12話 潜伏
リアは、お菓子工房クッキーを出て、音を立てない様にそっと廊下を歩いた。
半地下であるこの階は、クッキーがある部屋しか使われていないらしいんだけど、国営だからか警備は物凄く厳しいんだよね。お菓子工房を出るには、まずはC棟の警備室を通らないといけないのだ。
音を立てない様に注意しながら、恐る恐る警備員さんに近づいてみても……大丈夫。見えてません。
凄いよ、ウィンさん!
丁度交代の時間だったらしく、扉が開いたタイミングで、透明なリアは警備員さんの横をすり抜けた。
「ん?今、何か通らなかったか?風か?」
「ハハッ!妖精かもな!」
なんて言われながらも、無事、C棟を脱出しました!
A、B、Cの3つの棟は向かい合って建っていて、真ん中には広い校庭と野外演劇場がある。リアは円形劇場の壁と同化したり、間に生えてる木々に隠れながら真ん中を突っ切ってA棟に向かう事にした。これなら授業中の生徒が外を見ても、講義に集中してれば、コソコソと移動する怪しい影に気づく者はいないだろう。
『お?デンカがいるぞ?相手はイーヴか?』
目的のA棟も、すぐそこって所で、ライゾが呟いた。見れば、校庭の端の、木人のあるゾーンに人だかりが出来ている。
A棟の入口の階段を駆け上がり、開け放たれた扉に隠れてちょっと見てみれば、ルーカス殿下とイーヴさんが木刀で打ち合っているところだった。
見守る生徒たちの噂話が耳に入ってくる。
「この学園のツートップが争奪戦ですってよ!お目当ては聖女様だとか!」
「王国騎士団と近衛騎士団が競っていたのは、そういう事だったのか……」
「先程、プロスペール学園長様の元に、聖女カレン様の後見人であるデルオニール魔導師様が憤怒のご様子で向かわれるのを見ましたわ。その場にイーヴ様とルーカス殿下もいらっしゃってたんですって!」
「明後日の夜会では、聖女カレン様のエスコート役がどちらになるか……見物ですわね」
さすがファンタジー世界。聖女の人気は絶大だ。
『お前……ここまで存在感がないのもおかしくないか?』
え?リア、関係なくない?
『……リア』
その時、リアの耳元にアンスールの声が流れて来た!よく見れば、金色のふわふわ丸い精霊さんがC棟の上の方向から連なって飛んで来てた。
『……そろそろ……授業……終わり……ですよ……?』
きっとそこでアンスールが見張ってくれているのだろうけど……。
「この世界の電波は精霊なの?」
『何言ってるんだ?急ぐぞ!』
皆が校庭に注目している間にA棟に侵入。リアは足音を消して、人気のない廊下を走り、階段を上った。
目標は4.5階だ。
4階は普通の教室だった。そして階段を上れば5階の学園長室。
「4.5階に行くには壁を通るとか?」
『まさか!リア、これは光の妖精の幻覚魔法ですわ。何処かに精霊が集まっている場所がある筈です』
辺りを見て回れば、4階から5階へと上る長い階段の踊り場にある大きな窓が、微妙に動いてる気がする。普通に外の光が入っている様に見えるけど、顔を近づけて見れば、ぎっしりと精霊が張り付いてた。これはキモ怖い!!
『しっ!しっ!おどきなさい!』
ウィン様が睨みをきかせれば、精霊さんは逃げ惑い、秘密の入り口が現れた!
恐る恐る覗けば、そこは外……ではなくて、警備室があるよ!
『外壁との間に部屋をつくったのか。面白いな』
『リア、講義が終わった様ですわ』
……と、辺りに賞賛の声が響き渡った。ルーカス殿下とイーヴさんの争奪戦の勝負がついた様だ。
どっちが勝ったのか分からないけど、決着がついたのなら、すぐにここにも生徒がやって来るだろう。リアは慌てて警備室に入った。
部屋は少し狭いけど、窓もあってとても明るかった。警備員さんは講義中だからか、椅子に座ってくつろぎモード。リアには気づかない。
リアはそっとその横を通り、その先にある廊下に進んだ。
廊下に沿って並ぶ研究室には人気はなく、とても静かだった。
リアはほっとすると、サクッと1番奥の部屋の前まで走った。ここがゴーチエ魔導師の研究室だ!でも。
「中に魔導師様がいたらどうしよう……」
鍵はついていないけど、ハチ合わせは怖い。
と、ここで再びアンスールの声だ!
『……リア。……精霊を……扉の……入れて……隙間に』
後ろの窓からアンスールの精霊が入って来てた。ラグをなくそうと、窓の隙間を頑張って通ってる様子がなんとも微笑ましい。順番変わってるけど。
リアはアンスールの元に戻ろうとする精霊さん達の中から、役目を終えてホッとしているのか、ぼーっとしてる精霊さんをそっと捕まえ、ゴーチエ魔導師の扉にギュッと押し込んだ。すると、すぐに精霊さんは隙間から逃げ出し、慌てた様子でアンスールの元に戻っていく。
「頑張れ……」
応援したくなる必死さ。
『中……誰も……なし……』
返信キタ!
「偵察も出来るんだ。凄いね」
『アンスール様は情報の妖精です。虜にした精霊を取り込む事で、その情報を手に入れる事が出来ますのよ』
ウィン様はアンスールが誇りなのか、若干ドヤり気味。でも精霊さん、最後には食べられるんだ……。
リアはちょっとエモい気分でそっとゴーチエ魔導師の研究室へと侵入した。
ゴーチエ魔導師の研究室は、ごちゃごちゃとした狭い部屋だった。正面のソファーとテーブルと、その後ろのデスクは使われてる感じはあるけど、壁沿いに無造作に置かれてある、本や甲冑、剣に盾なんかは、何年も手をつけられてない感じでとても汚かった。
まずは、と、比較的綺麗な窓際のデスクを重点的に捜索してみるも……杖はない。だけど、デスクの後ろの窓際にある古いチェストが怪しい鍵付きだ。
「絶対ここに何か隠してると思うの」
『同意見だ』
『開けてみましょう』
妖精にとっては簡単な事なのか、ウィン様が自分の杖で、ちょちょいと開けてくれた。果たしてその中身は……。
「空きビン?」
デスクの引き出しの中には、沢山の空きビンが入れられてた。しかし中には、淡く光を放つビンもある。
『最悪だ……』
ライゾが呟き、ウィン様は息を飲んだ。
リアは光るビンを少し持ち上げ、思わず手を離してしまった。怖くなって両手で口を塞ぐ。
だって、その中に、小さな妖精さんが目を閉じ、うずくまっていたから。
『リア……奴が……戻ります……そこに……』
『リア!隠れろ!』
リアは慌てて引き出しを閉めると、近くに立てかけてある、大きな盾の後ろに隠れた。同時に扉が開き、ゴーチエ魔導師が入って来た!
「……まったく。ついとらんわい」
ゴーチエ魔導師はリアの前にあるソファにドカリと座って、とんがりボウシをその辺に放った。背中しか見えないけど、ローブの前を開け、内ポケットを入念に調べている様子。きっとモモリンの妖精さんを探しているに違いない。
……うん、いないようね。良かった!
「まぁしかし、これが手に入ったのなら、良しとしようかの」
そう言い、掲げたのはリアの杖!クルクルと振り回しては、氷よナンチャラとブツブツ呟いている。どうやら魔法みたいだけど……何も起こらない。それもそのはず、ゴーチエ魔導師の肩には何も乗っていないからね。
「やはり使えんか。仕方ない……予備を使うか」
ゴーチエ魔導師はそれが日常であるかの様で、杖をテーブルの上に置くと、立ち上がってこっちにやって来た!
縮こまるリアの隠れている盾に背を向けてしゃがみこみ、先程のビンの詰まった引き出しに鍵を突っ込んだ。
「おかしいの。鍵をかけ忘れたか……」
不審そうに眉をひそめながらも、引き出しを開けては、中のビンをかき混ぜ、何かを探している。
そして取り出したのは光るビン。よく見れば、バツ印が付けられていた。
ゴーチエ魔導師はビンを少し振ると、しっかりと閉められたガラスの蓋を取り、逆さにする。中に入っているものを手の平に出そうとしている様子だ。でも……。
小さな妖精さんの姿はゴーチエ魔導師の手に落ちる前に、金色の霧となり、空気に混ざって消えてしまった。
「見えんとは、なんと不便な。……クソっ、ダメか」
ゴーチエ魔導師は、ビンを投げ捨て、更に引き出しを漁っては妖精さんを取り出そうと逆さに振る。でもどの妖精さんも霧と消えてしまい、ゴーチエ魔導師の手の平には何も落ちてこない。
どうして妖精さんは消えてしまうの?もしかして……死?
リアはせり上がってくる嗚咽を隠そうと必死で口を押えていた。
そうしてゴーチエ魔導師は、バツ印のついた全てのビンを投げ捨てると、諦めた様にソファーに戻り、頭を抱えた。
「まったく、ついとらん……妖精が見えん事には、次の獲物も手に入れられんではないか!!せっかく氷魔法の付与された杖を手に入れたというのに!」
腹立たしげにそう言い捨てると、テーブルの上へと無造作に手を伸ばした。
しかし、そこにあるはずの杖は、ゴーチエ魔導師の手に当たらない。
顔を上げ、テーブルの上を見ても、テーブルの下を覗き込んでも、杖は何処にもない。
それもそのはず。その杖はリアが持っているから。
そう、リアはゴーチエ魔導師がビンに夢中になっている間に、杖をテーブルから拝借して、内ポケットに隠していたのだ。
「……杖は何処じゃ?」
ゴーチエ魔導師は立ち上がり、周りを見回した。
「誰じゃ……?誰かいるのか?」
呟いたと思いきや、凄い剣幕で近くにあった剣を手に取ると、周りにある物に当たり散らし始めた!
「誰が隠れておるんじゃ!!」
盾や甲冑がそこいらに転がり、部屋を揺らす程の轟音が鳴り響く。その顔の恐ろしい事!
「出てこんか――!!この、汚い盗っ人め!!」
リアの隠れている盾も倒されてしまい、リアの心臓はバクバク。
……でも、視線は合わない。ウィン様ぁぁ!ありがとう!!
見えていない様子に安心するも、震えは止まらない。
「この中か?逃げられるなど、思うでないぞ」
ゴーチエ魔導師の声は地を這うよう。
まるで悪夢。リアの隣の皮の甲冑に剣をぶっ刺し始めた!
『リア、今のうちに逃げましょう!』
ウィン様はそう言うけど、なぜだかリアの足はガクガクで、立てそうもない。
リアが涙目で首を振ると、ウィン様が出てきて、優しい眼差しを向けた。
『さあ、リア。杖を握りなさい。その杖は精霊界へと続いているはずですから』
ウィン様?行き先は精霊界なの?
ライゾも出てきて、フッと笑う。
『仕方ない……手伝ってやる。呪文を省くのは今回だけだぞ』
呪文って事は、リアが魔法を使うのよね。……あ、そっか。リアが行くのだから、リアが使わないと意味がないよね!
リアは内ポケットの杖を探って震える手で握った。
そのちょっとの動きで、ゴーチエ魔導師がこちらを見た。リアは凍りつく。……目が合った気がしたから。
『大丈夫よ、リア。ライゾなら貴方を連れて行けますわ。私たちを信じて』
信じてる!!でも、どうすればいいの?
『リア、想像すればいい。簡単な事だろ?杖の中に精霊界があると思えばいい。お前も行った事がある場所だ。フェオのいるあの場所に、ちょっと行くだけだから』
あ、そっか!リアでも精霊界に行けるんだ!そう思うと、少しだけ気分がアガってくる。
すると、近くを漂っていた金色の霧がリアに集まって来た!
この霧は……もしかして、妖精さん?
リア、みんなを連れて行きたい!!
「精霊界へ……!」
「……んっ!そこかっ!!」
ゴーチエ魔導師の持つ剣の切っ先がこちらを向いた瞬間。
――リアは目眩に襲われ、落ちて行った。




