20話 胸が痛む(サク視点)
バルコニーでの披露目が終わり、すぐに帰ろうかと思ったが止めた。勿論件の人物を待つ為だ。
「来たな」
「貴方……」
第一皇太子は皇帝と話しているところ、いつもの護衛は第一皇太子につけて、一瞬一人になった時を狙って接触した。
フィクタ・セーヌ・プロディージューマ、第一皇太子妃。とは言っても実はまだ正式な婚姻に至っていない。これは皇帝が耳打ちしてきた話だが、周囲は婚姻を結んだと思っている。実際書類は皇帝の手元にあり、受領の判を押していない。式も挙げていないのもあってか、いつでもなかったことにできると笑顔で言っていた。自分の息子に継がせる気ねえのかよと内心思ったが、甘やかしぶりを見ていると第一皇太子への信頼は厚いようにも見える。
「第三皇子でもお探しかしら」
「あんたに用がある」
「……貴方の方が立場が上でも、言葉遣いに気を付けた方がよろしいのではなくて?」
六歳の子供にあんた呼ばわりされたくないって事か。これはどの貴族も似たような態度をとるから慣れてしまった。それよりもさっさと目的を済ませてしまおう。
「あんた、東の国の人間だな?」
見た目の特徴は帝国領土内の国々の中でも当たり障りない髪と瞳の色だが、持っている力が独特だ。
「何を言っているのかしら?」
あくまで帝国の貴族の娘だと主張する。
「まあそうでないと、あのろくでなしと婚約なんてできないからな?」
「私の婚約者である第一皇太子をろくでなし呼ばわりだなんて……不敬ですよ」
皇帝がこいつらの結婚を先延ばしにしているのはここかと納得する。そこは長たる皇帝だな。この女の正体に感づいている。
どこぞの公爵家の娘とされている目の前の妃は帝国の公爵家の人間ではない。養子か、もしくは誤魔化しているか。先程のバルコニーの事を思い出す。
「魔術か」
東の国の独自の魔法は魔術と呼ばれる。魔法とは違い綿密な計算式の上で作動するもので、帝国で使われる魔法とは根本的に違う。
「貴方は連合国家が樹立できれば良いのではなくて?」
イルミナルクスの功績ができる事に加え、自国は独立した国の体系を保てる。そこに関わっていない自分に突っかかる必要はないだろという事か。
「詐欺師が妃になるなんて帝国の汚点だな」
「この国には聖女が必要よ」
「偽物だろうが」
「私は奇跡を起こせます。聖女ですもの当然です」
伝説の魔物がいると分かった時点で聖女の存在も信じざるを得なかった。だからそのあたりの伝承から史実まで調べに調べ、結果行き着いた先はこいつが偽物という事だった。
「お前怖いんだろ」
「なにを」
醜悪に歪む女の顔には可愛げなんてどこにもない。こいつが聖女や第一皇太子妃の地位に固執するのは、それを失うのが怖いからだろう。驚異がすぐそこにあるのだから。
「クラスに理由のない暴力を振るうのは、クラスが怖いからだろ」
「何故そこに下賤の者の名が出るのかしら?」
「多くの文献で、聖女は治癒の能力を有していると書かれている事が多い。勿論他の魔法も剣技すらも習得しているともあるが、起きた事象を否定できる治癒は別格だ。お前は治癒魔法が怖い。そうだろ?」
「それも所詮は伝承……作り物の話を信じるとはイルミナルクスの神童も落ちたものです」
瞳に動揺が走った。手に持つ扇子で口元まで隠したから当たりだな。
「まあ政まで操作しないだけマシだな?」
「それは貴方の方ではなくて?」
言い返してくるあたり負けん気が強い。伊達に偽物として修羅場を潜ってきたわけではないという事だな。この国の皇帝を継ぐ者の相手になるには他のご令嬢を蹴落としてでも隣に立たなければいけない。
「だからか」
「?」
「何をしなくても聖女たりえるのが納得できないのか」
扇子を持つ手が震える。図星に加えて怒りも隠せなくなってきたか。
「確かにわたくしは過去も今も皇太子妃として努力は惜しんでおりません。しかしそれと他者を貶めるのとは別問題であり、わたくしはそんなこと致しませんわ」
「はあ……猫被りやがって」
俺の囁きは聞こえてただろう。けどそれを無視した。今の俺は皇帝のお気に入りだから、猫被らざるをえないだろうしな。
「まあいいさ………他者を貶める事がないと信じていますよ、殿下」
「……貴方」
言い淀んで首を振った。それを無視してその場を去る。あの手の人間はごまんといる。地位名声贅沢な暮らしを求め他者を蹴落としてでも縋りつきたい奴ら。国の中枢にいけば尚更よく見る。
足早に西へ向かい、厨によると食材を眺めながら考えている目的の人物がいた。
「……くそ」
真剣に今日の食事について考えている姿に胸が痛む。たまに起こるが、クラスの前だけだからもう慣れてしまったし、誰かに言ったらからかわれるような案件だと自覚もある。
「クラス」
「サク!」
目が合えば嬉しそうに笑う。
「どうした」
「今日の夕飯どうしようかなって」
ほらみろ。こいつはなにに一生懸命考えているのかって、俺との夕飯だ。自分の為にあんな真剣な顔されたら誰だって胸が痛くなるだろうが。
「なあ」
「うん、なあに?」
ご馳走にする? 頑張ったものね、と笑う。
クラスの作る食事は美味しいし、なにより一人で食べたり王族たちと食べる食事と違ってあたたかいし、マナーどうこう関係なく、時折談笑して目を合わせて笑ってくれる。それだけで美味しかった。
「作り方教えろ」
「ん?」
「クラスの料理、作れるように、なりたい」
少しの間の後、それこそ花開くように明るく笑う。それが見たいと思う分、つい冷たくあたって怖がらせてもしまう事が多くて困っている。クラスの前だと自分が自分でないみたいだ。
「いいよ。じゃあ早速今日からね!」
「おう」
早く大人になりたいと思うようになったのはクラスに会ってからだ。
できれば同じ年に生まれて、初めから側にいたかった。けど過去をどうこうできるわけでもなく、ステータスを変えられるわけでもない。
なら早くにあいつらを超えてしまえばいいだけだ。
剣の腕なら騎士団長であるヴォックスを、政なら宰相であるシレを、身近な仲の良さならメルあたりか。
それを超えればクラスの一番になれる。
「本当鈍感な奴」
「ん? なにか言った?」
「いや」
大人しく料理に取り掛かることにした。
どうしてプロットが「お前何者だ」「江●川コ●ン、探偵さ」だったのかが分からない(杜撰すぎる)。まあ今は優しく対応なので釘刺しておく程度でしょうが。そんな中一人おセンチになるサク。




