23.布一枚の革命
しんしんと雪が降る夜。
離れのリビングは、静寂に包まれていた。
リリアナはコタツに首まで浸かり、虚空を見つめながら呟いた。
「……鍋が食べたい」
「ナベ、か」
当然のように対面に座るジークフリートが、読みかけの書類から顔を上げた。
「いいな。この寒さだ。熱々のスープで煮込んだ野菜と肉……想像するだけで体が温まる」
「でしょ? ルナ、準備して」
「お待ちください、主様」
控えていたルナが申し訳無さそうに眉を下げた。
「キッチンで作ってお持ちすることは可能ですが、ここへ運ぶ間にどうしてもスープが冷めてしまいます。鍋料理の醍醐味である『熱々を突きながら食べる』というのは、今の設備では不可能です」
「……あ」
リリアナは気づいた。
この世界には「カセットコンロ」がない。
食卓の上で火を使い続ける手段が極めて乏しいのだ。
「コンロはないの? たしか……魔道具にそんなのなかったっけ?」
「魔導コンロだな。あるにはあるが……」
ジークフリートが渋い顔をする。
「魔導コンロは、キッチンに据え置きの大型設備だ。魔石を燃料にするため、維持費もバカにならん。携帯用の小型コンロも軍用にあるにはあるが、火力が弱すぎるし、すぐ燃料切れになる」
魔道具によってコンロ的なものは、こちらの世界にもある。しかし現実と違い、こちらの魔道具には全て魔石が必要となる。
魔石は電池と同じ。内蔵される魔力がつきれば、効果が発揮されず、スクラップ同然となってしまう。
(よーは、全部電池式ってことよね、こっちの家電とか諸々)
現実世界にあった家電や、カセットコンロといった便利グッズと比べると、こっちの魔道具は不便な点が多いのだ。
「つまり、コタツで鍋はできないと?」
「残念ながら」
「…………」
リリアナの目が座った。
食い物の恨みは恐ろしい。特に、一度「口が鍋の口」になってしまった時の執着心は凄まじい。
「ルナ。布を持ってきて。燃えない厚手のやつ。あと鍋と具材も」
「は、はい?」
ルナは首を傾げながらも、厚手のランチョンマットと、具材の入った土鍋を持ってきた。
「見てなさい」
リリアナはテーブルの上に布を広げた。
そして、人差し指に薄く魔力を纏わせる。
「ヒーターなんて、要は熱を発すればいいだけの話よ。箱なんていらないの」
彼女は布の上に、サラサラと指を滑らせた。
円を描くように。
複雑な魔法文字が、光の軌跡となって布に刻まれていく。
『熱源』
『温度維持』
『温度調整』
最後に、円の中央に『発動』の文字を書き込む。
完成までわずか十秒。
「はい、できた」
「……なんだそれは?」
「『IHヒーター・クロス』よ」
リリアナは布の上に土鍋をドンと置いた。
そして、布の端に描いた『強火』の文字を指でタップする。
ブォン……。
音もなく、土鍋の底が加熱され始めた。
わずか数秒で、中のスープがフツフツと泡立ち始める。
「なっ……!?」
ジークフリートが椅子から転げ落ちそうになった。
「火を使っていないだと!? なのに、湯が沸いている!?」
「電磁誘導加熱……みたいなものよ。布に魔法陣を縫い付けた(書き込んだ)だけ。これなら畳めばポケットに入るし、汚れたら洗えるわ」
「燃料は!? 魔石はどこに入れた!?」
「空気中のマナを勝手に吸って熱変換するように設定したから、燃料はいらないわよ。実質タダ」
「はぁあああああ!?!?」
ジークフリートが絶叫した。
彼はガバッと布に顔を近づけ、震える手で触れようとした。
「布一枚で……! しかも燃料不要……! 軽い、薄い、無尽蔵……! その上携帯可能だと!?」
騎士団長の顔つきが、仕事人のそれ(軍人モード)に変わる。
「リリー! これは革命だぞ! 騎士団の遠征において『熱源の確保』は最大の課題なんだ! 重いコンロや薪を運ぶ必要がなくなり、雪山でも温かい食事が食えるとなれば、兵の士気も生存率も劇的に上がる!」
「へぇ」
リリアナは興味なさそうに、煮えた肉を箸でつまんだ。
「それに、これだけの性能だ! 商品化すれば、とんでもない利益を生むぞ! 世界中の主婦と料理人が泣いて喜ぶ! 国家予算レベルの金が動くぞ!」
「ふぅん、あっそ」
リリアナはハフハフと熱い肉を口に運び、至福の表情を浮かべた。
「ん~、美味しい。やっぱ冬は鍋に限るわね」
「聞いているのかリリー! 君は今、世界のエネルギー事情を揺るがす発明をしたんだぞ!?」
「うるさいわね。肉が煮えすぎるでしょ」
リリアナは布の端の『弱火』をタップして、火力を調整した。
「そんなことより、ジークも食べなさいよ。温まるわよ」
「ああ、この無欲さが恐ろしくも、素晴らしい……!」
ジークフリートは頭を抱えながらも、箸を受け取った。
一口食べると、そのあまりの美味さと温かさに、彼もまた骨抜きにされた。
「……うまい。温かいまま食えるのが、これほど幸せだとは」
「でしょ?」
「だが、この布の権利については後でじっくり話し合わせてもらうからな!」
「はいはい、めんどくさ」
結局、その夜は布一枚の革命よりも、目の前の白菜と豚肉の奪い合いの方が、二人にとっては重要な問題となったのだった。
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