花の再訪
季節は巡り、夏になる。蝉の声が響き渡り、暑さを掻き立てる。
春先にそこそこ降っていた雨もここしばらく音沙汰がない。今年も去年と同様空梅雨になってしまったようだった。
湿度の無い、干からびた様な熱気が気持ち悪い。
春の貯金のお陰で作物が枯れるまでには至っていないが、去年の苦しみを知っている田坂の人達にとっては、この天気は特に怖いものになっているだろう。
暑さに参っている頭の中では、春先の悶着が巡っている。
畑に妨害を入れてきたタイミングで貴族が荘園に異議を唱えた。荘園と言うより貧民と兼家が接していた事を問題視していたのだが。
突発的に兼通の仕業だと思ったが、果たしてそのような真似をするだろうか。
これを兼通が扇動したとなると自爆もいいところだ。
事実、追求は右大臣に向かい、兼通を含めた右大臣の家系が糾弾されかけた。
兼家だけに矛先を向けさせたかったのかも知れないが、そこまで頭が回らなかったのか。
呪いを恐れず怒りにかまけて畑に入り込もうとしてきたから、後先を見ずに動いたとも考えられるが。
兼通の仕業だとも思えるんだが……。
微妙に覚える違和感のせいで考えを断定できずにいた。
* * *
「今まで努めて避けていたのですが、貧民も可愛いものですね」
兼家と面会し、かき氷をいただきながら談笑する。
夏に氷を食べれるのは至福の一言に尽きる。
主水司という役職が氷室を管理し、冬の間氷雪を貯め、夏まで保管して都に届けてくれるのだ。
あまずらという樹液を煮詰めたシロップをかけて食べる。
火照った体に氷とほのかな甘味が染み渡る。
「視察に行く度田畑の進展を教えてくれます。遥晃様に会いたいと申していましたよ」
「はは、私もちょくちょく顔を出してはいるのですがね。ところで兼家様。先日の件なのですが」
貴族の行動について兼家に相談する。
「……そうですね。不可解ではあります。兼通は九条の中では動いていましたが、太政官に考えなしに直訴するような真似をする人間ではございません」
そうなんだ。何か失態があれば家ごと責められてしまう恐れがある中で、そんなリスクを冒すのは不自然だ。
たとえ身内に味方がいなかったとしても、家が落ちてしまえば手の打ちようがない。
「このような密告は内部では恒常化していますよ。正しい事をしていれば問題ありません。誰が来ても私はもう引きませんよ」
兼家は確かに頼れる存在だが、首謀者も見えない現状ではどう動くべきかが分からない。
一先ず、兼通はシロとして考えて行くべきか……
「ごちそうさまでした。兎に角、無闇に動くべきではございませんね」
「私には遥晃様がついていますから心強いですよ。椀は置いててください。下げさせますから……」
「失礼します」
帰る頃に声が入る
「兼家様、花が戻って参りました。今一度勤めを願っているのですが、どういたしましょう」
矢平次が風雲急を告げた。
* * *
花さん。去年道秦と結託し、イカサマに加担した下人だ。
花さんの行動を暴露したら、道秦と共に都を出て消息が分からずにいた。
元来気立てのいい、明るい女性だったと聞いた。
きっと道秦に何かを吹き込まれてしまったのだろうと思い、助けてやりたいと思っていたのだが……
明らかに不自然だ。都を出ることを決めた人間が、不正を見破られて息苦しくなった職場に戻ってくるだろうか。
どう考えてもおかしい。多分、道秦もセットで付いてきている筈だ。
しかし、何かを企てようとしているのならあまりにもお粗末過ぎる。何か他に理由があるのか?
「遥晃様、花と言うのは以前ここで勤めていた者なのですが……」
「はい、覚えています。道秦と勝負したときの方ですよね」
「はい。これはどうしたらいいのでしょう。遥晃様は田坂の者達の罪をお許しなされましたが、花もそうするべきなのでしょうか。私にはどうも裏があるように思うのですが」
兼家もそう思うだろう。明らかにおかしい。敢えてわざとらしくすることで何かを狙っている?
この行動の意図が全く読めない。
本当に生活に困り、恥を忍んで再雇用を頼みに来たのか……?
兼通と、正体の見えない誰かと、花。
分からないことが多すぎて収拾が付かない。
花さんは道秦に騙されて、寝返った。きっとそれは今も変わらないはず……。
……。
よし。
「兼家様。花さんは道秦に唆されて操られてしまいました。彼女には悪意は無かったのでは無いかと思います。今ひとたび下人として雇い、罪を報いて貰いましょう」
兼家に説明する。俺達は懸案を飼うことに決めた。




