九条流の終焉
師輔の遺体は浄蔵の寺へ運ばれ、盛大な葬儀が行われた。
墓を作り、遺骨を納めて貰う。
浄蔵の言う通り誰かが毒殺したとしたら、また問題が出てくる。
師輔が上に立ち続けることを疎んでいる者なのか、九条流を貶めようと画策している者なのか。
兎に角、この師輔の急死は九条流にとって大きな問題となった。
「くそっ、父が生きているうちに遺言を書かせるべきであった」
伊尹が口惜しそうに洩らす。
「伊尹兄、遥晃のお陰で藤原は纏まっています。父が亡くなったのは悲しいことですが悲観する事では無いでしょう」
兼家は気付いていない。
犯人は意思を持って殺害に及んだんだ。
そいつが望んでいるのは藤原家の分断か、
「兼家様、書状が届いております」
「……なっ! 位を、剥奪……?」
九条流の終焉だろう。
* * *
「……駄目だ。高明様に話を持っていったが取り合って頂けなかった」
急ぎ屋敷を出た兼家が落胆した様子で戻ってくる。
師輔の娘婿で親交のあった源高明も、師輔がいなくなるとこちらと関わりを持とうとしなくなった。
「ぐっ、高明。父のお陰で位を貰ったと言うのにこの返しようとはいかなることか」
伊尹が、歯軋り混じりに嘆く。
源高明との接点も失う。結束したと思っていた藤原家も除け者を扱うように冷遇してきた。
今までできていた団結も師輔が上に立っていたからこそ出来ていた事なのか。表面上は争いを止めたように見せて、その実は地位を狙っていたと言うのか。
「遥晃の口車に乗せられて甘いことを言っておるから足を掬われるのだ!」
無言を通していた兼通が叫ぶ。
俺が幻想を見せたせいで九条流に隙ができたと言うのか。
いや、皆争いが治まり喜んでいた筈だ。本心は仲違いをしたくない筈なんだ。
「やめてください兼通兄。遥晃はよくやってくれました。父も仲違いが止み、喜んでいたではないですか」
「煩い! 現状を見てみろ! 最早どうしようも無いではないか」
1度権力争いに敗れてしまうと、再び上がることはほぼ不可能だ。兼通の言うことも分かる。
でも、やめてくれ。
「まだやりようはある筈です。3人で何とかこの状況を打開……」
「無能が仕切るな! 貴様のような奴と馴れ合いをしたのが間違いだったのだ!」
もうやめて。
「独りでは何も出来ぬだろう! 落ち着け兼通!」
「貴様ら無能とつるんだ所で変わらぬわ! 大体この兼家が!」
「お止め下さい兼通様!」
兼家に掴みかかろうとする兼通を止める。兄弟の仲が崩れていく。
「触るな地下人! お前らとは一切縁を切る! 無能とつるんだ己を恥じるわ!」
「兼通兄! 言葉が過ぎます! 訂正を……」
「煩い! 貴様らとは今日限りだ! くそっ! くそっ!」
俺を振り払い、ドタドタと足を踏み鳴らして兼通が出ていった。
「……兼家様、申し訳ございません」
「いえ、こちらこそ気分を害してしまったのでは無いでしょうか。まだ手の打ちようがあるかもしれません。これからを考えていきましょう」
兼家は笑って諭してくれる。しかし、政界と繋がりを失ってしまった今、何が出来るのか自分には全く思い付かなかった。
兼通と兼家も分断されてしまった。師輔の死はたったそれだけのことで、こうもあっさりと混沌の世界に引きずり戻してきた。
* * *
6月。兼家の報せを受けて荘園へ急ぐ。田植えの終わった田んぼは見知らぬ人夫が管理をし、領民達はまだ開墾の済んでいない劣悪な荒れ地に追いやられていた。
『以前聞いた侍従池領ですが、まだ土地の権利が残っているとのことで実頼様が所有権を主張してきました』
権威の無くなった兼家には反論する権限もなく、植え付けられた田んぼは左大臣家の物になってしまった。
「遥晃!」
勇吉が駆け寄る。
「何が起こってるんだよ! 俺らが植えた田んぼが取られてしまった! どう言うことか教えてくれ!」
皆が総出で働いてくれたのだろう。秋の稔りを夢見ていたに違いない。
「すまない……」
謝ることしか出来ない。俺には手が出せない。
「なんだよあいつら。大事な田んぼなんだ。俺が取り返してやる。」
「やめてくれ勇吉」
「あー? お前ら俺たちの土地で何をやっているんだ?」
ニヤニヤと顔を歪ませた人夫が数人寄ってくる。
「何を言っているんだ! この畑は俺たちが耕したんだぞ!」
「バカ言ってら。ここはな、左大臣様が古より預かっていた土地なんだよ。お前達が勝手に横取りしてただけなんだ」
「何を!」
「やめろ勇吉!」
食って掛かる勇吉を止める。
「おう、お前は物分かりがいいみてえだな。左大臣様の土地で問題を起こしたらお前ら重罪だって気付く事だな」
「遥晃! 離せ! お前が止めたらお前もこいつらの横暴に荷担してることになるじゃないか!」
亀裂が裂けていく。争いが生まれていく。
「すまない」
ただ謝ることしかできず、勇吉を抱えて集落に戻るしかできなかった。
「離せー!」
肩の上で勇吉が暴れる。理想郷は脆くも崩れていった。




