58話 クラスのお誕生日(十年後)
「お帰り下さい」
「ちょっと!」
一度開けた玄関を問答無用で閉めたサクを止める。笑顔で何も悪いことはしていませんと断言した。
私へのお客様なのに。
「ごめんなさい、皆」
扉を開ければ、定期的に来てくれるいつもの面子だ。
ヴォックス、ユツィ、シレの三人。サクってばなんで突っ返したの。
「大丈夫、こうなるって分かってたから」
「今日は特別な日ですからね」
「我々は手短にして帰るから心配するな」
昼御飯は一緒にしましょうとユツィが笑う。御馳走も持ってきてくれていた。
「ユツィありがと。嬉しい」
「ええ、貴方の為ですから」
ユツィと私が笑い合ってるとサクがじとっとした視線を寄越してきた。そちらに顔を向けると即座に笑顔に戻る。雰囲気感じるからばれてるのに隠そうとするのね。
シレが苦笑してサクの肩に手を置いた。
「昼御飯終わったらすぐ帰るよ」
「当然でしょう」
私の誕生日は必ず三人で来てくれる。だから今日来るのは分かっていたし楽しみにしていた。
サクが扉を即座に閉めてきたのは驚いたし、今も不穏な空気纏ってるのが不思議だけど、気にしなくて結構ですとユツィに囁かれる。
「アチェンディーテ公爵の機嫌は夜になれば直ります」
「そう?」
「ええ、今は緊張しているだけでは?」
「なんで?」
それは我々が帰ってから本人に確認してくださいとユツィが笑う。勿体ぶるなんて珍しい。ユツィはいつも私に正直に全て話してくれるのに。
「アチェンディーテ公爵の、そう男の沽券に関わります故」
「そう?」
ユツィが温かい内に食事をと促すので席に着く。部屋に五人も大人が揃うと狭く感じた。
「シレ、奥様は?」
「今日は休んでるよ」
シレも結婚して、最近子供が生まれたと聞いた。お相手はあのいつも隣にいたメイドさんだ。メルがよく貸してくれるロマンス小説のストーリーみたいな話で結婚が発表された時、帝都では盛り上がりがすごかったと聞く。事実メルもすごく驚いていた。
「早く帰って」
「まだ始まったばかりじゃないか」
サクがシレに愚痴愚痴言ってる。なんでこんなに嫌がるのかな?
「サク、やめて」
びくっとサクの肩がなる。聞こえてました? と気まずそうにしていた。
「次追い返そうとしたら怒るよ?」
「それは嫌です!」
一度私がイライラをぶつけてからは、私が怒るのは嫌になったらしい。そんなに怒る私は怖いのだろうか。
「私は昼御飯は皆と食べたいの。いい?」
「…………はい」
渋々感が半端ないけど頷いただけよしとしよう。ひとまずこれで帰れコールはなくなるはずだ。
「ではクラス、こちらを」
「わ、ありがと」
ユツィは毎年花束をくれる。そのへんのイケメンよりイケメンだなと思いつつ受けとった。
ヴォックスは本、シレは古くなったので買い換えたかった薬用の器具。サクが不満そうに見てくる。
「いつだって買ってあげられるのに」
「サク」
「すみません」
サクってばなんだか今日はやたら突っかかってくるんだから。
「私がほしくてお願いしたの」
「僕に言ってくれれば全部揃えます」
「そういうんじゃないの」
私に言われしょんぼりする。当の三人は笑顔だから気にしなくてもいいということだろう。
「ご飯食べよ」
* * *
楽しい時間はすぐ終わってしまう。玄関まで見送ったところでシレがうんうん頷いた。
「にしてもクラスが元気になって良かったよ」
「私は元々元気だけど?」
違う違うとシレが笑う。
ユツィが目を細めて少し屈む。
「以前と雰囲気が全然違います」
「え?」
「やはり年頃の女性が一人で生活するのは精神衛生面で良くないのだろう」
「ヴォックス?」
年頃でもないけどね? というかなんの話?
「ここ数ヶ月伺える日に限りがありましたが、表情が明るくなりましたよ」
「え?」
「面倒な事になってるけど、クラスそういう面倒見るの好きなんだね」
「シレ、言い方が雑だぞ。きちんとサクが来て変わったと言わないと駄目だ」
ヴォックス兄上の言い方は直接的過ぎるよ、と肩を竦める。まってまって。サクが来てから私変わったの?
「純粋に食生活も変わったのだろう?」
「ヴィー、それでは色気がありませんよ」
「まあ男女が二人暮らしって問題だけど、クラスには良い方向で作用してんだね」
「私、そんなに違う?」
その言葉に三人は揃いも揃って驚いた。言葉を止めて目を開く姿が答えを言っているようなものだ。
「良かったね、サク」
「ええ、なのでお帰り下さい」
サクの顔が見れない。いつも通り隣に立っているサクの纏う空気は全く変わらなかった。
「本当クラスの事となると視野狭いんだから」
「迎え入れただけ感謝してほしいんですが」
「うわ、帰らせようとしてたくせに」
引き留めたのは確かに私だけど今はそれどころじゃない。そんなに変わった?
「ではクラス、また来ますので」
「う、うん。無理しないでね?」
「その言葉はそのまま返します」
アチェンディーテ公爵との生活が辛かったら、いつでも私の元へとユツィが笑う。
「今日はありがと」
ようやく三人は帰った。けど、最後の最後でとんでもないことを言われたからか、どうにもサクの方を向けなかった。
顔、赤くなってそう。
日々の積み重ね(美味しいご飯とかご飯とか)に加えスープ事件(笑)を経てクラスがやっとこ変わって来たなという地点に辿り着きました…まだまだこれからですぜ。




