60話 ぴったりな指輪
「クラスの作るものには劣りますが」
「それって前に作ったお菓子?」
「はい」
いやいやいやあれと比べ物にならないでしょ。このケーキ、お店で出せるレベルなのに?
「僕がどう上手く作れようと、クラスの作るものの美味しさには敵わないんですよ」
「サクの作るご飯、美味しいし好きだよ」
「クラスがそう思ってくれるなら本望です」
好き、というところをやたら噛み締めて鼻をおさえているけど無視した。サクのおかげでスルースキルが上がった気がするな。
「素材の良さだって技術だって必要だとは思いますが、クラスにはそれ以外のものが揃っているのでしょう」
「それはなに?」
「僕への愛ですかね」
満面の笑みで淀みなく言うのね。
「はあ……ケーキ食べようか」
「はい」
丁寧に切り分けて小皿に持っても綺麗なケーキだった。断面まで考えて作ったのが分かった。やっぱりそのへんの専門店より上等なものじゃない。
「いただきます」
そういえばいつもの日々を過ごしながらどこでこれを作ったんだろう。というか、これすごい。甘さ控えめなのに、しっかり濃厚、フルーツとのバランスも良い。
「美味しい」
「ありがとうございます」
お茶との相性もいい。このケーキの為に茶葉も選んだわね。
「ふふふふ、おめでとうございます」
「ん、ありがと」
本当は、とサクが少し遠慮がちに切り出した。
「本当は今日も結婚の申し込みをしようと思っていたんです」
相変わらずいつものサクだわ。遠い目しちゃう。普通にお祝いして終わりでいいのに。
「指輪も用意してたので、今日こそはと思っていたのですが」
「はい?」
うわあという目でドラゴンとフェンリルがサクに視線を寄越す。当然私も引いている。今までの生活で私がサクを恋愛的な意味で好きだと言ってはいないし、結婚を承諾した記憶もない。チャンスがきたと思うような甘い雰囲気だってなかったはずだ。
「ほら」
机の上に上等な小箱が置かれた。明らかに結婚指輪が入ってそうな綺麗で重厚な小箱だ。
「うわあ」
「何故こうも三段跳びで事を成そうとするのか……」
「嘆かわしい」
二人からサクに指導をしてほしいレベルだ。
私だって今日ユツィたちから言われたこと、最近十年前のサクが見えて嬉しかったこと、なにかにつけて一緒にやるようになったことを考えれば、関係が変わってきたとこかなとは思った。けど、それが結婚に直結しているわけじゃない。たとえ私の変化を感じ取ったとしても、指輪を掲げて結婚して下さいなノリにはならないでしょ。
「結婚するなんて言ってない」
「……残念です」
小箱を机の上に置いて、渋々と言った様子でケーキに口をつける。そろそろオッケーもらえると思っていたのにとブツブツ言う姿に、どうしてそうなるというツッコミしかなかった。
「でも今日はきちんとクラスの誕生日を祝えたので良かったです」
「うん、ありがとう」
* * *
「サク、入ったよ」
「では僕も」
サクはきちんとお風呂上がりのお茶を用意して、どうぞと言って自分がお風呂に向かった。用意されたものを飲みながら、机の上に無造作に置かれた小箱を見る。
何も応えてないのに早すぎるよとは思ったけど、中身は少し気になった。じっと見つめる私にドラゴンが机の上に乗って私の腕をつついた。
「気になるなら開けてみてはどうだ?」
フェンリルが隣の椅子に座り顔を覗かせる。
「見るぐらいならいいだろう」
見せびらかす為に用意したのだからなと言うので、私も好奇心を優先することにした。
「……少しだけ、ね?」
お風呂に入ったサクの様子を見る。出てくる気配なさそう。
机の上の無防備な小箱を手に取り開ける。
「綺麗」
シンプルな金の輪。表面に模様が細かく入ってる。
「クラス、手にとってみなさい」
「え、でも」
「いいから」
慎重に箱の中から取り出す。光に反射する煌めきが強い。
「裏側を見てみなさい」
「え?」
促されるまま指輪の裏側を見ると宝石が二つ寄り添うように並んでいた。
「裏石か」
「小洒落たことをする」
ブルージルコンとヴァイオレットモルガナイトだ。
「ダイヤモンドにしないあたりがサクだな」
すごく考えてくれたのが分かる。さすがに返事もしてないのに結婚指輪を用意するのはどうかと思うけど、指輪を用意するのに色々思って作ってくれたのが分かると、十年前の優しいサクはきちんといるんだなと思う。
「綺麗ね」
魔が差したといえばそれまでだった。
左手の薬指に通してみる。やっぱり綺麗。
「……ん?」
ふと違和感が襲う。
「ねえ、これって」
思わずドラゴンとフェンリルに視線で助けを求めると二人は呆れた様子で息を吐いた。
「ぴったりだな」
寸分違わず指輪が私の指にフィットしている。
こういうのって大きめ用意して後で直しにいくとかだよね?
「私、指のサイズなんて言ったことないよ?」
「まあサクだからな」
「気持ち悪い程に把握しているな」
「……」
するりと指輪を外し静かに箱に戻して閉じた。
「……なかったことに」
「ああ」
「心得た」
手だって繋いだことないのに。指なんて触れてきたことも当然ない。
「気持ち悪いな」
「本当にな」
お風呂から出てきたサクに何事もなかったかのようにお茶を出せた自分はすごいと思う。
サクからすれば、指のサイズを知るチャンスなんていくらでもありましたよ、とか言いそうですな!気持ち悪い(笑)。やっぱり変態で残念なサク。




