18.夫が有休を取りすぎて、騎士団がホワイト化しました
【おしらせ】
※20時に、もう一度、更新します。
平日の昼下がり。
外は穏やかな陽気に包まれている。
リリアナはリビングのソファで、ポチ(もふもふ神獣)を極上の背もたれにして読書を楽しんでいた。
平和だ。
視界の端に、ニヤニヤしながらこちらを見ている男がいなければ、だが。
「……ねえ、ジーク」
リリアナは本から目を離さずに言った。
「今日、平日よね? 何してるの?」
「有給休暇だ」
ジークフリートはスケッチブックを片手に即答した。
彼は先ほどから、リリアナの読書姿をデッサンしているのだ。暇なのだろうか。
「騎士団長には年間六十日の有休が付与されるのだが、今まで一日も使っていなかったんだ。今年は消化義務があると言われてね(キリッ)」
「へぇ。……仕事に行けば? 目障りなんだけど」
「リリーの寝顔を目に焼き付けるまでは動かん」
(うざ……)
以前は「仕事の鬼」と呼ばれ、三日三晩帰らないこともザラだった男が、結婚してからというもの、隙あらば家にいようとする。
リリアナにとっては、貴重な一人時間を削られる害悪でしかない。
「トップがそんなんだから、現場は混乱してるんじゃない?」
「まさか。私が育てた部下たちだ。優秀だよ」
その時だった。
コンコン。
控えめなノックの後、ルナが入室してきた。
「主様。騎士団の若手騎士が参りました。『至急の決裁書類』を届けに来たそうです」
「……ほら、言ったこっちゃない」
リリアナは呆れて溜息をついた。
団長が職場放棄して家に引きこもっているせいで、わざわざ部下が書類を届けに来させられたのだ。
これは相当恨まれているに違いない。
(面倒ね。文句の一つでも言いに来たのかしら。「あの仕事バカを職場に戻してください」とか)
リリアナは「私は悪くない」という顔を作り、ソファから立ち上がった。
「通して」
「御意」
現れたのは、まだ十代後半と思われる若い騎士だった。
彼は緊張した面持ちで入室すると、ジークフリートに書類を差し出した。
「団長! 休日に申し訳ありません! これだけはどうしても本日中に決済が必要で!」
「ああ、ご苦労。そこに置いておいてくれ」
ジークフリートはスケッチの手を止めずに適当に応対する。
なんというブラック上司ムーブ。
リリアナは若手騎士に同情した。
せめてお茶くらい出して、慰めてやろうかと思った矢先。
騎士がリリアナの方に向き直った。
そして、直角に腰を折り、深々と頭を下げたのだ。
「奥様! ありがとうございます!!」
「……は?」
リリアナは目を瞬かせた。
罵倒される準備はしていたが、感謝される覚えはない。
「奥様のおかげで、我々は地獄から解放されました! 貴女は我ら若手騎士の救世主です!」
「え、何の話?」
騎士は涙目で力説し始めた。
「以前の団長は、それはもう恐ろしい『氷の公爵』でした。二十四時間三百六十五日、常に執務室に張り付き、『眠気など気合で散らせ』と無言の圧を放つ……。我々部下も帰るに帰れず、騎士団詰め所は死屍累々の有様でした」
(今更だけどこっちって時間も一年の日数も、現実世界のと同じなのよね。なんでかしらね)
「しかし! ご結婚されてから、団長は変わりました!」
騎士は感極まったように拳を握りしめた。
「定時になると、団長がソワソワし始めるのです! そして『リリーが待っている(待っていない)』と言い残し、風のように帰宅されるのです!」
「……」
「トップが定時で帰るおかげで、我々も堂々と帰れるようになりました! おかげで家族と過ごす時間が増え、騎士団内の離婚率が劇的に下がったのです! これぞまさに、奥様による『働き方改革』の奇跡!」
「はぁ……」
リリアナは引きつった笑みを浮かべた。
単にこの男が、家に帰ってリリアナにまとわりつきたいだけなのだが、結果として部下たちが救われているなら、まあいいか。
「それに、職場の雰囲気も明るくなりました」
騎士は嬉しそうに続ける。
「以前は業務連絡以外で口を開けば凍りつかせられましたが……今は、休憩中に団長から話しかけてくださるのです」
「へぇ、あのコミュ障が?」
「はい! 『おい、これを見ろ』と、奥様の似顔絵や隠し撮り写真を見せてくださるんです。『どうだ、天使だろう?』と」
(……あとで燃やそう)
リリアナの目に殺意が宿ったが、騎士は気づかない。
「最初は反応に困りましたが、それをきっかけに『実はうちの妻も……』『子供が……』と、雑談ができるようになりました。殺伐としていた職場が、今ではアットホームな雰囲気に! これもすべて、共通の話題(奥様)を提供してくださるおかげです!」
騎士は懐から包みを取り出した。
「これは感謝の印です! 妻の実家で採れた野菜です。どうか受け取ってください!」
「あ、はい。どうも……」
リリアナは泥付きの立派な大根を受け取った。
騎士は「では、失礼します!」と爽やかに敬礼し、足取り軽く帰っていった。
◇
嵐が去った後、リリアナは手元の野菜を見つめた。
「……私は何もしてないんだけど」
「ふふ、私の職場環境も良くなったよ。リリーの話をすると、皆が笑顔になるんだ」
ジークフリートが満足げに頷く。
リリアナはジト目を向けた。
(それは単に、上司の機嫌を取るために愛想笑いしてるだけでしょ……)
哀れな部下たちに同情を禁じ得ない。
だがまあ、新鮮な野菜が手に入ったし、夫が家にいることで騎士団が平和になるなら、たまの有休くらいは許してやってもいいかもしれない。
「今日の夕飯は、この大根で煮物にするわ。ルナ、お願い」
「御意」
「やった! 愛妻料理だ!」
「ルナが作るのよ」
リリアナは再びポチにもたれかかり、本を開いた。
彼女はまだ知らない。
騎士団の詰め所に、ジークフリートによって美化率二〇〇%で描かれた「聖女リリアナの肖像画」が飾られ、出撃前の騎士たちが拝んでいくという奇習が誕生していることを。
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