17.王妃殿下と、悪魔の椅子
その日の午後、離れのリビングに激震が走った。
「ごきげんよう、リリアナ! 遊びに来たわ!」
お忍びの馬車でやってきたのは、第一王女シャルロットだ。
(いつも唐突なんだからもう……)
まあ、しかしここまでは想定内だった。
だが、彼女の隣に立っている人物を見て、リリアナ……そしてジークフリートが直立不動で凍りついた。
ちなみに夫は、当然のように今日も離れにいる(有給)。
「あら、ここが噂の『氷の離れ』ね。意外と暖かくて過ごしやすそうだわ」
シャルロットによく似た、しかしさらに妖艶で、成熟した色香を漂わせる美女。
この国の国母、王妃ベアトリスその人である。
「お、王妃殿下ァ!? な、なぜこのようなむさ苦しい場所に!?」
ジークフリートが裏返った声で叫ぶ。
リリアナは心の中で盛大に舌打ちをした。
(王妃……? まあ、王女と関係を持ったから、来てもおかしくなかったけど……。めんどくさいなぁ、相手するの)
しかし、腐っても貴族の妻。
リリアナはだらけた体を起こし、最低限の礼をとった。
「ようこそおいでくださいました、王妃殿下。……何の用でしょう?」
「あら、つれないのね。シャルロットが貴女を『奇跡の職人』だと言うものだから、私も悩みを相談したくてね」
王妃は優雅に微笑んだが、その目の下には濃いクマがあり、顔色は優れなかった。
彼女は辛そうに首を傾げ、豊かな胸元に手を添えた。
「実は最近、体が鉛のように重くて、夜も眠れないのよ。宮廷魔導師の治癒魔法でも、一時的に痛みが引くだけで……」
シャルロットが補足する。
「お母様は、その……豊満すぎるお体のせいで、万年の肩こりと背中の痛みに悩まされているの」
リリアナの視線が、王妃の胸元に吸い寄せられた。
デカイ。
服の上からでもわかる、暴力的なまでの質量だ。
メロン、いやスイカを二つぶら下げて生活しているようなものだろう。
(なるほど。あれは重い。物理的に重い)
同情はしないが、理解はできた。
そして、リリアナの脳内で瞬時に計算式が組み上がる。
『王妃を治す』=『王家の恩義ゲット』。
『恩義』=『面倒な夜会の誘いを断る権利』&『将来の離婚後の強力な後ろ盾』。
(……乗った。これは美味しい投資案件だわ)
リリアナの瞳が、商人のそれに変わる。
彼女は営業スマイルを浮かべた。
「お任せください。当工房が誇る、極上の治療を提供いたします」
「まあ、頼もしいわね」
王妃が部屋に入ろうとした、その時だ。
「ワン(いらっしゃい)」
足元で寝ていたポチが、のそりと起き上がって尻尾を振った。
その瞬間、王妃の足が止まる。
彼女は優れた魔導師でもあった。
「……あら? 可愛いワンちゃんね。でも、この溢れ出る神気……まるで伝承にある『天狼フェンリル』のような……?」
鋭い。
ジークフリートが「ひっ!!」と悲鳴を上げて心停止しかける。
だが、隣にいたシャルロットがすかさず口を挟んだ。
「毛並みが無駄にいいだけの雑種です。顔が怖いのが悩みでして。ねー、ぽち?」
「クゥ~ン(僕は雑種だよ)」
ポチも空気を読み、阿呆な顔で首を傾げた。
王妃はキョトンとし、ふふっと笑った。
「そう? 私の勘違いかしらね。公爵家なら珍しい犬もいるわよね」
なんとか誤魔化せた。
ジークフリートだけが、寿命を十年ほど縮めていた。
◇
「さて、治療を始めましょう」
リリアナは部屋の隅にかけてあった布を取り払った。
現れたのは、黒い革張りの重厚な椅子だ。
一見すると高級な安楽椅子だが、背もたれや座面に怪しげな漢字が直接刻まれ、付与されている。
「これは?」
「魔道具『人をダメにする椅子・ロイヤル』です。座るだけで天国へ行けます」
「……怪しいわね」
王妃は半信半疑ながらも、重い体を椅子に預けた。
リリアナは椅子の背面に回り、指先に魔力を集中させる。
「起動します」
彼女が指で触れた文字は三つ。
『按摩』
『温熱』
『振動』
漢字が光った瞬間、椅子が生き物のように脈動を始めた。
「ひゃっ!?」
王妃が可愛らしい悲鳴を上げる。
背もたれの中から、見えない「手」が突き出し、王妃の凝り固まった背中を的確に捉えたのだ。
それは機械のような無機質な動きではない。
『按摩』の文字が付与されたことにより、熟練のマッサージ師のような絶妙な「柔軟性」と「力強さ」を持った動きが再現されている。
「あっ……! そ、そこ……! 固いところが……!」
さらに『温熱』の効果で、椅子全体が人肌の適温に熱を帯びる。
血行が良くなり、ガチガチだった筋肉がバターのように溶けていく。
そして微細な『振動』が、骨の髄まで響き渡る。
「あぁっ……♡ だめっ、そんな奥まで……! 溶けるぅ……!」
高貴な王妃の口から、あられもない声が漏れた。
彼女は白目を剥きかけ、とろっとろに蕩けた顔で背もたれに沈んでいく。
「王妃殿下!? いけません! 王族としての威厳が!」
ジークフリートが顔を赤くして目を覆う。
だが、指の隙間からガッツリ見ている。
シャルロットは冷めた目で、しかし感心したように呟いた。
「お母様、完全にキマってるわね……」
「これ、強さは『弱』なんですけどね。溜まってますねぇ」
リリアナは涼しい顔で出力調整のダイヤル(文字盤)を操作した。
王妃の吐息が部屋に響くこと十五分。
完全に骨抜きにされた一国の母が出来上がった。
◇
「……素晴らしいわ」
椅子から立ち上がった王妃は、憑き物が落ちたようにスッキリとした表情をしていた。
目の下のクマも消え、肌に艶が戻っている。
「体が羽のように軽いの。長年の重りが嘘のようだわ。これなら今夜はぐっすり眠れそう」
王妃はリリアナの手をガシッと握りしめた。
「リリアナ、貴女は国の宝よ。これ、頂いていくわね。支払いは王家の予算から、言い値で払うわ」
「まいどあり」
リリアナは即答した。
在庫処分で国家予算クラスの金が入る。ボロい商売だ。
「それと、貴女を気に入ったわ。今度お茶会にいらっしゃい。私が特別に『誰も寄せ付けない席』を用意してあげるから」
王妃は悪戯っぽく微笑んだ。
彼女もまた、この公爵夫人が人付き合いを嫌っていることを察したのだ。
その上で、守ってやると言っている。
(よっしゃ!)
リリアナは心の中でガッツポーズをした。
これで面倒な貴族の誘いも、「王妃殿下との先約が(あるフリ)」と言えばすべて断れる。
将来ジークと離婚した際も、王妃お抱えの職人として悠々自適に暮らせるだろう。
「ありがとうございます。では、遠慮なく引きこもらせていただきます」
「ふふ、正直な子ね」
王妃と王女は、ホクホク顔でマッサージチェアを騎士たちに運ばせて帰っていった。
嵐のような来客が去った後には、山積みの金貨と、最強のコネクションが残された。
「……リリー、君は本当にすごいな。王妃殿下まで虜にするとは」
ジークフリートが感嘆の溜息を漏らすのだった。
【おしらせ】
※2/2(月)
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