36話 クラスの処遇
シレもユツィも側から離れない。
大丈夫、僕らが守るからと耳打ちしてくれる。とっくに覚悟は決めていた。
「皇子殿下とユラレ伯爵令嬢はお引き取り下さい」
「出来ないね?」
「ええ」
二人して頷き、余裕のある雰囲気に目の前の護衛は片眉を上下する。
「第一皇太子の命で伺っております」
権限はこちらにあると主張する。
シレが営業用の笑顔を見せた。
「その件に関して、彼女共々父上に呼ばれているんだよ」
「皇帝陛下が?」
ほらと紙を出した。皇帝から謁見の強制を記した紙だ。皇帝からの呼び出しなら効力が高い。
すると第一皇太子の専属騎士の一人が駆け寄ってきた。皇太子妃の騎士に耳打ちし顔を歪ませる。
「……どうやら殿下の仰る通りで」
「そうそう。待たせるわけにはいかないよね? 相手は僕の父上、皇帝陛下なのだから」
たとえ第一皇太子の命令であっても皇帝陛下からの命には逆らえない。黙って道を譲った。
「魔女が」
すれ違いざま、吐き捨てられる言葉には慣れている。親しみをこめて魔女と呼んでくれる人も増えたけど、こうした侮蔑の呼び方も三年前はしょっちゅうだった。
なにも言わずなにも聞こえない振りをして場を後にする。
「あーもー本当腹立つねえ」
「シレ落ち着いて」
ベストタイミングで謁見がきて驚いたけど、シレが仕込んでいたことらしい。
これから起こることを示し、第一皇太子が正式な手続きを踏まず皇帝の意に背いて勝手をしたと判断してもらえたなら、その時の為の呼び出し文書がほしいと皇帝に要望を出していた。さすが次期宰相と名高い。ここまでシレの予想通りだったの。
「ユツィ、サクは無事かな?」
「追っ手はまだ出ていませんね。あったとしても一個師団ないとヴォックスの精鋭には敵いません」
強すぎじゃない?
それでいてユツィったら私一人の方が彼らより強いですがと言ってくる。ユツィは英雄と呼ばれるほどだし強いことはよく聞いてるけど一個師団相手できるの?
「アチェンディーテ公爵側には偵察をいくらかつけていますので報告は随時あがります。御安心を」
ユツィのこの笑い方は私を心配している時だ。サクがイルミナルクスに入国するまで様子を教えてくれるだろう。
むしろ追っ手が出ないなら、この城でなにかした方が時間稼ぎになる? もう少し粘ってみようか。
「クラス、時間稼ぎは皇帝と話すだけで充分だよ」
だから特別なにかしなくていい、とシレが笑った。なんだかんだ私の言いたいことが全部筒抜けになってる。皆頭きれすぎなのよ。
「一度も二度も、私達は出遅れました。今回ばかりは周到に準備しましたよ?」
「ユツィ?」
「やられてばかりは性に合わないからね。そもそも政治に関わってないレックス兄上が宰相の僕を差し置いてクラス達下働きの領域に口を挟むなんて許せないよ」
「シレ?」
何度も第一皇太子と皇太子妃が阻んで自由がなかった。今回ばかりは準備をし、同じ轍は踏まないようにしたと。
「サクにも散々言われたし」
「大人の意地でもありますね」
「そう……」
今まで継承権の強さやら持ってる権力の差から中々動けなかった三人がサクが来たことで動きやすくなった。この半年で私の生活はだいぶ変わったもの。その成果の集大成が今ここで出ている。
「クラス、着いたよ」
重厚な扉をくぐった。ついに皇帝と話す時が来たのね。
「父上、こうして邪魔なく話せるのは久しぶりですね」
謁見の間ではなく皇帝の執務室に通された。非公式の場だからと顔を上げて気軽に話すよう言われる。
「シレの予想通りになったな」
「でしょう? 今までは兄上の妨害工作で中々お会い出来ませんでしたし」
「甘やかしすぎたか」
既に話が纏まっているようだった。
シレが第一皇太子と皇太子妃の今までの暴力を伝えてくれたらしい。今回のサクの件もあってやっと信じてくれそうだ。
「父上の事だから、また甘い処分にするんでしょ?」
「……言い聞かせておく」
「聞くわけないですよ。この三年彼女がどんな目に遭ったか言いましたよね?」
「しかしもう遅い。既に議決している」
私とサクの処分が? 皇帝の話では、第一皇太子が貴族の議決を先にとってしまったと言う。この国の議決を退かせるには再審査が必要だけど時間もかかり、その間に最初に決定した結果の権利を行使しかねない。再審査中でも最初の議決が強い効力を持つからだ。
「サクはイルミナルクスが守る。戦争さえ起きなければいい」
「そしたらクラスはどうするんです」
「皇帝としての権利を使っても死刑を撤回するぐらいしか出来ない」
無期懲役かあ。
「皇帝陛下、発言をお許し頂けますか?」
「構わない」
「私の処遇、国外追放でどうですか?」
「え?」
「ん?」
死刑にならず、再審査の間に安全を確保となると城の中は厳しいだろう。ドラゴンとフェンリルがいるから大丈夫だろうけど、あまりシレたちに心配をかけたくなかった。
「冤罪を受け入れるの?」
「私がここからいなくなれば、あの二人も満足じゃない?」
丁度いいのではないだろうか。
議決で決まったということは城の外にも情報が出始めている可能性も否定できない。
今すぐなら誰がと言う部分を誤魔化せるし、ユツィたちと離れるのは悲しいけど第一皇太子妃から離れられるのは私にとっていい話だった。
それをシレもユツィも皇帝もよく分かっている。
「今ならサクの名前を出さずにすむでしょ」
「まあそうなんだけど」
サクは来たばかりで知名度が低い。対して私は第一皇太子妃の思惑もあり帝都に魔女として知られている。
「国内に追放場所を設ける」
「父上」
「国外はその国と話をつけないとならない項目が生じる。国内であれば叶えよう」
「どちらに?」
「……旧ステラモリス公国」
懐かしい失われた私の故郷の名があがった。
やられっぱなしはどうかということで、今回は準備万端で助ける気でいました。けどクラスの回答は違っていた的な感じですかね。明日で一章が終わります。金曜から二章開始です!




