表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/25

18.夫が有休を取りすぎて、騎士団がホワイト化しました

【おしらせ】

※20時に、もう一度、更新します。



 平日の昼下がり。

 外は穏やかな陽気に包まれている。

 リリアナはリビングのソファで、ポチ(もふもふ神獣)を極上の背もたれにして読書を楽しんでいた。

 平和だ。

 視界の端に、ニヤニヤしながらこちらを見ている男がいなければ、だが。


「……ねえ、ジーク」


 リリアナは本から目を離さずに言った。


「今日、平日よね? 何してるの?」


「有給休暇だ」


 ジークフリートはスケッチブックを片手に即答した。

 彼は先ほどから、リリアナの読書姿をデッサンしているのだ。暇なのだろうか。


「騎士団長には年間六十日の有休が付与されるのだが、今まで一日も使っていなかったんだ。今年は消化義務があると言われてね(キリッ)」


「へぇ。……仕事に行けば? 目障りなんだけど」


「リリーの寝顔を目に焼き付けるまでは動かん」


(うざ……)


 以前は「仕事の鬼」と呼ばれ、三日三晩帰らないこともザラだった男が、結婚してからというもの、隙あらば家にいようとする。

 リリアナにとっては、貴重な一人時間を削られる害悪でしかない。


「トップがそんなんだから、現場は混乱してるんじゃない?」


「まさか。私が育てた部下たちだ。優秀だよ」


 その時だった。


 コンコン。


 控えめなノックの後、ルナが入室してきた。


「主様。騎士団の若手騎士が参りました。『至急の決裁書類』を届けに来たそうです」


「……ほら、言ったこっちゃない」


 リリアナは呆れて溜息をついた。

 団長が職場放棄して家に引きこもっているせいで、わざわざ部下が書類を届けに来させられたのだ。

 これは相当恨まれているに違いない。


(面倒ね。文句の一つでも言いに来たのかしら。「あの仕事バカを職場に戻してください」とか)


 リリアナは「私は悪くない」という顔を作り、ソファから立ち上がった。


「通して」


「御意」


 現れたのは、まだ十代後半と思われる若い騎士だった。

 彼は緊張した面持ちで入室すると、ジークフリートに書類を差し出した。


「団長! 休日に申し訳ありません! これだけはどうしても本日中に決済が必要で!」


「ああ、ご苦労。そこに置いておいてくれ」


 ジークフリートはスケッチの手を止めずに適当に応対する。

 なんというブラック上司ムーブ。

 リリアナは若手騎士に同情した。

 せめてお茶くらい出して、慰めてやろうかと思った矢先。


 騎士がリリアナの方に向き直った。

 そして、直角に腰を折り、深々と頭を下げたのだ。


「奥様! ありがとうございます!!」


「……は?」


 リリアナは目を瞬かせた。

 罵倒される準備はしていたが、感謝される覚えはない。


「奥様のおかげで、我々は地獄から解放されました! 貴女は我ら若手騎士の救世主です!」


「え、何の話?」


 騎士は涙目で力説し始めた。


「以前の団長は、それはもう恐ろしい『氷の公爵』でした。二十四時間三百六十五日、常に執務室に張り付き、『眠気など気合で散らせ』と無言の圧を放つ……。我々部下も帰るに帰れず、騎士団詰め所は死屍累々の有様でした」


(今更だけどこっちって時間も一年の日数も、現実世界のと同じなのよね。なんでかしらね)


「しかし! ご結婚されてから、団長は変わりました!」


 騎士は感極まったように拳を握りしめた。


「定時になると、団長がソワソワし始めるのです! そして『リリーが待っている(待っていない)』と言い残し、風のように帰宅されるのです!」


「……」


「トップが定時で帰るおかげで、我々も堂々と帰れるようになりました! おかげで家族と過ごす時間が増え、騎士団内の離婚率が劇的に下がったのです! これぞまさに、奥様による『働き方改革』の奇跡!」


「はぁ……」


 リリアナは引きつった笑みを浮かべた。

 単にこの男が、家に帰ってリリアナにまとわりつきたいだけなのだが、結果として部下たちが救われているなら、まあいいか。


「それに、職場の雰囲気も明るくなりました」


 騎士は嬉しそうに続ける。


「以前は業務連絡以外で口を開けば凍りつかせられましたが……今は、休憩中に団長から話しかけてくださるのです」


「へぇ、あのコミュ障が?」


「はい! 『おい、これを見ろ』と、奥様の似顔絵や隠し撮り写真を見せてくださるんです。『どうだ、天使だろう?』と」


(……あとで燃やそう)


 リリアナの目に殺意が宿ったが、騎士は気づかない。


「最初は反応に困りましたが、それをきっかけに『実はうちの妻も……』『子供が……』と、雑談ができるようになりました。殺伐としていた職場が、今ではアットホームな雰囲気に! これもすべて、共通の話題(奥様)を提供してくださるおかげです!」


 騎士は懐から包みを取り出した。


「これは感謝の印です! 妻の実家で採れた野菜です。どうか受け取ってください!」


「あ、はい。どうも……」


 リリアナは泥付きの立派な大根を受け取った。

 騎士は「では、失礼します!」と爽やかに敬礼し、足取り軽く帰っていった。


     ◇


 嵐が去った後、リリアナは手元の野菜を見つめた。


「……私は何もしてないんだけど」


「ふふ、私の職場環境も良くなったよ。リリーの話をすると、皆が笑顔になるんだ」


 ジークフリートが満足げに頷く。

 リリアナはジト目を向けた。


(それは単に、上司の機嫌を取るために愛想笑いしてるだけでしょ……)


 哀れな部下たちに同情を禁じ得ない。

 だがまあ、新鮮な野菜が手に入ったし、夫が家にいることで騎士団が平和になるなら、たまの有休くらいは許してやってもいいかもしれない。


「今日の夕飯は、この大根で煮物にするわ。ルナ、お願い」


「御意」


「やった! 愛妻料理だ!」


「ルナが作るのよ」


 リリアナは再びポチにもたれかかり、本を開いた。

 彼女はまだ知らない。

 騎士団の詰め所に、ジークフリートによって美化率二〇〇%で描かれた「聖女リリアナの肖像画」が飾られ、出撃前の騎士たちが拝んでいくという奇習が誕生していることを。

【おしらせ】

※20時に、もう一度、更新します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
www聖女化(ノ∀≦。)ノした!!
「夫としての役割求めるな」ってのたまったヤローですからね、犬以上の扱いにはならないでしょうね。 反省とか後悔とかできる知能はあるのかな。
美化率二〇〇%って、元が悪い様に感じる
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ