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17話 親友という言葉の罠

「ルーカス様ぁ……イーヴ様が!!」

 貴賓室に入った途端、カレンが半泣きで飛びついて来た。

 でも、ルーカス殿下は駆け寄るカレンを目にも入れず、リアを抱えたまま、部屋の奥に鎮座するデカいベッドに歩みよった。

 

「イーヴの様子はどうだ?」

「殿下!今、目を覚ましたところですよ!」

 ベッドの横にいたお医者さんらしき人が、明るい顔で答え、殿下は躊躇なく、イーヴさんの枕元にリアを座らせた。自分はその場に崩れ落ちる。

「そうか……良かった」


 リアはホッと息を吐きイーヴさんを見た。イーヴさんはルーカス殿下を不思議そうに眺めた後、儚げな微笑みを浮かべ、リアを見つめた。顔色は悪いが、気分は悪くなさそうだ。

 その枕元でベルカナさんが手を振っているのを確認して、リアは労うようにそっと花束を置いた。無事で良かった。

 

 ふと頬に指先が頬に触れ、目を向ければ、イーヴさんと目が合った。

「ありがとう。僕の天使……」

 ……天使?

 上を見るも、ここの天井の絵は天使じゃなく唐草模様だ。

「ふふっ。君の事だよ」

「イーヴ……!」

 

 ルーカス殿下が慌てて手を伸ばし、イーヴさんの口を塞いだ。

 何事かと見上げれば、カレンが無表情でリアを見ていた。でも、ルーカス殿下とイーヴさんが顔を向ければ、一瞬で笑顔に変わるの。


 怖い……。

 前世はどうして気付かなかったのだろう。こんなにも分かりやすい敵意に。

 莉亜は心を許した相手に無防備すぎたのだ。


 リアは慌ててベッドから離れた。名残惜しそうにイーヴさんの手が離れ、裸足の足が冷えきった床に触れた。……あ、急いでたから、靴ないや。

 思わず下を向いたリアを見たカレンは、勝ち誇った様にニヤけると、大仰に体をくねらせてイーヴさんの横に腰掛けた。


「イーヴ様、気がついたのですね!カレンの回復が効いて良かったですわ!」

 ピンクの髪を耳にかけ、2人に体を寄せる。

「ルーカス様ったら、イーヴ様は死の淵から舞い戻ってきたばかりなのですよ。優しくして差し上げて」

 イーヴさんの口に添えられたルーカス殿下の手を、優しく取り払う。


 ルーカス殿下は、焦った様にリアの方を見た。

「ああ、誤解を生んではいけないと思ってな」

 その視線を追って、カレンもリアを見た。

「確かに……。真に受けられては困りますものね!」

 まあ、リアは天使じゃないけども。

「あ、あなた。何かお飲み物を持って来て下さる?」

 リアはメイド?


 ……そうか!

 目の前にいるのは、伯爵家ご子息とこの国の第二王子様。そして、伯爵令嬢だ。リアが動くしかないじゃない?

 リアは被って来たシーツを脱ぐと、ロザリー婦人仕込みの、綺麗なお辞儀をした。

「かしこまりました」


 すると、何故か、イーヴさんとルーカス殿下の眉がぐっと寄った。

 リア、何かした?……って、リア、寝巻き姿じゃん!無礼だと思ったのね。

 でも、これは許して。だって、着替える暇がなかったんだもの。ま、そもそも、着替えなんて持ってないけどね!

 

 リアは被っていたシーツを片付けると、急いで部屋の隅に控えている執事様の所に行った。

 何故か厳しい顔をした執事様は、リアに代わって黙々と紅茶を用意してくれた。リアが紅茶にハチミツを垂らすと、笑顔に戻ってくれたけどね。


「ルーカス。どうしてここに彼女を連れて来た」

 イーヴさんの声は少し掠れていて、痛々しい。

「イーヴ、これでも俺は、お前の事を心配したんだぞ。勿論、彼女もな。だから、そんなに怒るな」

「……ん?今、心配した、と言ったかい?」

 

 イーヴさんは驚いてる。そうよね、昨日までは木刀で殴り合う仲だったんだから。


 ルーカス殿下は真っ直ぐにイーヴさんを見た。

「ああ、お前は唯一無二の友だ。失いそうになって初めて気付いた」

 そのストレートな告白に、イーヴさんは目を見開いた。そして、ふと笑顔になると、はあ……とため息をついた。


「馬鹿だな。……これも彼女のおかげかな」

 ボソリと呟く。

 その顔は嬉しそうで、リアまで幸せ気分。リアは早速2人に、香りのいい紅茶を持って行った。


 イーヴさんはカレンの手を借りて体を起こすと、優しい笑みを浮かべながら、リアの紅茶を受け取った。

「ありがとう、カレン。……君のおかげで、僕はもう大丈夫の様だよ」

 リアにも微笑みかけてくれるサービス付き。ルーカス殿下はそれを見て、カレンの手を握った。

 

「ああ、そういう事なら、俺からも礼を言いたい。君の献身的な治療には、心から感謝するよ。俺の心の友を助けてくれてありがとう」

 2人から礼を言われ、カレンは輝かんばかりの笑顔だ。

 

「カレンは出来ることをしたまでですのよ。お二人が親友だなんて……本当に素晴らしい事ですわ」

「ふふっ、そうかい?……ならば、そろそろお引き取り願えないかな?これから僕らはもっと親睦を深めなきゃならないし、2人、積もる話もあるからね」

 イーヴさんは微笑みが止まらない様子。カレンは頬を染めた。


「……まあ!」

 と、立ち上がる。

「ずっとお美しいお二人を、見ていたいけど……お邪魔するのも、申し訳ないわよね!」


 確かに、プラチナブロンドの王子様と蒼の魔導士様のツーショットは美しい。……と、お開きの予感に、リアは慌てて花束の方を見た。

 ベルカナさんは何処!?


「礼はまた今度、改めてさせて欲しいな。ルーカス、馬車の用意を」

「ああ……」

「いえ、ルーカス様、カレンなら大丈夫ですわ。馬車なら待たせてありますの」

 

 あ……。

 ハガルがカレンのフードから顔を出した!カレンに何か言ってる。

 ……目を合わせちゃいけない。

 そう思い、そっと目を逸らせば、カレンとバッチリ目が合ってしまった。視線だけで人を殺せそうな目をしていた。

 

「あなた、このお花は生けなくていいの?」

 しまった!と思った時には、カレンは花束を抱えあげ、その中に隠れていたベルカナさんを引っ張り出していた。リアがボーッとしてたからだ!!

 顔を青くするリアに、カレンは花束を差し出す。

 

「虫が入ってましたわよ。これはもう捨てた方がいいわ」

 リアは渋々花束に手を伸ばした。でも、横から執事様がそれを遮り、花束を受け取ってくれた。

「これは私が責任を持って生けさせて頂きます」

「そう?よろしくね」


 カレンはニコリと執事様に微笑みかけると、振り返った。ルーカス殿下とイーヴさんに美しい礼をした。

「では、失礼致します、ルーカス様。イーヴ様、回復を心からお祈り申し上げておりますわ」

 そして、立ちすくむリアの腕を引っ張る。

「さあ、あなたも帰るのでしょ?一緒に乗せて差し上げますわ!」


「リリア!……ゴホッ」

 イーヴさんが咳き込んでる!呼び止められたリアは、カレンに引かれながら振り返った。

 ルーカス殿下に背中をさすられながら、イーヴさんが顔を上げた。

「リリア、君は出来れば残って私の世話をしてくれないかい?」

 涙目が麗しい。

 

 イーヴさんの側で看病していたい。切実にそう思う。だけど……。

 リアはどうしてもベルカナさんを放っておけなかった。


「ごめんなさい、今日は帰るね。カレン……カレン様。送って下さる?」

「それなら俺が送ろう!」

 ルーカス殿下が申し出てくれるけど、カレンは怖いくらいの笑顔でリアの腕に手を回した。

「心配なさらなくても大丈夫よ。ちゃんとカレンが送るから……っね!私たちも親睦を深めましょ?もしかしたら、親友になれるかもしれないわ!」

 

 親友……。本来なら素敵な事なのだろうけど、カレンの口からだけは聞きたくなかった。

 だって花蓮は莉亜には親友だよ、と言いながら、クラスメイトには、莉亜から虐められてるって言ってたの。挙句にクラスメイトをそそのかし、断罪だって……莉亜をみんなの前で学校の屋上から突き落としたのだ。その時の事を思い出せば、今でも足が震える。でも……。


 もう、親友なんて言葉は信じない。

 リアはベルカナさんを助ける為なら、カレンだって騙してみせるわ。リアにだって、信じたふりをして近づく事くらい、出来るはず!


 ドキドキと心臓が鳴る中、リアは頷いた。

「カレン様、嬉しいですわ。親友……素敵ね!」

 心にもないことを口に出すのがこんなに難しいって知らなかった。顔が引き攣ってないといいけど。

 

「だがこのままの格好で返す訳にはいかないだろ?」

 ルーカス殿下が立ち上がった。確かに裸足にパジャマじゃ、幽霊に間違われるかもだしね。でも、大丈夫!

 リアはテーブルに乗せられていたリアのシーツを手に取って被った。

「これで来た時と同じよ」

 幽霊に近づいた気もするけど。


「あはは!あなた、とても可愛いのね。気に入ったわ!……さ、一緒に帰りましょ」

 カレンの笑い声が響き、リアは何故か悲痛な顔をする2人に手を振って、カレンと貴賓室を後にした。

 


「さあ、こっちよ!」

 部屋を出たカレンは、超ご機嫌。

 腕は解いたけど、ペタペタと裸足で歩くリアを楽しそうにエスコートしてくれる。


『ベルカナ。お前、逃げるつもりだったのか?』

 暗い廊下を歩いていると、間近でハガルの声がした。カレンのフードの中にいるみたい。

『ええ、そうよ。私は間違っていたの。傷付いた身体を癒すだけでは、助ける事は出来ないのだとね』

 ベルカナさんも一緒だ。

 

『何言ってんだよ、ベルカナ。お前にはそれしか出来ないだろ?』

『いいえ。出来るかもしれないわ。現に貴方は今回、ダエグの復活に失敗したじゃない』

 チッ……とハガルが舌打ちした。

『嫌な事を言いやがる。あれは想定外だったんだよ。雷に氷に水魔法まで……トランセッタの奴、近衛の戦力を見誤ったんだ。帰ったら文句を言ってやらないと』

 でもここで、ハガルは、ふふふと笑った。

 

『だが案ずる事はない。凍らせただけだろ?今は無理でも、そのうち溶ける。溶けないなら、溶かせばいいし?近衛騎士の中にも部下はいるからな。それよりも……今はお仕置をしないとな』

 お仕置?

 ベルカナさんが息を飲む音がした。


『他の子には手を出さないで!責めなら私が受けるから!』

『ならば、お望み通りに』

『……!!』

 何が起きているの!?

 

 外に出ると、肌寒さが増す。目の前にはデルオニール家の豪華な馬車がスタンバっていた。

 待っていた御者が馬車の扉を開け、カレンに手を伸ばす。

 リアは御者に手を引かれるカレンのローブのフードに手を伸ばした。

 

『待って!』

 カノの声だ。リアが手を引いた途端、ハガルが顔を出した。

 

「ん?何か言った?」

 馬車に足をかけ、カレンが振り向く。

「あ……足が汚いけど……いい?」

 リアの誤魔化しに、カレンはニコリと笑った。

「すぐに降りるでしょ?だから気にしないで」


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