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天徳内裏歌合

 春。内裏で歌合わせが催されるということで招待された。

 仕事を午前中で切り上げ、忠行と保憲、光栄と共に清涼殿へ向かう。


「このような会にお招き頂き、誠に有り難うございます」


「よい。師輔に是非ともと言われたのでな。楽しんでいくがよい」


 天皇に許可を貰い、閲覧席を用意される。九条の人達のいるところへ同席した。






「遥晃のお陰で気の張らない歌会を開くことが出来たのだ。共に見て貰おうと思ってな」


 席に着くと伊尹に言われる。これまでは歌の優劣で互いの権威を争っていたのだが、今回は只の品評会。お題に合わせた歌を持ち寄って、単純に歌を楽しむ会になったらしい。


「俺は反対していたのだがな。伊尹兄と父に言われたから仕方なく許してやってるが、大人しくしておれよ」


 兼通が突っかかってくる。口ではこう言っているが、花さん、保憲、道秦から裏では歌合うたあわせを楽しみにしていたこと、俺が取りまとめたお陰で素直に歌を聞けることを喜んでいたことを聞いていた。


 兼通がツンデレキャラになってしまった事に笑いが漏れる。


「む? 何が可笑しいのだ?」


「いえ、すみません」


 保憲とついつい笑ってしまった。


「ところで、準備は整っているようですがまだ始まらないのですか?」


「何でも左方の洲浜すはまが届いておらぬようだ。暫し待たねばならぬな」


 歌を記した台座がまだ来ていないらしい。時間もあるということで歌会の人達と挨拶をしに回った。





 歌合わせは左右に別れてお題に添った歌を詠み合う。

 左方には左大臣藤原実頼(ふじわらのさねより)、右方には大納言源高明(みなもとのたかあきら)が付いている。形状は競い合う歌合戦の形になっている。


 天皇の女房達が左右に分かれ、念人おもいびとと言って歌の評論と応援をする。




 歌は1ヵ月前からお題を出して歌人に作ってもらっていた。それを洲浜という台座に書き留めていて、講師こうじと呼ばれる人に詠んでもらう。


「私は右方の講師の源博雅みなもとのひろまさです。このような会を開けたのが遥晃のお陰だと聞いておりました。……ん? 何か顔に付いていますか?」


「え?……いえ」


 何か聞いたことのある名前のような気がした。どこかで会っただろうか。頬の痩けた青白い人だが、1度見たら忘れそうにない顔なんだけど。


 ともかくも各々に挨拶を済ませる。日の傾いた頃に左方の洲浜が届いた。





「まずは右方より。ふるさとはー」


 歌合わせが始まる。互いに歌人を集め歌を作っただけに情景が思い起こされるような綺麗な和歌が流れる。


 以前は詠み合いも品評もぎすぎすしていたらしいが、今日の歌合わせにはそのような気配はない。


「先の歌は悠久の思いと情景を上手く表しているので左方を勝ちといたす」


 左方に付いている実頼が審判だが、特に異議は出なかった。

 豪華な細工を施した洲浜から歌を取り出し歌会は続く。





「三首目参ります。さほひめのーいとそめかくるーあをやぎをー……」


「おいおい、お題は鴬だぞ。それは四首の柳では無いか?」


「はっ、はわわわわわ」


 どうやら博雅が詠み違えたようだった。


「良かったな。これまでだったら明日の朝には飛ばされていたぞ」


「もっももも、申し訳ございません!」


「遥晃に礼を言うんだな。焦ってないで詠み直せ。それとも本当に太宰府に転務してもらうか?」


 左方に着いていた師尹もろただが茶化す。会場がどっと沸いた。

 以前までならば揚げ足を取るのに打ってつけな場面だったのだろう。

 貴族達は互いの失敗を咎めること無く歌会を楽しんでいった。





 会は夜を徹して行われた。互いに20首、計40首の歌を披露し、歌に任せ酒を飲み交わしていた。左方の贔屓があったからだろうが、試合は10勝5敗5分けで左の勝ち。勝ちだが、負けた方に酒が振る舞われる。互いに損得の無い勝負になった。





「この度の試合、誠に面白きものであった。このような歌が聞けるのであればいずれまた開きたいものだな」


 実は今回の歌人は師輔に頼み、冷遇されてきた位の低い人を集めるようにして貰った。これを期にそんな歌人達も恩賞が増えたり、貴族の家庭教師にできればと目論んでいた。


 藤原氏が纏まること、それがこの国にとって一番重要なことだとはっきり分かった。

 この国は変わっていける。より良くなれるんだ。


 ――この時はまだそう思っていた。




 *  *  *


 5月も終わりに差し掛かった頃、急な報せを受けて師輔の屋敷に向かう。


 師輔の容態が急変し、床に就いているらしい。

 兼家に連れられ部屋に通してもらうと2ヶ月前には元気だった師輔の顔が浅黒くなっていた。


「はっ、はるらりら?」


 目の焦点が合わない師輔は呂律の回らない口で名前を呼んだ。診断をしている浄蔵と忠行に依ると、ここ数日目眩を訴え近頃はこのように言語不明瞭、起きることもできなくなってしまったらしい。


 これってもしかして……。


 然り気無く浄蔵に呼ばれ、2人になり打ち明けられる。


「遥晃様、ここ数日師輔様の看病を預かっていたのですが……」


 浄蔵は俺の危惧していた事を教えてくれた。


「これは何者かに毒を盛られた可能性がございます」


 藤原家の争いは収まり、後は国を良くしていくだけだと思っていた。

 しかし、彼等の確執は未だに終息しない事を知らしめられた。


 しかも、このままでは九条流の地位すら危ぶまれる。





 何とか生き延びて欲しい。

 その俺の願いも空しく、数日と経たず師輔は息を引き取った。


次で最終章の予定です。お読み頂き有り難うございました。

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