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道秦と保憲

「保憲、遥晃が言っていた呪いと言うのはこの屋敷には届いておらぬか?」


「ええ。かの者が渡してきた粉に力を感じます。屋敷は強い結界に守られていますよ」


「そうか。どうも最近寒気を感じていてな。邪気を吸ってしまったと思っているのだが、ん? 何を笑っているのだ?」


 兼通様に風邪の症状が出ている。遥晃様は確か、夏に風邪を引くものはうつけとおっしゃっていた。


「いえ、怨念の類いでは無いでしょう。気を感じませんのでしばらくご養生なさってください」


 このままくだばってしまえばいいのに。そうなれば、また遥晃様に手解きをいただけるのだが。





 親の権威を借りて陰陽寮に入れてもらい、陰陽博士と暦博士を得ることができたが、術を操る事はできずにいた。


 父も私を見限り、他の陰陽師にも疎まれていた。

 それが、遥晃様に師事を仰いだら世界が変わって見えた。

 教えて貰えたのは短い期間でしか無かったが、物覚えの悪い私でさえ陰陽師の信頼を得るまでになっている。


 奇妙ではあるが、遥晃様には膨大な知識が備わっている。

 彼の力をお借りできれば光栄みつよしにも見直してもらえるかもしれない。


 兼通様を隔てて、会えない事がもどかしい。恋煩いのように再会を求めている。






「だめだ。一向に良くなる気配がない」


 数日経っても兼通様の風邪は改善しなかった。夏風邪はかかると長引く。


「兼通様、話に聞いていた術師を連れて参りました」


「おぉ、でかした圭吉けいきち。保憲、お前は術もできぬ使えない男だからな。新しく術師を雇うぞ。お前も教えてもらえ」


 最近まで超子様に呪を移す希代の陰陽師と持て囃していた癖に、掌を返される。


 兼通様に通されて胡散臭い男が入ってきた。


「お呼び頂き誠にありがとうございます。私、芦屋にて術師を生業にしておりました芦川道秦あしかわのみちはたと申します」


 挨拶を済ますなり、兼通様の病状に触れる。連れてきた女に支度をさせ祈祷を始めた。





「……終わりました。いかがでしょう」


 胡散臭い儀式が終わる。遥晃様に教えられてからは、この世が白々しく見える。


「おぉ、体が軽くなった! 素晴らしい! 貴様、相当の手練れであるな」


 兼通様もその気になっている。病は気からと教えてもらったが、私も祈祷の真似事をした方が良かったのだろうか。茶番に感じてやる気が起きなくなっている。


「これでもう大丈夫でしょう。ところで、この病なのですが」


 道秦が神妙そうに話す。


「この都に吉備津遥晃と言う者がいませんか? その者が呪いを送ってきているようなのですが」


「なっ!」


「なに!」


 思わず声を上げる。何をとち狂ったことを。


「おのれ遥晃め……!」


 兼通様もその言葉を信じてしまっている。何とかしなければ……。






「遥晃と言う術師は確かに、いる。今は兼家の所にいるだろう」


 歯噛みしながら兼通様が答える。額には青筋が浮いている。


「即刻連れて参り全てを吐き出させてやろうか!」


「お待ちください。奴はこちらに気付けば隠し通してしまうでしょう。今は無闇に動くべきではございません」


 不敵な笑みを浮かべ道秦が答える。


「こちらにいる花と申す女が兼家様に面識がございます。こいつを屋敷に送りましょう。呪詛をしているところを咎めるのが一番にございます」


「そうか! よし、行って……」


「お待ちください!」


 耐えきれず口を挟む。


「どうした保憲」


「その花と言う方はどう面識があるのですか。行って直ぐに雇ってもらえるのですか?」


「花は仕事で手違いを犯し、いたたまれず屋敷を出ていったのです。元は兼家様に仕えていた身。懇願すれば入れてもらえるでしょう」


「そんな、一度出ていった者を再び受け入れるなど……」


「いや。やつらは都を襲った賊を許し、荘園に入れていると聞く。できるやもしれん」


 それにしても兼通様は荘園を反対し、右京の畑を責めていた。

 急に昔の者がやって来れば不自然に思うだろう。


 いや、いいのか? こちらの魂胆が遥晃様に知れれば兼通様の思惑を知ることができる。

 兼通様が動いていると知れば、逆にこの方を訴える事ができるのか。

 わざと泳がし兼通様を貶めれば、遥晃様の理念が叶う?


「そのような事があったのですね。それならば入り込むことも容易いでしょう。花には怪しまれぬよう呪をかけておきます。きっとすんなりと受け入れてくれるでしょう」


 そう言って女を兼家様の元へ向かわせた。

 こちらの事が露見することを願い、私はただ見送る。




 *  *  *


 しかし、そうは行かなかったらしい。花と言う女はすんなりと受け入れて貰い、仕事を終える度兼通様に屋敷の内部を報告している。


 兼家様と敵対している兼通様にとっても、いいことなのだろう。すっかり道秦は信用を受けている。

 遥晃様は気付けなかった? 何とかして知らせなければいけない。


 そして1つの疑念が浮かび上がる。道秦は疑われぬよう呪をかけたと言っていた。こいつはもしや、真に呪を操ることができるのだろうか。



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