地下研究所③
「あれ?なんで君がここにいるの?」
私の横には何故かあの少女がいた。
いつの間についてきたのだろう。
「命の恩人ですから」
うーん、だからって危険な目に合わせるのはなぁ。
断ってもついてきそうだし、ここに置いておいても危ないし…。
「そっか…危険を感じたら1人で逃げるんだよ?」
「………はい」
少女を見失わないようにしっかりと手を繋ぐ。
一瞬ピリッときた。
これは静電気ですな。
手袋越しに伝わる手の温もりは、ひんやりとしていた。
吸血鬼だからかな?
いや、そもそも吸血鬼なのだろうか。
【鑑定】をかけてみる。
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種族 食屍鬼 ☆3
Lv 16
パッシブスキル
・汚濁(触れたものにランダムな状態異常を起こさせる)
・毒薬(服用した毒をランダムな支援効果に変化させる)
アクティブスキル
・吸血(相手の血を吸うことで、自身の体力を回復する)
・耐毒(毒耐性が上がる)
・バーサク
・身体強化
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あれ?
食屍鬼って、人から程遠い姿をしてるんじゃなかったけ?
見間違いだったのかな?
…この子も元はゴブリンだったのね。
しかも私よりもLvが高いっていうね。
【バーサク】もあるし。
大人しそうだけど実はヤバイ的な感じですね。
仲間になってくれたら心強いです。
『テイム出来ません』
試しに【テイム】を使ってみたけどどうやら出来ないらしい。
ちぇっ。
「るし!こっちじゃ!」
「ふわぁっ!!」
道なりに歩いていると、突然バレンシアが壁からニョキっと生えてきた。
心臓に悪い。
…バレンシアって、幽霊だったけ。
忘れてた。
「すまんのぅ、驚かせるつもりはなかったんじゃ。じゃが、面白い部屋を見つけてのう」
「面白い部屋?」
「そうじゃ。この地下研究所で行われている実験についての全ての記録が収められている保管室じゃ!」
おー!
それはすごい発見だ!!
「ところで るしよ。お前さんの隣におる赤紫の女子は何もんじゃ?」
「さっき拾ったの」
「そうか。るしは優しいからのぅ。女子、妾はバレンシアじゃ。よろしゅうの」
「うん、宜しくお願いします」
ペコリと頭を下げ、私の後ろに隠れた。
「…妾、怖くないぞ?食べたりしないぞ?」
「ほら、落ち込まないの。で、バレンシア。保管室に行くための扉は何処?」
「おっと、そうじゃった。そこに置いてあるダンボールに入っておるレモン汁をこの壁にかければ扉が現れるようなっておる」
なんと奇っ怪な。
そんな摩訶不思議な方法で扉が現れるとは…。
この扉を作った人はどういう脳ミソだったんだろう。
…きっと凄い変人だったに違いない。
バレンシアの指したダンボールからレモンを取り出し、指示通りに壁にかける…ということはせず、思いっきり投げつける。
結果、レモンが衝撃によって潰れ、レモン汁が飛び出る。
「目がぁ…目がぁぁぁぁぁぁぁあああ!!」
運悪く、レモンが潰れた瞬間にバレンシアが壁から顔を出したので、レモン汁が目に入った。
痛そうだ。
酸性だしね。
気の毒だけど、バレンシアの事は無視して中に入ろう。
少女も、申し訳なさそうにバレンシアをすり抜ける。
「おのれぇ…お前さん…許さんぞぉ……」
「いや、今のはバレンシアの運が悪かっただけだよ」
「うぅ…痛いんじゃぞ?すっごい痛いんじゃぞ?」
「はいはい、分かってるよ。さっきも今もすっごい辛そうな声出してるもん」
さて、まずは紙が山積みになった机の上から見ていこう。
ここに置いてあるのは全部グラフだな。
なんのグラフだろ。
「私の、実験結果?」
「え?」
少女が机の上からある1枚の紙を引っ張り出した。
ー 被検体 01 ゴブリン 成功
1月5日、モンスターオークションにて購入したゴブリンに麻薬を投与。
1月20日、禁断症状が出ない。特殊個体か?
1月29日、ゴブリン同士で戦わせる。
2月15日、水銀を投与。
2月22日、熱を発症。
3月8日、高熱が治まらない。
4月9日、黄燐の投与を開始。
4月30日、衰弱。
5月25日、完全回復し、驚異の結果に驚かされた。
6月8日、セレンを投与。耐毒を取得。
6月10日、吐瀉。
7月7日、存在進化をし、食屍鬼に進化。
7月30日、人との合体が成功。
8月10日、会話可能に。
10月5日、研究員を誤って三人殺害。
12月25日、当被検体は危険と判断され、永久処分とされた。
12月26日、自力で穴から這い上がり、研究員を8入殺害。
12月27日、奴隷部屋の最奥にて永久投獄を決定。
水銀に黄燐、セレンて確か毒薬じゃなかったっけ?
こんなの投与されて君はよく生きてたね。
苦しかったろうに…。
おもむろに少女の頭を撫でる。
「どうなされたのですか?」
「うぅん。気にしないで」
「そうですか?私、何も褒められることしてないのに。叩かなくていいのですか?」
「…っ!叩かれてたの?」
「はい。撫でられたことなんてなかったです。叩かれて嫌な匂いのする薬を無理やり飲まされたりしていました」
私には少女の痛みが分からない。
この先分かることは無いだろう。
けど、傍に居てあげたい。
偽善な心かもしれないけど、一緒に居てあげたい。
「じー。コホン。るし、棚から面白いものを見つけたぞ?ほれ」
「ん、ありがと」
…どれどれ。
少女の頭から手を離し、バレンシアから貰った紙を凝視する。
うわっ…文字がビッシリだ。
難しい言葉がいっぱい並んでるよ。
一通り目を通し、疲れた目をこする。
…全く分かりません。
いや、ホント難しすぎてよく分かりませんでした。
読んでいると、途中で文字がミミズ見たいに動くんだよ…。
それを見兼ねてバレンシアが簡単に要約してくれる。
「うむ。この紙に書かれているのはここでやっている実験についてじゃ。」
ほほう。
大事なことが書いてあるわけですな。
「この地下研究所で行われているのは、人とモンスターを合体させる実験じゃ。お前さんも見たと思うが、フラスコと呼ばれる器具を2つ並べ、中にいる生き物が入れられていたじゃろ?あれは、実験を成功させる確率を上げるために必要な道具らしい。奴らはここで人とモンスターの混合種、キメラを作ろうとしていた。成功したのはただ1例のみじゃが、1体だけでも存在進化をさせ続ければ、国を脅かせる脅威になれるようじゃ。ふん!どうせ帝国をより強く、より強大にという魂胆なのじゃろう。胸糞悪い実験じゃ!」
帝国はやっぱり黒だったか。
これは1度ドンパチを起こしても罪に問われることは無い…だろう。
いや、問われるかも。
「るし、お前さん悪い笑みを浮かべとるぞ?」
「え?」
おっと、失敬。
両手で頬を包み、筋肉を和らげる。
バレンシアはゴソゴソと棚を漁る。
少女も熱心に机の上を調べている。
こんなにあっても私には難しすぎて何が何だか分かりません。
非常に大事なものってことはわかるんだけど。
…正直言って暇です。
適当に隅に置いてある資料を手に取る。
「ねぇ、バレンシア、ここに研究資料がどれだけあると思ってるの?」
バレンシアは考え込む素振りを見せる。
その間私はゆっくりとドアの前に移動する。
そして、くるりとバレンシアの方を向いて…。
「35億」
バサァッと手に持った紙を天井に投げる。
あ、爽快!
「何やっとるんじゃ!!貴重な研究資料が!!しかもこの部屋には研究資料が35億もないわ!るし、落ちたやつを拾わんか!」
ベシッと頭を叩かれる。
だって暇だったんだもん。
仕方ないじゃんかぁ。
しぶしぶ落ちた紙を掻き集める。
おや?妙に太い字で紙に何か書いてあるぞ?
ー『魔人実験Ⅱ』
魔人実験?
何それ…。
ドガァァァァァアアアン
「うわっ!」
部屋が大きく揺れ、棚がバランスを失い倒れる。
整理されていた部屋が一瞬でぐちゃぐちゃに。
「なんじゃ?」
未だに揺れが収まらない。
これは、まさか?
「城が崩れるぞ!!お前さん達!今すぐここを出るのじゃ!!」
「「はい!」」
白衣の人達と鉢合わせることになったが、今はどちら共に逃げる方が優先だ。
もう少しで地下を抜ける、そんな時。
ー後で迎えに来るからね。
トムの顔が脳裏に浮かんだ。
「2人とも、ちょっと先行ってて!」
「るし様!そっちは危険です!」
「そうじゃ、戻ってこい!」
「忘れ物しただけだって!すぐ戻るから!」
押し寄せる白衣の波に逆らいながら、処理場へと走った。
黒い扉の先は静かなもので、何も聞こえない。
自分の足音だけしか聞こえないこの部屋は不気味だ。
トムの亡骸を向日葵の花びらで巻き、抱き上げる。
「迎えに来たよ」
決して帰ってくることのない返事。
揺れは次第に大きくなってきた。
じきにこの部屋も潰れてしまうだろう。
部屋を出ようと黒いドアノブに手をかけたその時…。
「おかえり。待ってたよ」
返って来るはずのない声が、開くはずのない目が私を見ていた。
トムとは思えない血走った目に、背筋が凍る。
「ひっ…」
思わず投げてしまった。
トムはゴロゴロと床を転がる。
「…痛いじゃないか。酷いよ。」
「ご、ごめんなさい!!その、投げるつもりはなかったんだ!」
「なら、僕をもう1度抱き上げてくれないか?僕も外に出たいんだ。貴方は正義の味方だろ?」
血走った目が私を射抜く。
トムを抱えたい気持ちはある。
だけど、近づけない。
近づいたらいけないと、感が警鐘を鳴らしていた。
「…君は本当にトム?トムは死んだはずじゃ!!」
「酷いなぁ。僕は生きてるじゃないか。貴方の目の前にいる僕がその証拠だろ?」
私は確かにトムが息を引き取るその瞬間を見た。
だからこの状況はどう見てもおかしいのだ。
まさか…「ゾンビ」に?
だけど、【神域拡張】のお陰で半径10mのアンデッド系モンスターは浄化されるんじゃ…。
「トム…君は、君はその姿で何故生きていられるの?」
「ん?これはね、るしが僕にクリーンを掛けてくれたから、汚いものは全部取り除かれたからだよ。ほら、僕の下半身にモンスターがくっついていたでしょ?あれが取り除かれたから僕はまだ生きていられるんだ」
…クリーンで出来るのは、せいぜいが服の汚れを落としたり、傷を洗浄したりすることだけだ。
しかも、「モスキーバエト」の下半身が無くなったのはトムが…息を引き取ったからなのでは?
しかも、なんでトムは私の名前を知っているんだ。
まだ名乗っていないのに。
「君は誰なんだ?何で私の名前を知っているの?」
「あー、ボロ出ちゃったよ…。はぁ」
いきなりトムの雰囲気が変わった。
冷たい針が身体に刺さっているような感覚が襲ってきた。
トムはニタリと口角を上げて、目を細める。
「るし、なんで気づいちゃうかなぁ」
ボコボコと音をたててないはずの下半身が服とともに形成されていく。
透明な、黒い血管が見える羽が床につく。
「あ…君は一体!?」
トムではない何者かは死を予感させる美しい笑みを浮かべた。




