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16話 王子と従者

 幼い頃より、空気中に漂う精霊が見えた。

 それを使役し、魔法を繰り出せば、大抵の魔物は瞬殺出来た。

 それが特別な事だと気付いた時には、この僕、イーヴ・プロスペールは、フェル王国の第二王子ルーカス・フェルの遊び相手として、フェル城に招き入れられてたんだ。

 

 そしてそれは、僕が父の跡を継いでフェル王国近衛騎士団の団長となる事が約束されたという事。

 史上最年少で近衛騎士になった僕は、自分の恵まれた環境に心底感謝していた。


 だが、その僕が最初に与えられた任務はと言うと、ある子爵令嬢の存在の隠蔽と保護。……厳密に言えば、王である自分の代わりに、リリベル子爵領に幽閉されているリアと呼ばれる令嬢が、不自由する事なく平穏な日々を送れるように、こっそりと配慮してこい、という、よく分からないものだった。

 それがフェル国王が僕に、直々に与えた勅命であり、何よりも優先される事項だと聞かされた時には、なんの冗談かと、本気で陛下に問い正したものだ。


 しかし僕は、得意の幻影魔法と趣味のお菓子作りが生み出した偶然の産物、幻影魔法を付与したお菓子の効果を試すのにちょうどいいと考え、その子爵令嬢の元へと足を運んだんだ。


 何をやらかしたのか……その没落して間も無いリリベル子爵家のご令嬢リアは、田舎町の高台の丘の上の小綺麗な屋敷に住んでいた。


 1番近い町からもかなりの距離のある、こんな不自由な場所にわざわざ住んでいる事といい、出掛けるつもりもないのか、移動用の馬車を持たぬ事といい、自ら好んで隠れている様にしか思えない。

 どういう訳だ?

 僕は得意の幻影魔法で姿を隠し、リアと呼ばれるその娘を観察する事にした。


 彼女は派手な赤毛で、一般的な貴族令嬢と同じ様に、着飾ることしか興味のない様な娘だった。娘の為に商人を呼んでは散財し、使用人は奴隷扱いという高慢な母親と、品位の欠けらも持ち合わせていない弟の3人で、無駄に贅沢な暮らしをしていた。正直、保護する必要など微塵も感じられない。

 

 ……もしかして僕は勘違いしていたのかもしれない。

 お優しい王の事だ。柔らかい表現に置き換えているだけで、実は、陛下はこの令嬢をこっそり監視したかっただけなのではないだろうか。

 

 こんな場所に幽閉される様な輩だ。命を取るまではないが、王都でそれなりの不祥事を起こした人物という訳だ。

 まあ、屋敷自体は王直属の部下が監視している様だし、商人の出入りを警戒さえすれば問題ないだろう。使用人の質は驚く程高いから、不自由はしてないだろうしね。

 ……だが、これは王命。

 僕は保険の為に、用意していた、幻影魔法を付与したお菓子を渡す事にした。

 

 このお菓子を食べれば、珍しい赤い髪色も赤茶げた瞳も、この国の殆どの人間の持つ色である、茶色へと変化する。

 まあ、いきなり変わった容姿には驚くかもしれないが、これで屋敷に出入りする者の目も欺けられるだろう。

 

 僕はイタズラを思い付いた子どもの様な気分で、たまたま目に入った、驚くほど美しい庭師の少女に、リリベル子爵令嬢にそのお菓子を渡すよう、言伝た。

 そして、王の願いを叶えたつもりで、僕はその屋敷を早々に去ったのだった。


 しかし、幻影魔法の効果の切れる1ヶ月後。

 再び訪れた屋敷で僕が見たのは、茶色の髪と瞳をした美しい庭師の少女の姿だった。どうやら庭師の少女は、僕の言いつけを破り、お菓子をくすねたらしい。

 しかも、なんの罪悪感もなく、再び僕からお菓子を受け取る彼女に、僕は思わず笑ってしまった。

 

 でもさ、主人に冷遇され、空腹を訴える娘を咎める事なんて出来ないだろ?

 渡すべきリリベル子爵家令嬢を見れば、何の不自由もない、贅沢な暮らしをしているしね。

 

 これは、問題なしとみなしていいよね?

 

 僕は、可愛い庭師にお菓子を渡せる事を喜んでいる自分に苦笑しながらも、それから3年、形だけの保護を続けたのだった。

 ……この僕の怠慢が、彼女を苦しめていたとも知らずにね。


 そう、第2王子であり幼なじみのルーカスが、長年の想い人を見つけたという話を聞いた時、僕は初めてその想い人が、僕の保護対象である人物と同じ名前だと知った。

 

 ()()

 

 ルーカスが騎士団副隊長にまで上り詰めていたのは、その娘を探す為だったと言うから、呆れを通り越して、賞賛して差し上げたよ。

 それだけではない。ルーカスは急遽王都にその娘の為だけの屋敷を購入。早急に彼女を王都に呼び寄せたと言うから驚いた。

 僕は、興味を隠せずに、思わず息のかかった隠密騎士を偵察に向かわせていた。

 

 そして僕は知った……。リアの正体を。

 その時の絶望を、僕は一生忘れる事はないだろう。

 そう、ルーカスの呼び寄せたその人物は、あの、庭師だったんだ。しかもその名前たるは、リリア・リリベル。リアは愛称だったんだ。


 彼女こそが、僕が保護すべき対象者ではないか!

 僕はこの時初めて、自分が大きな勘違いをしていた事に気が付いたんだ。


 3年だ……3年もの間、僕は一体何をしていたのだろうか。

 僕が守るべき人物が、不衛生な布に包まれ、立つこともままならない状態で、荷物と共に王都に到着した時、僕の頭の中は、文字通り真っ白になっていた。

 

 どうしたら償えるだろうか……。

 3年分の苦労の見返りだ。思い浮ぶ訳もない。

 

 しかし……。

 それでも僕は、近衛騎士団隊長という立場を捨てる覚悟が出来ず、記憶を失ってしまった庭師……リアを懐柔するという、卑怯な手を使ってしまった。

 


 ――ごめんよ、リア……。

 

 僕は闇に飲み込まれながら、心の底からの謝罪を彼女に告げた。しかし、その声は届くはずもない。なぜなら、僕の喉はもう、闇に塞がれ、機能していないから。

 これは僕への罰。これでいいんだ。でも……。

 悔いは残る。


 もしも、僕の様な罪人の願いを聞いてくれる神がいるのならば、叶えて欲しい。

 彼女がこの先ずっと、何不自由なく暮らせます様に……。

 控えめな彼女の知らない贅沢な暮らしが、彼女の普通になり、彼女の愛する家族と共に幸せな暮らしが送れ……ん?


 リアは何故、家族と離れ、庭師をしていたんだ?

 あの屋敷には何故、オデール伯爵家の出戻り婦人が住んでいた?

 そもそも、陛下は何故、近衛騎士団長の僕に、没落した子爵家の令嬢を保護させようと考えたんだ?

 

 クソっ!僕はなんと愚かなのだろう!

 そんな事すら知らずに、どうやって彼女の幸せを願えるっていうんだ!こんなの、事件の匂いしかしないじゃないか!

 死んでいる場合ではない。今すぐ調査しなければ!

 

 ――イーヴの知らない所で、奇跡が起きた。

 


 ピコン!神はギフトを受け取った!

 リアは最強の魔道士を手に入れた!


 ……最強の魔道士?

 頭の中に神様からのお知らせが響き、リアは目を開けた。

 見えるのはいつもの天窓……ではないね。これは、天蓋付きベッドってやつではないかな?ふわふわの布団に透け感のあるカーテン。天井には天使が飛んでる絵が!!

「……ここ、どこ?イーヴさんは?」

 こんな豪華なベッドがあるんだ。そんじょそこいらの金持ちじゃない!

 

「リア!!」

 声を聞き、とても心配した様子でリアの頬を撫でるのは、キラキラ王子様だ。文字通り、窓から差し込む夕日で、金髪が輝いているし、青い瞳に整ったお顔。至近距離からの鑑賞に耐える見事な造形美だ。


「ルーカス殿下?」

「ああ、そうだ。リア、大丈夫か?どこか痛む所は……?」

 余程心配してくれてたのか、声を詰まらせ目を潤ませる。

 

『ない訳ないよな。お前、氷の上でぶっ転けたから。頭、大丈夫か?』

 ライゾに言われて思い出す。そうだった!リア、イーヴさんを運ぼうとして滑り転けたの!恥ずかしい!

 でも、見えてないから大丈夫!のはずなんだけど?

 

 思わず手足を確認してしまうリアに、ウィン様が察して説明してくれた。

『リア、見えない状態で気絶されますと、誰の目にもつかず放置され、踏まれる事もあるでしょう。危険と判断致しましたので、わたくしの魔法は解かせて頂きました』

 透明化危険!ありがとう!!

 

「もう夕方なんだね……痛ッ!」

 リアが起き上がろうとするのを、殿下は背中に手をまわして優しく手伝ってくれた。恐る恐る頭を触れば、頭部は包帯らしきもので厳重に包まれている様子。その重さで首がおぼつかないくらいに。

 

「血、出たの?」

『かち割れてたら、今頃天国だぜ。咄嗟に風魔法を使った俺様を褒めるがいい』

 ライゾ、グッジョブ!

「打撲だけだが、無理はするな。ここでゆっくり休むといい。何か飲むか?」

 殿下の距離感がおかしい。優しくリアの前髪を払って、乾いた唇を撫でてるんですけど!?

 でもリア、それどころではありません!

 

「お水は欲しいけど、リア、イーヴさんに会いに行きたいの」

 ベルカナさんがいたから大丈夫だとは思うけど、顔を見ないと安心出来ない。

 殿下の手が止まる。

「イーヴ……か。俺が怪我をしていれば、君は俺の所に駆けつけてくれただろうか」

 ちょっと何言ってるか分かりません。

 

 それでも殿下は、近くに用意してあったドリンクバーか!ってワゴンから水を選び、甲斐甲斐しくもリアの体を支えてからグラスを渡してくれた。

「心配させたくはないのだが、イーヴの状態は良いとは言えない。だが、彼にはカレン・デルオニールが着いている。今は彼女の回復魔法だけが頼りだ」

 回復魔法を使っているのはベルカナさんだ。それでも回復しきれてないって事は、リアの浄化が遅かったからかもしれない。

 

『ハガルを連れたカレンに、精霊が寄り付く事はありません。精霊のいない状況での魔法使用は制限されます。ベルカナが命を削ってないといいのですが』

 アンスールの心配そうな声。

 人一倍責任感の強いベルカナさんの事だ。きっと無理をしているに違いない。しかも、カレンがいたら、ベルカナさんはまた、連れ去られちゃうじゃない!!

 リアは水をイッキ飲みしてから、殿下を押しやった。


「行って来る!」

「待て、リア。分かってくれ。今、会いに行っても、俺たちにできる事など、何もないんだ……」

 苦しげな声に見上げると、そう言うルーカス殿下の方が悲しそうな顔をしていた。


 リア、忘れてはいません。イーヴさんが闇に飲まれる直前、2人が名前で呼び合っていたのを。

 あの時の2人は、互いを信頼しきっていた。

 喧嘩している所ばかりが目立つけど、少なくとも1番近くにいたリアには、強い絆が見えたの。

 

「できる事がなければ、行っちゃダメなの?リアは苦しい時、誰かが近くにいてくれると安心するし、自分を心配してくれている人なら尚更、頑張ってよくならなきゃって思う」

 そんな事で治るなら医者はいらないけどね。

「俺はあいつの心配など!……しているのか?」

 ルーカス殿下は俯き、黙り込んでしまった。


 仕方ない。置いて行こう。

 リアは頭に巻かれた重すぎる物を取っ払った。タンコブイタ――!!

 でも、逃亡しようと、広過ぎるベッドの上を移動していたリアは、いきなり立ち上がった殿下に持ち上げられた。こんな時に憧れのお姫様抱っこだ!!

 

「リア、感謝する。俺は意地を張っていただけのようだ。イーヴと俺は幼なじみでな。だからか、いつの間にか互いに競い合うのが当たり前になっていた。だけど……だからこそ、俺を置いて先に逝くなんて、許す訳にはいかない!急ぐぞ!」

 見上げたルーカス殿下は、スッキリとした表現で前を見すえていた。

 そうか、この王子様は驚くほど素直なんだ!分かれば、可愛く思えてくるから不思議だ。……これはリリアの感情?

 

 でも殿下は、ふとリアを見下ろし眉を顰める。

「……そのままでは行かせられないな」

 殿下は寝巻き姿のリアをすっぽりとシーツで包むと、部屋の外で待っていた執事を従え、王宮の廊下を凄い勢いで進んだ。やっぱり心配だったんじゃん。


「イーヴの部屋は!」

 殿下が叫ぶ。

『彼はこの王宮の三階最奥の貴賓室にいます』

 流石アンスール。

「三階の1番奥の部屋ってよ」

 リアは答えた。

「……リリア様、よくご存知で」

 執事は仕事を失った。


 途中、花瓶に花が活けられているのが見えたので、リアは手を伸ばした。殿下が訝しげにリアを見る。

「それをイーヴに持って行くのか?」

「うん!精霊さんは花が好きなの。だから、元気をくれるはず……妖精さんが精霊界から摘んで来てくれないかなぁって」

『実りの妖精ジェラを呼びましょう』

 ポケットを流し見れば、オセルが執事のように腰を折り引っ込む所だった。すぐに物憂げな女の子妖精さんが花を抱えて顔を出す。リアの持つ花束に、妖精さんが花を加えれば……!!

 

「ん?リア。君はそんな魔法まで使えるのか」

 階段を降りれば花が増し増しになる魔法?Byジェラ。精霊さんも大喜び。

「リア、俺は魔法の事はよく分からないが、もっと必要なら用意させよう」

「かしこまりました。今すぐ王宮中の花を集めましょう」

 こっちの執事も負けていない。でも。

 

「それよりも、お菓子をお願い!喜ぶと思うの」

「確かに……イーヴは無類のお菓子好きだしな。すぐに用意を!」

「はっ!」

 これでご褒美もバッチリ!


 見上げれば、ルーカス殿下の顔は厳しい。

 だけどそれは、幼なじみの回復を心から願ってるから。だから、イーヴさんは、きっとよくなるよね!

 

 この先にはカレンがいるだろう……。

 貴賓室の扉を前に、リアは気を引き締め、妖精さん達をポケットに押し込んだ。

 

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