24.めんどくさいけど、作ってあげる
翌朝。
離れのリビングに入ると、床に何かが落ちていた。
ジークフリートだった。
彼はしゃがんだ状態からの、見事なフォームで土下座をしていた。
「頼むリリー! あの『布コンロ』を量産してくれ! 百枚……いや、五十枚でいいんだ!」
「やだ」
リリアナは即答し、ソファに座って本を開いた。ルナがすかさず紅茶を煎れ、ぽちが彼女の傍らに座りモフられスタンバイ。
優雅なリリアナのティータイム、しかしジークフリートは土下座した状態で、妨げる。
「お願いします! 一生のお願いだ!」
「あんたの一生、軽すぎない?」
リリアナは冷ややかな視線を向けた。
「めんどくさいのよ。それに、どうせ国に売りつけて金儲けしたいだけでしょ? 自分の私利私欲のために、私を内職扱いしないで」
「ぐっ……! そ、それは……」
ジークフリートは言葉を詰まらせた。
いつもの彼なら、「そこを愛の力で!」と食い下がってくるところだが、今日は違った。
「……そう、だな。すまない。無理を言った」
彼はのっそりと立ち上がると、肩を落として部屋を出ていった。
その背中は、妙に小さく見えた。
「……変ね」
リリアナは本を閉じた。
あの金とリリアナに執着する男が、あんなにあっさり引き下がるはずがない。
「ルナ。探ってきて」
「御意」
ルナの姿が影のように消えた。
◇
数時間後。
ルナが戻ってきた。
「報告します。騎士団は三日後、北方山脈への遠征を控えているそうです」
「北方? あの極寒の?」
「はい。前回の遠征では、ブリザードによる気温低下と燃料不足で、多くの騎士が凍傷を負ったとか。旦那様は、部下たちが温かい食事と暖を取れるよう、携帯できる熱源を欲していたようです」
「……ふぅん」
リリアナは顎に手を当てた。
「なんだ。自分のためじゃないんじゃない」
金儲けでも、リリアナへの無茶振りでもなく、部下の命を守るためだった。
それならそうと、最初から言えばいいのに。
(ったくもう……はーあ、まったくもう)
「ルナ。厚手の布をあるだけ持ってきて。あと裁縫セットも」
「……主様」
ルナが不服そうに眉を寄せた。
「まさか、あの駄犬のために作って差し上げるおつもりですか?」
「違うわよ。騎士団が壊滅したら、私の平穏な生活も脅かされるでしょ? これは安全保障上の投資よ」
「……」
ルナは納得していない顔だった。
主様が慈悲深いのは素晴らしいことだが、その慈悲があの男に向けられることが生理的に受け入れがたい、という顔だ。
だが、主人の命令は絶対である。
ルナは渋々、布の山を持ってきた。
「あー、めんどくさ」
リリアナは布を広げ、指先に魔力を灯した。
「なんで私がこんな内職しなきゃなんないのよ。めんどくさ。あーめんどくさ」
口では文句を垂れ流しながらも、その手は神速で動いていた。
一枚あたり五秒。
魔法文字を刻み、魔力回路を定着させる。流れ作業のように次々と『布コンロ』が完成していく。
ポチがその様子をじっと見つめていた。
「わふん?(じゃあなんでやるんだ?)」
「……なによその目は」
リリアナは手を止めずにポチを睨んだ。
「私がやらないと、あのバカがまたうるさいからよ。あと、寒いところで冷たい飯を食うのは、可哀想だから。それだけ」
「ワフン(素直じゃないねぇ)」
ポチは呆れたようにあくびをした。
◇
夕方。
ジークフリートが疲れ切った顔で戻ってきた。
遠征の準備と、代替案の熱源確保に奔走していたのだろう。
「ただいま、リリー……」
「ルナ、あれ渡して」
リリアナは本から目を離さずに言った。
ルナが無表情で、風呂敷包みをジークフリートに突き出した。
「はい。ゴミです」
「え?」
ジークフリートが風呂敷を開く。
中には、五十枚の『布コンロ』が詰め込まれていた。
「こ、これは……!?」
「暇つぶしに作ったわ。端切れが余ってて邪魔だったから、あげる」
ジークフリートの手が震えた。
彼は一枚を手に取り、そこに込められた精緻な魔法術式を見つめた。
ただの暇つぶしで作れるような代物ではない。
「リリーーーッ!! ありがとぉおおおお!!」
ジークフリートの目から涙が噴き出した。
「やはり君は女神だ! 私のために、こんなにたくさん……! 愛している! 一生ついていく!」
彼はリリアナに飛びつこうとしたが、ルナに足払いされて床に転がった。
「うるさい」
リリアナはページをめくりながら、冷たく言い放った。
「勘違いしないで。あんたのためじゃないから」
「えっ」
「部下の人たちが可哀想だからやっただけ。あんたが凍えようがどうでもいいけど、他の人が巻き添えになるのは寝覚めが悪いから」
「リリー……」
ジークフリートは床に這いつくばったまま、感涙にむせび泣いた。
「部下思いの妻を持って、私は幸せ者だぁあああ!!」
「あー、うるさ。……あと、遠征のお土産、期待してるから」
「ああ! 任せてくれ! 世界中の宝石と名産品を買ってくる!!」
「(……チョロ)」
リリアナは小さく息を吐いた。
めんどくさい仕事は終わった。
これでしばらくは静かになるだろうと、彼女は安堵の表情でココアを啜った。
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