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17/25

17.王妃殿下と、悪魔の椅子



 その日の午後、離れのリビングに激震が走った。


「ごきげんよう、リリアナ! 遊びに来たわ!」


 お忍びの馬車でやってきたのは、第一王女シャルロットだ。


(いつも唐突なんだからもう……)


 まあ、しかしここまでは想定内だった。

 だが、彼女の隣に立っている人物を見て、リリアナ……そしてジークフリートが直立不動で凍りついた。

 ちなみに夫は、当然のように今日も離れにいる(有給)。


「あら、ここが噂の『氷の離れ』ね。意外と暖かくて過ごしやすそうだわ」


 シャルロットによく似た、しかしさらに妖艶で、成熟した色香を漂わせる美女。

 この国の国母、王妃ベアトリスその人である。


「お、王妃殿下ァ!? な、なぜこのようなむさ苦しい場所に!?」


 ジークフリートが裏返った声で叫ぶ。

 リリアナは心の中で盛大に舌打ちをした。


(王妃……? まあ、王女と関係を持ったから、来てもおかしくなかったけど……。めんどくさいなぁ、相手するの)


 しかし、腐っても貴族の妻。

 リリアナはだらけた体を起こし、最低限の礼をとった。


「ようこそおいでくださいました、王妃殿下。……何の用でしょう?」


「あら、つれないのね。シャルロットが貴女を『奇跡の職人』だと言うものだから、私も悩みを相談したくてね」


 王妃は優雅に微笑んだが、その目の下には濃いクマがあり、顔色は優れなかった。

 彼女は辛そうに首を傾げ、豊かな胸元に手を添えた。


「実は最近、体が鉛のように重くて、夜も眠れないのよ。宮廷魔導師の治癒魔法でも、一時的に痛みが引くだけで……」


 シャルロットが補足する。


「お母様は、その……豊満すぎるお体のせいで、万年の肩こりと背中の痛みに悩まされているの」


 リリアナの視線が、王妃の胸元に吸い寄せられた。

 デカイ。

 服の上からでもわかる、暴力的なまでの質量だ。

 メロン、いやスイカを二つぶら下げて生活しているようなものだろう。


(なるほど。あれは重い。物理的に重い)


 同情はしないが、理解はできた。

 そして、リリアナの脳内で瞬時に計算式が組み上がる。


 『王妃を治す』=『王家の恩義ゲット』。

 『恩義』=『面倒な夜会の誘いを断る権利』&『将来の離婚後の強力な後ろパトロン』。


(……乗った。これは美味しい投資案件だわ)


 リリアナの瞳が、商人のそれに変わる。

 彼女は営業スマイルを浮かべた。


「お任せください。当工房が誇る、極上の治療を提供いたします」


「まあ、頼もしいわね」


 王妃が部屋に入ろうとした、その時だ。


「ワン(いらっしゃい)」


 足元で寝ていたポチが、のそりと起き上がって尻尾を振った。

 その瞬間、王妃の足が止まる。

 彼女は優れた魔導師でもあった。


「……あら? 可愛いワンちゃんね。でも、この溢れ出る神気……まるで伝承にある『天狼フェンリル』のような……?」


 鋭い。

 ジークフリートが「ひっ!!」と悲鳴を上げて心停止しかける。

 だが、隣にいたシャルロットがすかさず口を挟んだ。


「毛並みが無駄にいいだけの雑種です。顔が怖いのが悩みでして。ねー、ぽち?」


「クゥ~ン(僕は雑種だよ)」


 ポチも空気を読み、阿呆な顔で首を傾げた。

 王妃はキョトンとし、ふふっと笑った。


「そう? 私の勘違いかしらね。公爵家なら珍しい犬もいるわよね」


 なんとか誤魔化せた。

 ジークフリートだけが、寿命を十年ほど縮めていた。


     ◇


「さて、治療を始めましょう」


 リリアナは部屋の隅にかけてあった布を取り払った。

 現れたのは、黒い革張りの重厚な椅子だ。

 一見すると高級な安楽椅子だが、背もたれや座面に怪しげな漢字が直接刻まれ、付与されている。


「これは?」


「魔道具『人をダメにする椅子・ロイヤル』です。座るだけで天国へ行けます」


「……怪しいわね」


 王妃は半信半疑ながらも、重い体を椅子に預けた。

 リリアナは椅子の背面に回り、指先に魔力を集中させる。


「起動します」


 彼女が指で触れた文字は三つ。


『按摩』


『温熱』


『振動』


 漢字が光った瞬間、椅子が生き物のように脈動を始めた。


「ひゃっ!?」


 王妃が可愛らしい悲鳴を上げる。

 背もたれの中から、見えない「手」が突き出し、王妃の凝り固まった背中を的確に捉えたのだ。

 それは機械のような無機質な動きではない。

 『按摩』の文字が付与されたことにより、熟練のマッサージ師のような絶妙な「柔軟性」と「力強さ」を持った動きが再現されている。


「あっ……! そ、そこ……! 固いところが……!」


 さらに『温熱』の効果で、椅子全体が人肌の適温に熱を帯びる。

 血行が良くなり、ガチガチだった筋肉がバターのように溶けていく。

 そして微細な『振動』が、骨の髄まで響き渡る。


「あぁっ……♡ だめっ、そんな奥まで……! 溶けるぅ……!」


 高貴な王妃の口から、あられもない声が漏れた。

 彼女は白目を剥きかけ、とろっとろに蕩けた顔で背もたれに沈んでいく。


「王妃殿下!? いけません! 王族としての威厳が!」


 ジークフリートが顔を赤くして目を覆う。

 だが、指の隙間からガッツリ見ている。

 シャルロットは冷めた目で、しかし感心したように呟いた。


「お母様、完全にキマってるわね……」


「これ、強さは『弱』なんですけどね。溜まってますねぇ」


 リリアナは涼しい顔で出力調整のダイヤル(文字盤)を操作した。

 王妃の吐息が部屋に響くこと十五分。

 完全に骨抜きにされた一国の母が出来上がった。


     ◇


「……素晴らしいわ」


 椅子から立ち上がった王妃は、憑き物が落ちたようにスッキリとした表情をしていた。

 目の下のクマも消え、肌に艶が戻っている。


「体が羽のように軽いの。長年の重りが嘘のようだわ。これなら今夜はぐっすり眠れそう」


 王妃はリリアナの手をガシッと握りしめた。


「リリアナ、貴女は国の宝よ。これ、頂いていくわね。支払いは王家の予算から、言い値で払うわ」


「まいどあり」


 リリアナは即答した。

 在庫処分で国家予算クラスの金が入る。ボロい商売だ。


「それと、貴女を気に入ったわ。今度お茶会にいらっしゃい。私が特別に『誰も寄せ付けない席』を用意してあげるから」


 王妃は悪戯っぽく微笑んだ。

 彼女もまた、この公爵夫人が人付き合いを嫌っていることを察したのだ。

 その上で、守ってやると言っている。


(よっしゃ!)


 リリアナは心の中でガッツポーズをした。

 これで面倒な貴族の誘いも、「王妃殿下との先約が(あるフリ)」と言えばすべて断れる。

 将来ジークと離婚した際も、王妃お抱えの職人として悠々自適に暮らせるだろう。


「ありがとうございます。では、遠慮なく引きこもらせていただきます」


「ふふ、正直な子ね」


 王妃と王女は、ホクホク顔でマッサージチェアを騎士たちに運ばせて帰っていった。

 嵐のような来客が去った後には、山積みの金貨と、最強のコネクションが残された。


「……リリー、君は本当にすごいな。王妃殿下まで虜にするとは」


 ジークフリートが感嘆の溜息を漏らすのだった。

【おしらせ】

※2/2(月)


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― 新着の感想 ―
ポチが(U´・ェ・)賢可愛い♡♡♡
この椅子オンオフ出来るのリリアナさんだけでは? それともコントローラーを作った?
マッサージチェアの取り合いになるんじゃないかな (・∀・)
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