11話 プロスペール家とデルオニール家の確執
リアはゴーチエ魔導師に引き摺られる様にA棟の階段を上った。そして辿り着いたのは学園長室。
「学園長!何故ゆえこの様な危険極まりない愚民を野放しにしておるのじゃ!」
リア、扉を開けるなり恐ろしい剣幕でディスられました!
しかし魔導師様の勢いもここまで。中にいる人物を見るなり、ゴーチエ魔導師はカチンと固まった。
「騎士団副団長と近衛騎士団長が顔を合わせておるとは……?」
誰と誰ですって?
部屋の中心のソファーセットで学園の見取り図と向かい合っていたのはルーカス殿下とイーヴさん。2人は、リアを見るなり立ち上がった。
「リリア!大丈夫かい?」
「どこに行ってたんだ!探していたんだぞ!」
ゴーチエ魔導師が慌ててリアから手を離す。
しかし、リアの手首に出来たばかりのあざを、2人が見逃す訳が無い。ルーカス殿下がつかつかとやって来て、魔導師様の胸ぐらを掴んだ。
「貴様!誰の許可を得て俺のリリアに触れた!!」
リアに触るのに王子様の許可が?
イーヴさんはリアを引き寄せた。ぽふっと胸にダイブ……意外に硬い!
「これはこれは、デルオニール卿。この様子……先日、プロスペール家に告げた謝罪の言葉は、虚偽だったのかな?」
「お前に謝罪した訳ではないぞ!あれは学園長に……いえ……こ……これは……」
締めあげられ、息を詰まらせるゴーチエ魔導師。見かねたのか、学園長様が3人の間に立った。
「2人とも落ち着くがいい。少し話を聞こうではないか。リリアもこっちに来て座りなさい。……誰か!!治療師とお菓子を!!」
怒られるかと思いきや、謎の高待遇でした。
「ほう……それで?この娘が何をしたと?」
テーブルの上が片付けられ、先日よりグレードアップしたお菓子たちが3段タワーのお皿に乗っかってやって来ると、学園長様が事情聴取を始めた。
リアはイーヴさんとルーカス殿下の間に小さくなって座っていた。お菓子を持ってきた癒し系の執事様に手首をヒールされ、紅茶を注がれれば、楽しいティータイム……ではない。
「この娘は、氷魔法で中等部の生徒を危険に晒したのじゃ。光を灯すだけの講義じゃったというのにな」
少し冷静になり、説明するゴーチエ魔導師。
「もっと具体性のある報告だと嬉しいな。それだけですと、貴方の知性が疑われますよ?」
声はいいが、トゲのあるイーヴさん。反対側ではルーカス殿下が蒼い瞳を眇めてリアを見ながら鼻を押えてた。
「不安そうなリリアも可愛い……」
お菓子を食べるタイミングが分からない。
「それで?被害の程は?」
「誰も怪我などするはずもない。ワシが監視しておったのじゃからな!しかし……」
ふ――ん、とイーヴさんが青い髪を耳にかけ、話を遮った。
「しかし、リリアが氷魔法を使ったという事ならば、これは僕の責任でもあるかもしれないね」
「どういう事だ?イーヴ」
学園長様が身を乗り出した。
「実はね、先程リアの捜索中、王国騎士団員と近衛騎士団員の小競り合いがありましてね、その際、いきなりアンリが氷魔法を発動させたとの報告があったんだよね」
「アンリ・エヴラールが!?」
ルーカス殿下が驚いた声を上げた。
「アイツは脳筋……魔法など1度も使えた事がなかったぞ」
言い直したね。
「あの脳筋が……魔法を?」
学園長様まで……。アンリ、ドンマイ。
「これは偶然ではありません。皆も知っての通り、お菓子工房クッキーで作られるお菓子には、魔法が付与されるという現象が起きます。そしてこの2日、アンリがこの工房で朝食を用意していたのは確認済み。ですから、その朝食に前回は防御魔法が、今回は氷魔法が付与されていたと考えていいでしょう」
イーヴさんの説明に、学園長様が目を輝かせる。
「氷魔法の付与とは、素晴らしい!」
「ええ。先日の防御魔法の付与されたスコーンも、魔物討伐において、素晴らしい成果をもたらしましたが、攻撃魔法の付与となると、前代未聞の快挙ですね」
そうなの?妖精さん達、もっと協力してあげて!
「今回、リリア嬢に関しては、図らずしてその恩恵に預かってしまったが為に起きた事故という事で間違いないでしょう」
「なるほど。そういう事であるなら仕方ない。被害の報告がないのなら今回は不問にするとしよう」
良かった、追い出されないで。でも、アンリが怒られないといいな。
「ちょっと待たんか!貴殿らはそれが許されるとでも思っておるのか?」
ここで唯一立たされたままだったゴーチエ魔導師が、テーブルにドン!と両手をついた。
「貴殿らは先日、ワシに厳しい処分を下したばかりじゃぞ!なのにじゃ。何故、当事者であるこの娘に処分を下さん!」
学園長様は、話は終わったとばかりに紅茶を啜った。
「リリアはまだ15歳であり、鍛錬中の生徒。同じ立場である、カレン・デルオニールに、我々が処分を下さぬのと同じ理由だ」
ゴーチエ魔導師は目を見開き、嘲るような醜い笑みを浮かべた。
「同じじゃと?笑わせるな。我が娘、カレンは特別じゃ。彼女は聖女なのじゃぞ!この様な、なんの取り柄もない愚民と一緒にするでない!!」
カレンがゴーチエ魔導師の娘?
学園長様はため息を着く。
「カレンがこの学園内で、いったいどれだけの学生を傷つけのたか……その加虐性をお前は理解していないようだな。それが聖女だと?聞いて呆れるわい」
どうやらカレンのお芝居は、この世界では通用しなかったらしい。リアは少しホッとした。しかし、ゴーチエ魔導師は再びテーブルを叩く。
「癒しの魔法に、先日の浄化魔法。この汚れた王都を守れるのはカレンのみじゃぞ!それを忘れるでない!!」
「お前の方こそ忘れんで欲しいな。王都を守れるのはカレンひとりではない。王国騎士団に、近衛騎士団。そして、この学園の生徒も有事には動けるよう、訓練を受けている。何より王都には魔法付与の出来る工房クッキーがあるという事も、今後は大きな意味を持つだろう」
「クッキーだと?魔法を使えぬ者が、魔法使いの真似事をした所で、何の役に立つというんじゃ。それよりも、力を持つ者を選別し、より高みに導いた方が得策というもの」
「ワシはそうは思わんぞ、ゴーチエ・デルオニール。誰かを守りたいと切に願う者が、自由に鍛錬できる場所を提供する事こそが、この学園の意義であり、国の意思である。お前の考えは、国を守ろうとする者たちの意志を奪いかねん」
「そんな悠長な事を言ってらおれるものか!最近の魔物出現数は顕著。犠牲者が増え、今に国を脅かす驚異となるに違いないぞ!今更役にも立たん子供など集めた所でなんになる!」
「カレンの様な、人を踏み台にする強者のみに力を注ぐのは危険だ。誰もが戦え、守れる国を作る。その為の学園だと分からんか!!」
学園長様が声を荒らげた。ゴーチエ魔導師は顔のシワを深くして、軽蔑の眼差しを向けた。
「グウェナエル・プロスペール卿……貴殿は変わってしまわれた様だな。これは、デルオニール伯爵家に対する侮辱と取らせて貰うぞ」
学園長様は冷めた瞳でゴーチエ魔導師を見据えていた。
「貴様の考えとは隔たりがあるようだな、ゴーチエ・デルオニール。いいか、カレン・デルオニールが聖女であるというのは噂に過ぎん。教鞭を取る講師として、噂を増長させる様な行為を取る事は、今後一切許されん。この事を、肝に銘じておくがいい」
その後、サボろうとするイーヴさんとルーカス殿下は、学園長様によって授業に戻され、リアは癒し系執事様に連れられ、3段タワーのお菓子と共にクッキーに送られていた。
リアは、早速菓子のタワーに挑む妖精さん達に、事の次第を説明した。
「でね、モモリンの妖精さんはゴーチエ魔導師に捕まっちゃった訳だけどね、学園長室に着いた時にはゴーチエ魔導師のローブは動いてなかったんだよね。リアの杖を仕舞う時には動いてたのに」
『よく見てたな、リア。それは朗報だ!』
ライゾがタワーの頂上から喜びの声をあげた。
「朗報?」
両肘をついて首を傾げるリアに、3段目のアンスールが、飾りのナッツに小さな雷を落として甘皮を焦がしながら説明してくれた。
『リアの杖にはヤドリギが宿っていましたからね』
……ズドンッ!
『その妖精は無事ですよ。何故なら先日フェオが、ヤドリギが我が家に根付いてくれた、と報告してくれましたからね』
……ズドンッ!
ワイルドなおつまみ作成に、話が全然頭に入ってこない。
『すなわち、あの杖と精霊界が繋がったという事だ。フェオが妖精を救出したのだろう』
オセルが、いい具合にローストされたナッツを剣技で捌きながら、補足してくれた。
「良かった!モモリンの妖精さんは大丈夫なのね!」
『恐らく無事だ』
アンスールに従う執事みたいに、いつも表情を変えないオセルだけど、今はちょっと微笑んでる気がする。リアはほっとしてポロリと涙を流してしまった。
すると、2段目の焼き菓子に夢中だった女の子妖精さん達が、リアの口にもお菓子を運んでくれる。
『良かったね!ほら、リアも食べて!』
『リアは心配性なんだから』
みんな優しい!
『でもアンスール。あの杖が、ハガルの目に止まったら……?』
1段目から声がする。硬そうなプリンの上で、赤い髪のカノが体を揺らしていた。アンスールは顎に手をやり、頷く。
『ハガルは神によって羽を剥奪されており、精霊界に足を踏み入れる事は出来ません。ですが……他の妖精の羽を奪っている可能性が懸念されますね』
羽を奪う?もしかして……。
「ベルカナさんが言ってた。小さな妖精さん達が羽をもがれているって」
リアの言葉に、アンスールは眉をひそめる。
『もしも、ハガルがその羽を使って、精霊界に入れるとするならば、それはとても危険な事です。精霊界は妖精や精霊で溢れていますし、ベルカナと共に捕まっている門の精霊であるスルトが、ハガルに利用されてしまう可能性も……彼は何処でも門を開ける事が出来るのです』
「それって、何処でもドア……誰でも精霊界に行けるって事?」
『可能性として有り得ます。しかも精霊界は、あらゆる世界と繋がっているのですよ。……これは早急に手を打った方が良さそうですね』
あらゆる世界?精霊界についてはまた今度聞くとして、とりあえず今は!
リアは立ち上がった。
「リア、今から取り返しに行ってくる!」
『ふっ。そう言うと思った。どうやるんだ?』
ライゾが鼻で笑うから、リアはちょっと悪い顔をして、ローブのポケットを探った。
みんなが注目する中、リアが取り出したのは綺麗に畳まれた大きな紙。うんしょとテーブルに広げた。
『ハハッ!これは学園の詳細な見取り図!!国家機密に相当する物だぞ!いつの間に拝借してたんだ?』
ライゾはこの紙の出処が分かっているようで、空中でバタバタとウケてた。リアはちょっとドヤる。
「学園長室のテーブルの片付けを手伝ったついでにね!多分、この学園の中には講師陣の部屋があると思うの。そこに隠れて、機会を伺うってのはどう?」
『ふぉ!中々やりおる。潜入か。気に入った!』
おじいちゃんな妖精さんが、リアの頭をポンポンしてくれた。でも、見取り図はちゃんと後で返すからね!
学園は古く、ちょっとした城くらいもある。その見取り図は、かなりの大きさがあり、3つの建物がそれぞれ輪切りになって描かれてあった。幸い、リリアの協力のおかげで、注意書きされた文字も読める。
「えっと……。A棟の5階が学園長室だったんだよね。だから、この建物がA棟。学生が少ない分、空いた部屋を講師様たちの研究室に当ててるみたいね!ほら、それぞれの部屋に名前が書いてある」
指差せば妖精さん達が進む。まるですごろくだ。
『4.5階とあるぞ。恐らく幻影でその階は隠されているのだろう』
凄い魔法だ!テスト内容が漏れちゃヤバいからかな?
『アイツの名前は……ゴーチエ・デルオニール。ここにあるぞ』
ライゾが止まったのは、研究室の並ぶ4.5階の一番奥の部屋だ。手前には他の講師の研究室もあるが、厄介なのは1番手前にある警備室。
『これは見つからずに行くには難しい場所ですね』
アンスールが思案顔。
「リア、正々堂々、返して!って言ってみる!」
『すぐに返してくれる訳がない』
オセルはリアに呆れ顔を見せると、何かを期待する様に横を見た。
そこには、淡い黄色の髪を綺麗に結った、大人美人な妖精さんが。オセルに頷くと、リアの肩に飛んで来て止った。
『わたくしがお役に立ちますわよ、リア』
妖精さん達は基本、個性のない緩い格好をしてるんだけど、この妖精さんはしっかりとドレスを着ていたから覚えてる。近衛騎士団担当の妖精さんだ!
『わたくし、ウィンと申しますの。お見知り置きを。わたくしなら、貴方の姿を消す事ができますわ』
そう言うとウィン様は、リアの肩で指を軽く振った。すると、白く輝く精霊が集まり、リアを中心に渦を巻いていく。
『さあ、これで大丈夫ですわ。貴方の姿は誰にも見えません』
リアは自分の手足を見るけど……何も変わってない様よ?
「リアには見えてるけど平気?」
ウィン様は不敵な笑みを魅せる。とてもかっこいい!
『普通の人間には、精霊が集まっている様にしか見えませんので、ご心配なく。しかし……そうですね、精霊の見える人間は多少不審に思うかもしれませんが、そもそも精霊の見える人間が少ないのでは?』
アンスールも頷く。
『そうですよ。リアの様にしっかりと見える人間が稀なのです。恐らくは、転生させた神の意思でしょうが……リアは我々、妖精に近い存在の様ですね』
リア、デカい妖精説、濃厚です。
『しかし、油断は禁物ですわね。万全を期して、わたくしも作戦に参加させて頂きますわ』
ウィン様の申し出に、リアは首を振った。
「お手伝いはとても嬉しいけど、ゴーチエ魔導師には見えちゃうかもしれないから危険だよ。出来ればここで待っていて欲しいな。杖を取られたのはリアだし、その所為でここにいる妖精さん達まで、連れ去られたくないの」
すると、妖精さん達は真剣な顔で頷き合い、リアの前に並び始めた。また、面接なの!?
アンスールが1歩出る。
『リア、これは貴方だけの問題ではありません。我々も、仲間や小さき妖精たちを助けたいのです。その手掛かりが掴めるのなら、危険を顧るつもりはありません』
「でも……」
『貴方がベルカナの事で心を砕いてくださっているのはライゾより聞き及んでおります。そして、我々を利用するのではなく、心配して下さる優しさをお持ちなのも。ですから……そんな貴方ですから、我々も覚悟を決め、全力で貴方をサポートしたいと皆で話し合い……』
『アンスール、そんなに難しく言わなくても!』
白い快活そうな妖精さんに背中を叩かれ、アンスールは口を覆い、恥ずかしそうに続けた。デジャブ?
『すいません、人との交流は久しぶりなのもので……。リア、我々と一緒に、この難題と戦っては下さいませんか?』
耳まで赤い。イケメンの恥じらい。萌える!
「もちろん!」
リアは大きく頷いた。すると、妖精さん達の顔に笑みが浮かんだ。
『ありがとうございます!この問題は妖精の姿である我々だけでは解決出来ません。どうか、我々の力を役に立てて下さい』
『貴殿の事は全力で守る故、安心するがいい』
『リア、これで私たちは仲間ね!』
ピコン!
リリア・リリベルがクッキーのメンバーに加わった!
頭の中にゲームの様なテロップが浮かんだ。
「え?また神様なの!?」
構えるリアにアンスールが苦笑した。
『リア、この現象は驚かなくとも大丈夫ですよ。神の趣味ですから。まったくどこで覚えて来たのか……』
多分、莉亜のいた世界だと思います。……って、リア、クッキーのメンバーになったの?それって最高じゃない!?
「リア、頑張って、杖を取り戻してくるね!だから、みんなよろしくお願いします!」
リアがしっかりと頭を下げると、みんなが笑った。なんて可愛いの!!
『じゃ、リア!ゴーチエの奴が学園を離れる前に、急いで行くぞ!』
ライゾが先導者の様に拳を上げる。
「お――!!」
リアはライゾとウィン様を髪の中に隠して、ゴーチエ魔導師の研究室を目指し、お菓子工房を後にしたのだった。




