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19話 闇からの解放

 リアは杖を片手に、精霊さん達の漂う森の中を、神殿目指して歩いた。

 

 土からは金色の精霊さんが、小川からは水色の精霊が絶えず生まれているし、木々がそよげば緑の精霊が流れて来た。アンスールも嬉しそうに舞っていて……幻想的な世界に胸が踊る。

『リアの浄化のおかげで、魔素が地に還元され、汚れた森も元気を取り戻しつつありますね』

 リア、エコマーク付き。

 

 でも、地面は次第に冷たくなっていく。氷が近い証拠だ。

「靴、持ってきたかったなぁ……」

 泥だらけになってたけど、ないよりマシ。足が凍えて感覚がない。……と、焚き木の火が見えて、リアは足を止めた。大木の影から様子を見る。

「暖かそう……」

「……ん!?」

 

 リア、すぐ近くにいる騎士様に気付きませんでした!!

 めっちゃ驚くリアの前、大木の向こう側に騎士様が胡座を書いて座っていた。慌てて立ち上がり、剣を片手にリアの前に躍り出た。

「誰だっ!!」

 

 固まるリア。だけど、すぐ目の前にいるというのに、騎士様の視線はウロウロとさ迷っている。あれ?……リア、ここにいるんだけど。

「どうした!?魔物か?」

 焚き木の方から、騎士様が2人、駆け寄って来た!リアの目の前でキョロキョロしてる。

「いや、今、女の声がしなかったか?」

「……女?」

「子供の様な……」

 

 子供の声ですって!?怖っ!!

 リアは思わず辺りを見渡した。幽霊じゃない!?

『お前だよ……』

 ライゾの呆れた声。ウィン様が杖から顔を出した。

 

『リア、もしかしてと思いましたが……カレンより渡されたあのお菓子、私が魔法を付与した物だったのでしょう。イーヴが手がけたお菓子に、あの様な形状の物があったのを覚えてます。それを何故、カレンが持っていたのかは、分かりませんが』

 ウィン様の作ったお菓子?って、透明化する?

 リア、お腹減ってたから食べちゃったよ。……やばい!気絶したら踏まれるじゃん!

『死んでも証拠が残らない。確実に殺しに来ましたか』

 死。オセルがキツイ事を言ってる。でも、今は……。

 

 リアは、ひっ!とか、げっ!とか、盛り上がってる騎士様達の横を通り、焚き木に近づいた。

「ほら、今、影が動いた!!」

「止めろ、ビリー!チビりそうだ!!」

 はぁ……暖かい。

 

 誰も居なくなった焚き木にあたり、温まりつつ見上げれば、凍った池が目に付いた。青い竜ダエグもすぐそこに見える。ああ、ここが神殿のあった場所だったのね。

 彫像の様に固まった竜は、見れば見る程美しい。生きているとは思えないくらいにね。リアには、その首に透けて見える赤い火だけが生きている様に見えた。


「ねぇ、アンスール。ダエグは人間の手を食べて、本当に生き返ったの?」

 アンスールが体育座りのリアの膝にとまった。

『死んだ者は生き返る事はありませんよ。ですが、生命は消える事なく、循環するのです。それがこの世界の理です」

 

「じゃあ、ダエグは生き返ったんじゃなくて、死んでいなかって事?」

『そうですね……それを説明するには、ダエグが神の力の一部を預かっているという事から話す必要がありますね。リアも覚えがあるはずです。神より力を預かった者ですから』

 預かる?

「リア、浄化の力を貰ったよ。それって神様の一部を、借りてるって事なの?」

『そうですよ』

 うお!凄いギフトだ!

 

『我々名のある妖精は皆、動けない神の代わりに、この世界を見守る為に生まれました。当時は竜の姿をとっていましたがね』

 神話的な話になってきた!

『ダエグもその1人でしてね。彼は変革の力を持った竜でした。ですが、色々ありまして……。ダエグは討伐され、この地に埋葬され、我々は人に害のない、この姿となったのです」

 きっとその色々は、いつかの講義で聞いた、優しき竜と悪しき竜との戦いの事だろう。確かそれは、人々が竜を恐れたが為に起こった戦いだったはず。だから、竜達は皆、妖精になったのね。

 

『我々は姿が変わっても、神の力である本質は変わりません。ですから、この竜自体には生命は無くとも、ダエグの持つ変革の力がだけが残っていて、人の体の一部を取り込んで目覚めた……という訳でしょう。たとえ切り取られた体の一部でも、その者が死なない限り、人の体には生命の欠片が残っているものなので』

「じゃ、その神様の力だけが竜を動かしているの?そこに、ダエグの心は残ってないって事?生きていた時の記憶は?」

 人が起こした争いなのにその事実は葬られ、竜だけが悪者にされてるなんて!

 リアはなんだか悲しくて、つい必死になってしまった。

 

『どうでしょうか……ハガルに応えたのは確かにダエグの思念でした。しかし、そこに以前の様なダエグの心があったとは思えません。以前のダエグは、人を諌める事はあれど、無差別に攻撃したりする者ではなかったはずなのですなのです』

 ふん!とオセルが腕を組んで飛んできた。

『アンスール、それは昔の話だ。……リア!ダエグはハガルと手を組んでから変わった。奴は人を虫けらの様に殺め……コホン。だから我々は奴を倒すしかなかった。心など、とうの昔に無くしているに決まっている』

『オセル……』

 

「ハガルと手を組んでから変わったのね?じゃ、そこに、ダエグさんを変える何かがあったんだよね?何があったのか、リアは知りたい!リアはアンスールが悲しむのは嫌なの!……ねぇ、カノ。リアの投げ捨てた例の手だけを燃やし尽くせない?」

 元の姿に戻せれば、何か手がかりがあるかもしれない。

『可能よ。……なるほど、そうすればあの竜は、元の魔素の塊に戻るわね』

「魔素の塊?あの泥ね!なら、リアがそれを浄化出来れば、神様の変革の力だけが残るよね?」

『理論上ではね』

 

 リアは立ち上がった。

「試してみよう!ライゾ、あの竜の所まで飛べる?」

『任せろ』

 言った途端、リアは目眩に襲われた。


 視点があったと思えば、目の前に半裸のフェオおねぇ様の姿が!!

「あらヤダ!お着替え中よ!」

 ……え?

 と、次の瞬間には、冷たい氷の上に座っていた。

 

「……ライゾ?……今のは何?」

『忘れたのか?転移魔法は精霊界を介するんだ。前みたいに急ぎじゃなかったから、少しだけ精霊界が見えただけだ』

 フェオおねぇ様ごめんなさい。割れた腹筋、眼福でした。

 

 とはいえ、無事に氷の上を渡りきったリアは、早速、試してみる事に!

「カノ!例の手を燃やして!!」

 厨二病的なセリフは何処へやら。冷たい氷の上で座ったまま杖を振る。杖の意味などない気もしてきた。

『任せて!!』

 カノがニヤリと笑うと、ひときわ竜の喉が赤い光を放ち始めた。


 キィィィ――!!

 竜が雄叫びを上げた。

 苦しそうにもがき、擡げた頭をくゆらせると、氷の中に出来た空洞の中で暴れだした!

 氷にヒビが入り、氷の欠片が飛び散る。ヤバい!

 

『オセル、守りを!』

『対処済みです』

 リアの目の前でオセルが両手を伸ばしていた。その、透明なバリアに氷の欠片が当たり、砕け散った。リアは目を瞬かせた。さすがです!オセルさん!

 すかさず、アンスールの指示が飛ぶ。

『……ラーグ、イース、再冷却!固めておいて下さい!』

 

『うぴゃぁ――!』

 可愛い雄叫びと共に、薄い青緑色の女の子、ラーグが飛び出し、慌てて水の精霊を集めた。直ぐに放水!!でも、なんかキツそう。

『う……イング。勢いが欲しいですの』

『仕方ない。手伝ってやるよ』

 イングが仕方なさそうに精霊集めを手伝えば、水の勢いは増し増しに!ラーグはその勢いで竜の周りに水流を這わした。

『イング、ありがとう』

『……お前らだけじゃ頼りないからな』

 イングがデレた!!


『凍らせればいいのね』

 気が付けば綺麗系妖精のイースがリアの膝の上に乗っていた。物憂げに氷の精霊を放つ。寒いけど、これで安心!

『イースもリアを守るから』

 リアはびしょ濡れになりながらも、ふんわりと幸せ気分。

「みんな、ありがとう!!」

 

 ガシン!ガシン!と氷との攻防が続いた。

 でも、次第に竜は動けなくなり、再び氷に閉ざされた。

 すると……。

 見るまに竜の形が崩れ始める。

 ドロドロと溶ける様に形を失い、氷の下の方に黒い泥となって溜まり始めたのだ。

「これが魔素の塊?」

『ええ。ダエグは自ら魔素を食らい、自身の体を強化したのです。自我を失ってまで……どうして……』

 アンスールの声は震えていた。

 

 そして……。

 みんなの見ている前で、竜の体は全て、泥となった。赤く燃えるカノの炎だけが、最後まで見えてたんだけど。

 それも小さくなり……消えた。

「燃え尽きたのね?」

『ええ。間違いなく、やり遂げたわ』


 目の前に残ったのは、空洞のあるとてつもなく大きな氷の塊と、その半分を埋める黒い泥。

 その中に残った灰色の骨だけが、竜がそこに存在していた事を遺していた。

『呆気ないものですね……』

 そこに命はないと言ったアンスールだけど、その顔はとても悲しそう。だってこの氷が、ダエグさんの姿をしていたから。


『リア、浄化して下さいませんか?』

 アンスールに促されてリアは頷いた。

「エオー、小さくしてくれる?」

 白い髪の女の子妖精さんが出て来て、項垂れた。

『エオー、生き物は小さく出来ないの』

『もうこれは、生きてはないでしょう、エオー』

 アンスールがエオーの頭を撫で、エオーは小さく頷いた。

 

 ……そうか、アンスールの仲間って事は、他の妖精さん達にとっても仲間だったんだね。

 エオーは悲しげな表情でリアを見上げた。

『リア、ダエグに近づいてくれる?』

「うん。ちょっと待ってね」

 リアは震えながら氷の上を這って進んだ。近付けば近づくほど大きく立派な竜だと思った。

 そして、その足元に到着すると、エオーは氷に精霊をくっ付けた。途端に氷が小さく……って!

 小さくなりすぎて、宙に浮いてんじゃん!!落ちる――!!

 

『お――っと!』

 受け取ってくれたのは、マッチョな大きな妖精さん。……確か、ウルさん?緑の短髪を逆立てながら、卵サイズの氷を、体当たりでガッチリとキャッチしてくれた。

 リアは慌てて妖精さんごと氷を受け取った。

 

「ありがとう」

『気を付けてくれたまえ。お前はコヤツと対話したいのだろ?』

「うん!」

『ならば、ギューフが頑張る君にギフトをあげるよ!』

 心配そうな顔をしたギューフさんも出て来て、パチン!ウインクと共にハートが飛ばしてくれた。

 

 みんなが見守ってくれている。リア、頑張るよ!

 リアはペタンと座って氷を両手で包み込んだ。そっと目を閉じる。


「……この中に神様のくれた、変革の力があるんだよね」

 氷の中から何かを感じ取れないかと、耳を澄ます。

 氷に閉ざされてもなお、魔素の塊からはブンブンと煩い羽虫の音が聞こえていた。

 誰だってこのブンブンを聞き続ければ、おかしくなってしまうに違いない。


 でもリアは知っている。

 このブンブンが、元は精霊さんだって事。きっと魔素と言うものは、精霊さんが闇に染って黒くなった物なんじゃないかな?だって、リアが神様の浄化の力を使えば、精霊が再生されるから。


 正解だ。闇を取り込めば、どんな生き物でも魔物になってしまう。精霊でさえも。


 神様の声がした。お勉強タイムだ。


 じゃあ、闇は何処からくるの?


 闇は人が生み出すモノだ。お前にも分かるのではないか?闇は人の心に巣食った、暗い感情だ。

 人の生みし闇を精霊が取り込み、魔素となる。そして、魔素に取り憑かれし生き物が魔物となる。

 ……だから、魔物を祓うのは、闇を生んだ人でなくてはならない。

 

 全ては巡っている。

 でもそこに、魔素を取り込んだ生き物の意思はあるの?

 知らないうちに魔物になってしまっていたら?

 ダエグさんも、もしかして……。


 ――ならば、聞いてみるがいい。


 ピコン!

 神はギフトを受け取った。

 神はリアに変革の力を授けた。


 えっ!?

 ……神様?いきなり力を頂いても、困るんですけど?これで2つ目だし?


 ――なに、ただの骨だ。


 骨!?

 

『誰だ……俺の力を奪う者は……』

 ほら、所有権争いが!!って、この声はダエグさん?


 リアが目を開け、両手を開くと、氷の卵が割れる様に、中から真っ白な小さな竜が顔を出していた。妖精よりも更に小さな竜だ。骨のね。

 

『あ……ダエグですね。何故復活してるんでしょうか?』

 オセルさんが不機嫌そうに、リアの手の中を覗いた。その横では、ライゾが腹を抱えて笑ってる。

『ちっさっ!』

『ライゾ!てめぇもなっ!!』

 竜がツッコんだ。

 

 敵対していたと聞いてたけど、案外仲良しなのかも。って……。

「骨が喋ってる!!」

『喋るに決まってるだろ――……おおう?』

 小さい竜は、急にオロオロし始めると、自分の体を見て、いきなり落窪んだ目から、ドバ――っと涙を流した。

 

『俺の声、もしかして聞こえてる……?俺、ちゃんと、見えてる……?』

『かなり小さいし、絵面的に汚いがな』

『うるせぇ――!ライゾ!!だがっ!俺は今、猛烈に――嬉しい!!』

 ダエグさんは泣きながら叫ぶと、嘔吐き始めた。

 

「大丈夫?」

 うっうっ……て涙する竜の頬?を、リアは人差し指の先で、そっと拭った。小さな竜はリアの手に擦り寄ってきて、とても可愛らしい。リアはこの子が人間を傷つけるなんて、考えなられなかった。

 

『浄化とは、なんと素晴らしい事でしょう。昔に戻った様です……骨ですが』

 アンスールがリアの腕にとまってもらい泣きしてた。

『ダエグ、何があったのか聞かせて貰えませんか?』

『アンスール……俺は馬鹿だった。仲間だと思ってたんだよ……アイツの事を……』

『詳しく聞かせてくれませんか?』

 

『皆、ちょっと待って!話を続けるなら、まずは暖かい場所に行くべきよ!リアの足を見てちょうだい!!』

 カノに言われて、皆がリアの裸足の足を見た。微妙に変な色になりつつある。そういえば……。

「なんか、冷たいってより熱いんだよね……」

 もしかしてこれは……リリアの体の危機なのでは!?

 

『すぐに精霊界へ!!』

 アンスールがリアの杖を指さした。

『待て!!ダエグも連れて行く気か!?』

 オセルが遮るけど、アンスールは危機とした態度で避難命令を下した。

『リアの方が危険です!ウル、ティール様、ダエグを拘束!オセル、精霊界に受け入れ準備を!ライゾ、リアを頼みます!』

 妖精さん達が慌ただしく動き、リアの杖の中に消えた。

 

「リリアの足なのに変な色……治るかな?」

『冷たくて痛かっただろうに、何故言わない!!』

 残されたリアの頭にライゾが乗った。何故か怒ってる。

「だってリアは平気だし?」

 ライゾはため息をついた。

 

『お前は痛みに慣れすぎているんだ。いいか?リア。お前はリアであると同時に、リリアでもあるという事を忘れるな。俺たちがいるんだ。辛い事や悲しい事を、リリアだけに押し付けるな』

「ん?どういう事?」

『ちゃんと考えろ』

 首を傾げたリアの頭をわしゃわしゃとかき混ぜると、ライゾは、行くぞ!と呟いた。

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