43話 甘やかして僕なしでは生きられないようにする
「元皇太子妃が後宮に残ったので、安全を考えクラスにはここで生活してもらう判断になりました。シレの結界にヴォックスやユースティーツィアも定期的に訪ねていたので、安全で言うならここの方が上でしたので」
「私もその方がいい」
会う可能性がほぼなくなったとはいえ、同じ場所にいる恐怖の方が避けたい。とはいえ、あっちは呪いをかぶせて満足してそうな気もする。
「後は残務処理のようなものですよ」
「そう?」
「ああ、叶えられなかった事が一つありまして」
「なに?」
「ステラモリス公国民の一部で失われた記憶が戻せなかった事です」
ステラモリス公国民は亡き公国の村にそのまま残っている。外に出た僅かな公国民含めて忘れていることがあった。
「公主に関する記憶がありません。皇太子妃がやった事だと分かってはいました。手を尽くしましたが戻らなくて」
農業と医療で栄えた小さな国はその技術や習慣は記憶にあるのに私と両親の記憶がなくなってしまったと。
「あの人、なんでそんなことしたの?」
「クラスが怖かったんですよ」
一度確かめた事があります、とサクは前置きした。
「クラスが自分の立場を脅かす者だと認識していたようです」
治癒魔法を使える事が原因だと言う。そういえば治癒は聖女の特権と言っていた。ドラゴンとフェンリルは治癒魔法だけが聖女の要件ではないと言っていたけど、皇太子妃は治癒魔法を気にしてそこを基準に動いている。そして公国民が私を支持し立場を奪われる可能性を排除する為に記憶を消したと。
「覚えてないんだ」
「公主を失った事を忘れたいという気持ちが原因です。本人達が思い出したいと思わない限り、こちらが外から解呪しても解けないんですよ」
「そっか」
両親は慕われる主だったから、急死という形で失ったのが辛かったのかもしれない。
「力になれず申し訳ありません」
「サクのせいじゃないでしょ」
「クラスはいつでもステラモリス公主に戻れるようにしましたが、肩書きが戻っても公国民が戻らないと辛いと思って」
「私、ステラモリスに戻る気ないから」
「クラス……」
公主として戻る気持ちはない。両親が死んで公国が解体された日に私にとってのステラモリスも終わった。
「あと一年、ここで静かに過ごせればいいの」
本当は期限がなくてもここで過ごしたい。冤罪が晴れているから、出て行けと言われればそれまでだけど、何も言われない内はここがよかった。なんだかんだステラモリスが恋しいのかもしれない。
「なら僕とクラスの二人だけの密月ですね」
「は?」
シリアスな顔が一変、満面の笑みに戻っていた。
「私とフェンリルもいるが」
「嬉しいです。十年分取り戻しましょうね」
「都合の悪い事は聞かない奴め」
恋は盲目だなとドラゴンとフェンリルが締めくくる。もっとサクに言ってほしい。
「クラスは何もせず好きに過ごすだけでいい。身の回りは全部僕がやりますので」
「なんでそこまでするの?」
「十年前はクラスが僕にしてくれました」
「それはサクが六歳だったからだよ」
私は六歳の子供ではないし、サクも成人になったのだから互いに自立すればいいだけだ。
「十年前良くしてくれた分のお返しだと思ってくれれば」
「でも」
「サク本音はどうした」
ドラゴンがばさっと翼をはためかせた。片眉だけ僅かに歪ませて貴方方には隠せませんねと笑う。
「クラスを甘やかして僕なしでは生きられないようにする、ですかね」
「はい?」
「ぐずぐずのどろっどろに甘やかして、もう一人では生きていけない、僕なしでは無理って言わせるぐらいになれば結婚してくれるでしょう?」
「ううん?」
甘やかすことが結婚に繋がるの? 合った目が本気だと言っている。しっかりした虹色の煌めきを残していた。瞳は真剣なのに言ってる内容が滅茶苦茶だよ。
「これは引くな」
ドラゴンが吐き捨てる。ドラゴンってば自分からきいておいて返事それなの。
「十年前にクラスがしてくれた事のリバイバルですよ」
「クラスへの執着が異常な時点で全然違う。別物だな」
フェンリルが溜め息を吐いた。
「私、サクにお給金払えない」
「給金なんていりませんよ?」
「身の回りのことしてくれるのに?」
「僕はクラスと一緒にいられればいいんです。正直朝から晩までクラスと同じ部屋の空気吸えるだけで幸せですよ」
内容が不穏になった。サクはかまわず続ける。
「クラスの寝起きから朝が始まるんですよね? 最高です。そもそも目覚めがクラスの匂いの残る家の中って天国では? そこから朝の寝惚けたクラスの顔を眺めながら朝食なんて最高です」
サクより早く起きてぱっちり目覚めた状態で顔を会わせようと心に誓った。
「自分の朝食はいらないんで食べてるクラスを眺めてるだけでもいいです」
「いや食べて?」
「洗濯もいいですね。さすがに盗んでコレクトするとかはないので安心して下さい。でも服着てる中身の身体を想像するのは健全な十代の男として許してほしいです」
コメントに困るからやめてほしい。想像するにしたって本人目の前にして言う?
「買い出しも僕がやります。農業と畜産も学んだから大丈夫です。クラスが可愛がってたというだけで鶏も山羊にも嫉妬しますが、だからと言ってすぐに処分はしません。さすがの僕にも良心はあります」
「う、うーん?」
「ただ鶏や山羊を愛でる分、僕も愛でて下さい」
「愛でる?」
ご褒美みたいなものです、とサクが笑う。
「最初は撫でる? いつも感謝してるからそこからですかね……その後撫でて抱きしめてるので、そこまでが関の山でしょうか。その先もいつかは欲しいですね」
卵やお乳をもらえたら感謝してたし、体調見る以外でも抱っこしたことはある。
それをなんで知っているの。怖いよ?
「役得ですよ。ですが、引き換えにクラスは何もしない生活を手に入れるだけだと対等ではないか……もっと甘やかしましょうか? ああでもクラスを甘やかすのも僕にとってご褒美ですしどうしたものでしょう……おっと」
ボタボタっと鼻血を再び流したサクにドラゴンフェンリルともに引いた。
「キンモっ」
ドラゴンが吐き捨てる。同意しかない。
同じ部屋の空気吸ってるだけで幸せって変態が言う常套句だと思ってます(笑)。あ、でも推しがいる人は皆こんなもんか自分も言いますわ(笑)。いけないサクってば普通の人だった(落ち着け)。人はだれしも変態です。




