61話 お仕事覗き見
最近は鼻歌を歌うほど機嫌がいいらしい。
「はい、次はクラスの番です」
「うぐぐ」
自分は押しに弱いと思う。お風呂あがり、サクにハンドクリーム塗ってあげるなんて常識的に考えればしないはずだ。私が侍女なら話は別だけど、生憎私は下働きでもなんでもない。
「これは僕の特権です」
「ぐう……」
サクの作ってくれたクリームを手に取り塗り広げる。
十年前は小さくてつやつやでぷにぷにだったのに、今では骨張ってるし肉はついてなくて私の手よりもはるかに大きい。
全然サクじゃない。可愛い手だったサク戻ってきて。
「ふふふふ」
サクお手製のクリームをもらってから、なぜかお風呂あがりに塗り合う習慣ができてしまった。こんなはずじゃない。私、こんなに押しに弱いはずないのに。
「クラス」
「なに?」
「明日は出掛けます」
「お仕事?」
「まあそんなとこです。朝食食べたら夕飯まで戻れないと思います」
「なら夕飯用意しとくね?」
にっこり笑ってありがとうございますと言うサクはいつも通りだ。
「サクって宰相してるんだよね?」
「ええ」
小首を傾げて何か気になりますかと加える。
「普段あまり仕事行かないなあって」
「ああ。ここに来た時にも言いましたけど、周囲に振ってますし、やれることは自室で済ませます」
確かに風邪ひいた時、書類いっぱい積もっていた。
「あんなに沢山あるなら、もう少し仕事への時間を増やした方がいいんじゃ?」
「必要ありません」
満面笑顔できっぱり断られる。そんな時間があるならクラスとすごす時間に使いますとまで言われた。
「宰相のお仕事……」
「気になります?」
「え?」
「ふふふふ、気になるんですね? それはもう僕が好きって事でしょうか?」
「違う」
「いいんですよ。正直になって下さい」
とてもポジティブに捉えている。確かに宰相と言う仕事は気になった。あまり外出してないけど平気なのかなとも思うし、サクの部屋の書類の量を考えると今のままだと倒れるのではという心配もある。直近の風邪のことを気にしているのかもしれない。
「無理はしないでね」
「勿論です」
「サクには治癒魔法が効かないから」
意外だったのか少し目を開いて驚いていた。相変わらず優しいんですねと微笑む。
「今の方が健康ですよ? 食事も睡眠もきっちりとってますし」
「そう?」
「ええ、クラスのおかげです」
そう言われて悪い気はしない。確かに三食一緒に食べて、寝る時は同じベッドだから規則正しい生活を一緒に歩めている。
「明日はなるたけ早く帰ってきますね」
「いいよ。お仕事優先で」
「いいえ、クラスがこんなに可愛い事言ってくるなら、是が非でも早く帰ります」
可愛いこと? と首を傾げると、自分を気にしてくれるのがサクにはいいらしい。鼻を抑えたあたり、妄想がだいぶ進んでいる。
「変なとこさえなければなあ……」
「それは無茶だクラス」
「気持ち悪いがもはやサクのアイデンティティだな」
うんうん頷きあっているけど、ドラゴンとフェンリルも結構なことを言っている。サクは全然気にせず、にこにこしたままだった。
* * *
「いってらっしゃい」
「はい。不審者には気をつけて下さい」
「うん」
サクがある意味一番不審者だけどと思いつつ、にこやかに見送った。移動は魔法で転移しているらしい。日帰りなんだから、そのぐらいしないと時間かかって仕方ないものね。
「……」
いつもの作業を終えてサクの用意してくれた昼御飯を食べながらぼんやりしてるとドラゴンとフェンリルが首を傾げた。
「心ここにあらずだな」
「んー?」
二人顔を合わせる。
「サクか」
「サクだな」
「もう、なに?」
確かにサクのこと考えてたけど周囲から指摘されるのは少し癪だ。
「気になるなら見に行けばよいだろう?」
「え?」
「気になるんだろう?」
「そうだけど」
今興味を持つのは遅すぎる気がした。けどサクがサクなのは分かっていても、どうしてもサクじゃない気がしてならない。というよりも壁を作られてる気がする。あんなに私と結婚したがってて、世話焼いて指輪まで用意してるのに、肝心なものが見えない。
「今更じゃない?」
「そうでもないさ」
「いい機会だろう」
そろそろクラスも外に出る頃だと二人が頷く。サクが冤罪を晴らしてくれてるから気にせず出掛けてもいいだろう。そもそもこの家だってサクの所有物になってるから収容所でもなんでもない。
「行ったらサクの仕事の邪魔になるよ」
「では少し様子を見て帰ればいい」
「覗き見?」
「授業参観みたいなものだ」
「……」
悩んだって答えは決まってるから困ったものだ。私、割と好奇心あるのね。
「……行く」
分かってる二人がにんまり笑う。
「少し見るだけね。すぐ帰る」
着実にサクへの興味を持ち始めてきましたね~サクのお仕事場に覗き見編は64話まで続きます(笑)。
覗き見ひゃっはー!




