18話 捨てられる
「リリアって呼んでもいい?もっと仲良くなりたいの」
キャンディーを渡され、こう切り出したカレンと馬車の中、リアはずっとカレンの職務質問に答えていました。
「イーヴ様とはどういうご関係?」
「アンリと友達だから……」
ふんわり答える。
「じゃあ、ルーカス様とは?」
「それはよく分からないの。私、何かしたのかな?」
これは本心。
「ルーカス様はずっと、リアって娘を探していたのよ。あなたの名前が似ていたからじゃない?」
「それだ!!」
なぁんだ!って納得するリアに、カレンは若干引いていた。
「あなた、単純って言われない?……誰かに似てるわね……誰かしら……」
話している間に、馬車はリアのお願いした場所、学園の入口で止まった。
「リリアはエヴラール家から通っているんじゃなかったのね。寄宿舎って、遅くに帰って来ても咎められないし、便利なのよ」
「そうなの……」
さすが貴族様の通う学校。校則は自由らしい。
そこで下ろしてくれるかと思いきや、何故か馬車は再び走り出した。
「ねえ、ちょっと付き合ってくれない?気になる事があるの」
この道は知っている。何故なら今日、歩いたばかりだから。……そう、見えてくるのは北門だ。すぐにカレンの派手な馬車は北門の門兵さん達に囲まれた。
「カレン様。この様な時間にどうされましたか?」
「カレン、今日の事でちょっと気になる事があるの。だから、通してくれる?」
「実現した悪しき竜の所にいらっしゃるのですか?凍っているとはいえ、とても危険です。許可する訳には……!」
「遠くからほんの少し見るだけよ。貴方みたいな優秀な騎士様が警戒して下さってるのだし、近くにいる魔物は全て、討伐済みなのでしょ?」
「ええ、勿論!ですが……」
「そうなのね……」
無理が通らないと悟ったのか、ここでカレンは、急に目を伏せた。
「実は私……もっと浄化魔法の練習をしたいの。みんなの期待に応えられるのか、不安でたまらなくて。……こんなの、聖女として情けなくて、誰にも知られたくないのだけど」
顔を上げて、涙を流した。
「でも、皆の安全を守りたいから!お願い、ほんの2、3回だけでいいの!魔法を試させて!」
カレンが涙目で見上げれば……ほら、不開の門だって開いちゃう。
「……分かりました、カレン様。貴方様の行いに感謝の意を示す為、今回はほんの少しだけ目をつぶる事に致します。しかし、奥まで行かない事と、馬車から離れない事を、ここにお約束下さい」
「ええ、約束するわ!ありがとう!!」
馬車は北門をくぐり抜けて、馬車で入れる木立ギリギリの場所で止まった。この先には北の悪しき竜が封印されていた神殿があるだろう。
ここまで来て、リア、何故か胸騒ぎがしてきました。
「リリア。悪いんだけど、私が送れるのはここまでなの。下りてくれない?」
「……え?」
カレンは御者を使って、リアだけを少々乱暴に馬車から下ろさせた。自分は馬車の窓から、今日はお疲れ様――!なんて言いながら手を振ってる。
その肩ではハガルも手を振ってるし。いいコンビね!って。
「ここ、森……」
騙されたぁぁ!!
盛大にツッコんだわ。
「そんな驚く事もないでしょ?……私ね、あなたの事を知ってるんだから」
それはもしかして前世の事ですか?
「リリア・リリベル。あなた、アンリ・エヴラールの親戚ってのは嘘ね」
現世の事で良かった!なんて、喜んでいる場合じゃない。ここは魔物も出る森の中だ。
「あなたがルーカス殿下の探していたリアね。そうでしょ?」
リアはプルプルと首を振った。
「分からないの。だって、私、記憶喪失になっちゃてるから」
「記憶喪失?」
カレンが可愛らしく首を傾げる。
「うん、3年前にショッキングな事件があったみたいで、何も覚えてないの」
「何も?」
「うん!」
「ルーカス様の事も?」
「うん、逆に教えて欲しいかも」
「……そう。嘘はないわね」
リアが頷くと、カレンはニコリと笑った。
「素直な子は好きよ。でもね、私は確証が欲しいの。あなたが嘘を言ってないって言う確約がね。だから、可哀想だけど、あなたをここに置いて行くわ。もし、あなたがここから無事に戻って来た時、この事を黙っていてくれたなら、私はあなたの事を親友だって認めてあげる。でも、私が森に置いて行った、なんて誰かに話したのなら……」
ゴクリ。
「あなたのお兄様は王国騎士団長の席から降りて貰うわ」
「……え?リリアのお兄様が騎士団長様!?」
いやいや、今、大事なのはそこじゃない。まずは、二度とお兄様に会えなくなる可能性を考えよう!
「ふふっ。自分の兄の事も忘れちゃったの?可哀想――」
ゴフッ!その通りです。
「じゃあ、私は帰るわ。頑張って王都まで帰って来てね、リア!」
窓は閉められ、馬車は走り去った。呆然とするリアを残して。
ランプを下げた馬車が去ってしまうと、自分の手足も見えないほどの真っ暗闇。北の森は鬱蒼として、月の明かりも届かなかった。
「お兄様かぁ……。家族、いたんだ」
リアになってから3年間、一度も会った事はない。それでも家族と言えるだろうか。……胸が苦しい。
――捨てられたのよ。誰も助けになんて来てくれない。お兄様も……。
リリアの声が聞こえた気がして、リアはシーツを体に巻きつけた。その時……。
『ひでぇ奴だな……親友になるのに条件をつけるなんて聞いた事がねぇ!』
ライゾの声が聞こえた。
『ライゾ、もう少し離れてからと言ったでしょう。見つかったら、困るのはリアですよ!』
アンスールの声も!
「うう……みんながいてくれて良かった……」
ひとりじゃない。それがどれだけ嬉しい事か!
『なに弱気になってるの?リア。当たり前の事じゃない!それよりも、早くこっちへ!』
カノの声だ。でも暗くて姿が見えないの……グスン。
「灯りをともす魔法って……誰か使えない?」
出来れば氷盾的なやつじゃない方向で。
『リア、松明はともかく、魔法で灯りをともすのは危険です。魔物は精霊を好みますから、呼び寄せてしまう可能性があります。……この際です。精霊の使い方を覚えなさい。心を解き放って自然と一体化すれば、色々と見えて来るはずです』
オセルがいつかの講師様と同じ事を言ってる。リア、杖作りの時に経験済みだけど、それって難しいのよ。
ここで、ライゾが髪の中からモゾりと顔を出した。
『リア、お前もそこいらの草木と一緒。この世界を創った神の創造物だ。そう思えば簡単だ』
「リアも……草?」
そっか!ライゾがそう言うのなら、間違いない。
「なんだ。リア、この草と兄弟だったんだ!」
分かればその辺の木だって愛おしく思える。……木?
「あ、見えたかも」
突然、葉っぱに草に精霊さん達。全てが暗視カメラ並によく見える様になった。生き物は皆、淡い光を放って見える。その濃淡が、景色を形作ってるの!
そして、何より綺麗なのは精霊さんと妖精さん。様々な色を帯びた光の粒が空気中を漂って見える様になった!これは自然に優しいイルミネーション。光のシャワーだ!
「……ふわぁ――。とても綺麗!」
『ほら、簡単だったろ?』
「うん!」
『単純な者同士にしか分からない事もあるのですね……』
オセルさん、それって褒めてないよね?
「あ!ベルカナさん!!」
草むらの中に妖精さん達が集まっていた。その真ん中に、ベルカナさんの姿が見えたのだ。
「大丈夫なの?怪我してない?」
リアは駆け寄ってシーツを草の上に敷いた。力持ちのティール爺様がその上にベルカナさんを乗せた。
『そんな体で飛び降りたのですか……本当に無茶をしましたね』
アンスールが半泣きだ。
「飛び降りたの!?」
そう、ベルカナさんの背中には、羽が2枚しかなかった。みんなの背中には4枚あるのに!
『2枚じゃ上手く飛べなかったわ。これでも風魔法で少しは軽減したのよ』
体制を変えるのも苦しそうよ。
『羽はどうした!!ハガルか!?』
オセルは凄く怒ってる。
『……ええ。でも、後悔はしてないわ。だって……』
ベルカナさんはリアを見上げて優しく微笑んだ。
『リア、貴方が手を伸ばしてくれたから』
「そんな……!!手を伸ばしても、キャッチ出来なければ意味ないじゃん!」
リア、約立たずでゴメン!
『そんな事はないわ。あなたなら必ずみんなを助けてくれる。そう思ったから、決心がついたの。ほら、あなたって、まだ何も起きていないのにも関わらず、躊躇せずに人間達を避難させたでしょ?きっとアンスールの指示ねって分かったら、もう、じっとしてられなくて。妖精をここまで信じてくれる人間なんていないわ。……でしょ?』
ベルカナさんはアンスールを見た。
『ええ。妖精は人間に信じて貰えなければ、なんの力もありません。その点、リアは心から私たちを信じてくれていますからね。我々妖精にとってそれは、喜びであり、存在価値なのです』
『って訳よ。だから悲しまないで。私はカレンから離れられて清々してるんだから!』
ベルカナさんは、いつか見たよりもずっと明るい表情をしてる。だから、強がりじゃないってわかるけど、何故か涙が出てくるの。
「消えちゃったりしない?」
羽をもがれた妖精がどうなったのか……。考えるだけで、リアの胸は痛くなる。
『消えないわ。まだ私にはやる事があるんですもの。それに、知ってる?リア。妖精は信じてくれる存在があれば、強くなれるのよ。羽だって生えてくるかもしれないじゃない?』
ベルカナさんは無謀なことをした訳じゃない。しっかりと前を向いて決断したんだ。
リアは頷いた。
「リアが頑張って生やしてあげるよ!」
『ふふっ。期待してるわね』
『では、ともかくここは、ひとまずあちらに避難しましょう』
オセルさんの指示で、ティール爺様がちょっとぽっちゃりなベルカナさんをお姫様抱っこした。
『まあ、年甲斐もなく、ときめいてしまうわ、ティール』
リアもキュンキュンよ!
そうだ、杖は!と探すと、白い髪の快活そうな女の子妖精さんが、爪楊枝サイズになった杖を持って来てくれた。双葉の生えた爪楊枝だ。
『見つからない様に小さくして髪の毛の中に隠したのよ!エオーは変化の妖精なの!』
この子、いつもアンスールにツッコミをいれてる娘じゃない?
「超便利な魔法!エオー、ありがとう!」
爪楊枝じゃなくてかんざしだったのね!
エオーが『えいっ!』と精霊を飛ばせば、ボフッ!と、杖は元の大きさに!!
『……え?杖の中に入るの?四葉のクローバーは?』
『光の道があるから、心配はないのじゃぞ!』
困惑するベルカナさんを精霊界にあるヤドリギの家に避難させれば、もう安心!精霊界にはフェオがいるからね!
『リア、あなたも疲れたでしょう。ヤドリギの家で休んで下さい。ライゾの魔法なら、そこからクッキーに戻る事も可能ですから』
ありがとう、アンスール。でも……。
「リア、このまま凍らせた竜さんの所に行くよ!」
『……え!?ダエグの所に……ですか?』
「うん!ここから近いのでしょ?リアは、ここに来れた偶然を逃したくないの!」
『はあ!?偶然か?簡単に騙されておいて、どの口が言う!』
ライゾってば、鋭い!
「 テヘッ!でも、門兵さんは魔物はいないって言ってたし、みんな、手伝ってくれない?」
すると、途端にオセルとカノがいきり立った。
『ダエグの討伐ですか……!リア、私は土魔法も得意としてますよ』
『カノの火はまだ、灯ったままよ。何時でも爆発させられるわ!』
「待って、待って!あの竜さんはアンスールの仲間だったのでしょ?なら、まずは話が出来るか、試してみよう!」




