて振り向くと見慣れた人が私を呼んでいた。
「ユツィ?」
見ればヴォックスもいる。近づくと帝都の警備騎士たちもいくらか集まっていた。
「なにかあった?」
「酒か」
「サク?」
「ああ、その通りだ」
「粗悪品の流通はゼロにしただろ」
十年前にそんな話をしていた気がする。どうやら商会で把握している酒は問題ないが、何者かが粗悪な酒を再び流通させているらしい。
「その程度ならやれるな?」
「ああ問題ない」
サクってば上から目線。
「あれクラス?」
と思ったらシレまで顔出してきた。揃い踏みだ。
「解決は迅速にやれよ」
「分かってるって」
苦笑するシレは、逢い引き中だった? とサクをからかうけど十年前と違ってサクは動揺もなく肯定して、あまつさえ邪魔すんなと返した。いい返しだけ成長しても。
「魔女様ですか?!」
「え?」
一人の騎士が前に出ると同時にサクが私の前に立つ。別に悪い人じゃないでしょうに。
「ああ、十年前の」
「そうです! 怪我を治してもらいました」
嫌そうにしているサクにお願いして彼の前に立つ。再会を喜ばれ、他にも覚えてくれていた騎士がいくらかいた。十年で昇級した人もいるし、なにより身体つきが変わって屈強になっている人ばかりで驚く。
皆が元気そうで安心した。これなら治癒は必要ない。そう考えていたのがサクには筒抜けだった。
「こんな時まで治療の事考えなくたっていいのに」
「サク、そんなこと言わないで」
「アチェンディーテ公爵はクラスと二人きりの時間を堪能したいだけですよ」
「ユツィ……」
実はその前日もデートだったんだけどとは言おうと思ったけど言えずに終わる。シレが思いもよらないことを言ってきたからだ。
「クラス今日髪おろしてるんだね? 髪飾りも可愛い」
「あ、これ」
「クラスの髪色によく合うね」
「ありがと……ん?」
そういえば、イルミナルクスでのデートからずっと髪はおろしていた。サクのくれた髪飾りがおろしている姿につけるのが似合っていたのもある。
シレは髪色によく合うと言った。以前の帝都視察みたく誤魔化すわけでもなく、フードを被るでもなく、惜しみもなく白髪を晒していた。なのに誰からの特殊な視線を感じない。当たり前のように受け入れている。
「髪……」
「クラス?」
ユツィが首を傾げた後、私の戸惑いを察した。
「ああ、クラスの髪色を見ても誰も気にしないことですか?」
本当察しがいいのね。ユツィの言う通りだ。かつては白髪というだけで奇異の目を向けられていた。今はイルミナルクスでも帝都でもなにもない。当たり前のように受け入れられている。
「アチェンディーテ公爵のおかげですよ」
「え?」
国家連合成立に際し、国同士の行き来や居住の自由を認めた結果、髪色なんて気にならないぐらい多くの違いがある人同士が暮らすようになった。街中をよく見れば髪色も肌の色もみんな違う。けど争いもなく奇異の視線もなく過ごしている。
「サク、あの時の約束を」
私の驚きを見て、シレとユツィが笑みを深くした。
「アチェンディーテ公爵の最大の成果でしょう」
「だからこそクラスはもっと外に出ていいんだよ」
ヴォックスと話し込むサクに視線を移す。散々変なこと言ったり鼻血出したりしてるのに、こういう格好いいとこは全然言ってこない。
私の視線に気づいてこちらをみとめる。目が合うと心底嬉しそうに目を細めた。
どっと心臓がわく。嬉しいを超えて苦しくなって、情けない顔になりそう。ああもう。
「絆されてる」
私の囁きを聞いてシレとユツィが笑った。
外見の偏見緩和は最低二十年はかかるかなあと思いつつ、十年で成し遂げてもらいました(笑)。作者がサクが一番格好良いと思う所です。言わないとか反則だと思うわけです。こいつ変態じゃなかったのかよ…。




