イベントクエスト⑨
薄暗い階段をゆっくり、ゆっくり降りる。
「バレンシア〜。バレンシアってさ、実体化出来ないの?」
「出来るぞ?と言うか、実体化せんだら喋れんだろ?」
「マジ?…あのさ…おんぶとか、抱っことか…してくれない?結構辛いんだよね」
「…嫌じゃと言ったら?」
「諦める」
「そうか。なら仕方ないのぅ。お前さんだけ、特別に、じゃぞ?」
「ありがと…」
身体を持ち上げられると痛みで悲鳴を上げそうになるが、それを必死に飲み込む。
バレンシアからオレンジの甘い香りがする。
いい匂い。
眠くなってきたや。
「お前さん、寝てはいかぬぞ?それは死への道標だからのぅ」
「ん。わかった…でもね、バレンシアからいい匂いするんだよ」
「そうかそうか!うししししっ!なら仕方ないっ…て、ことはないが寝てはならぬぞ?暫し起きておれ。何なら揺らして痛みに耐えるか?」
「それだけはご勘弁をっ!!」
それから先はよく覚えていない。
虚ろな感じで天井を見上げていた気がする。
ただそれだけ。
「お前さん、着いたぞ?」
「そか。ありがとう」
悲鳴を上げる身体に鞭を打ち、扉に触れる。
腕に力を入れ、重い扉を押す。
ボタボタと血が流れ落ち、地面を染める。
「お前さん!!」
「だ…大丈…うぶっ…」
部屋に一歩踏み出すと、入り口から順番に松明の明かりがつく。
倒れないように、しっかりと前を見据えて歩く。
最後の松明がついた時、赤黒い鎖で縛られているものの姿が浮かび上がった。
赤い甲冑で覆われ、頭には王冠。
金赤色の髪はくすんでおり、その顔は下を向いており、見えなかった。
無言の圧が身体を貫く。
「…っぅ」
チラリとバレンシアを見るが、石像のように固まっていた。
「…血の匂いがするな。ん?貴様は誰だ?我が領域に許可なく入るなぞ、万死に値するな」
激しい殺気が部屋を占めた。
血を失いすぎてフラフラしているというのに、酔いそうになるほどの殺気で意識が飛びそうになる。
自身の腹を叩き、痛みで自我を保つ。
「ふむ。奇妙な奴よ。自身の傷を抉るとは。まさか貴様、そのような趣味があるとは言うまいな?」
深紅の瞳が揺れた。
あ、名乗らなくちゃ。
ヴィネの時に怒られたし。
「…こんにちわ。わた…しは、るし…ゴブッ…です。えと、ヴィネに頼まれて…それと自分の意志で貴方の封印を解きに参りました」
暫しの沈黙。
あぁ、この沈黙は気持ち悪い。
ヴィネの時にもあったな。
緊張で汗が止まらない。
「フ…クッ…」
…怒ってるっぽい。
何か失礼な事でも言っちゃったかな…早く謝らないと。
段々赤い甲冑から金赤のオーラが立ち上がってきた。
あ、殺される…。
「フ…ハハハハハッ!!貴様、ルシゴブという名か!ハハハハ!!存外珍妙な名前よなぁ」
凄い笑ってる。
大悪魔の笑いのツボってイマイチ分かんない。
…って!
「るしゴブッ…じゃなくて!るしです!!…ゴプッ」
「ククク…貴様が名乗ったのだから我も名乗らなくてはな。家畜如きに名乗るのは癪だが、よく聞け。そしてその目を大きく見開いて我を見よ!!我はソロモン72柱が1柱、序列第28位、ベリトだ!役職は公爵を賜っている。72柱一の残虐な性格だと言われている。敬え!賛美しろっ!されば願いの賭博を回してやろう」
「…封印されてるのに随分と元気なんですね。というか、私は家畜じゃなくてるしです!!」
「はんっ!五月蝿いわ。貴様には我が封印を解くという名誉をくれてやる。だからその口を閉じろ。家畜如きが我に気安く喋りかけるでないわっ!」
何だコイツはっ。
公爵ってヴィネよりも位が低いじゃないか。
上から目線で喋りやがって…すごい腹たつんですけど。
…けど、ヴィネの仲間だし、しゃあなしで助けてやるよ。
しゃあなしな?
重い足取りで金赤色の頭に手を乗せた。
パキンッ
鎖が外れた瞬間、大悪魔は赤いオーラの奔流に包まれた。
金赤色の髪は艶を取り戻し、赤い甲冑は深紅の瞳と同じぐらいに美しく輝いた。
「よくやった家畜。ん?貴様、その目…その匂いは……。…そうか、そういう事か」
いや待って。
そこで止められて自己完結されると気になってしかたがないんですけど。
「…貴様、さては魔術書を持っているな?それを貸せ」
「いいですけど…」
もう感覚すら無くなった手で魔術書を取り出し、目の前にいる大悪魔に渡す。
「…少しは警戒というものをしろ。我が悪い悪魔だったらどうするのだ?」
「いや、悪魔だから。…しかも第一印象が悪い人に見えて仕方が無いんですけど…ゴプッ」
「無礼な奴よ。家畜如きが」
そう言いながら楽しそうに魔術書を開き、何かを書き込んだ。
「家畜家畜って…私はるしです!!何故に家畜なんですか!!」
「貴様、知らぬのか?悪魔はな、召喚の際に供物が捧げられるのだ。その供物こそが人間。貴様の様な形の者のことだ。我にとっては供物即ち家畜なのだ」
な…なぬっ!
なんて失敬な奴だ!
私は供物じゃないぞ!!
美味しくないぞ!
…美味しくないよね?
「さて、助けてもらった礼だ。願いを言え」
…大悪魔って助けると願いを一つ叶えてくれるんだね。
まるで魔法のランプのようだ。
今、この申し出はかなり有難い。
「ゴフッ…私の願い…はッ…」
「なんだ?その傷を直して欲しいのか?それなら容易いこと…とは言えないが、出来るぞ?」
「違う。…私の願いは、ベリト、貴方の力を少しの間でいいから貸して欲しい…の」
「本当にそんなチンケな願いで良いのか?」
「いい。駄目かなっ…ぐっ…」
あ、やばいわぁ。
川の向こうから知らないオジサンが手を振ってる。
これが三途の川…。
はっ、渡っちゃダメだ!
「フッ…欲のないやつよ。少しの間と言わずとも良いものを」
「今、なんて?」
「ん?さて、行くか」
「え…何処に?」
「貴様の身体をそれにした奴の元に、だ。倒しに…始末しに行くのだろう?全て言わずとも我には分かる。我ら大悪魔には全てを見通す力があるが故な。にしても、蝿の王…か。ベルゼブブの供物となった人間はさぞ上質だったのだろう。だがそれも、無駄な命の消費となったな」
よく分からないが、ベリトならあの蝿の王に勝てるらしい。
心強い。
「あの、バレンシア…そこの幽霊も一緒に連れていくことは出来ませんか?」
ベリトは固まったままのバレンシアに近寄った。
「ふむコヤツは面白い。誰かに似ていると思えば…。そうか、あいつの娘か。フッ時が流れるのは早いものよ。家畜でなくなったコヤツなら連れていってやることは出来るな。置いていくと我の後ろにいる家畜が五月蝿くなるからな」
そう言って、アイテムボックスから金色の小瓶を取り出し、バレンシアをその中に入れた。
…え?
幽霊って伸縮自在なの?
便利だ。
ベリトはその小瓶を私のポケットに入れた。
「これを開ければコヤツは元の大きさに戻る。失くすなよ?いくら家畜と言えども、これくらいは出来るであろう?」
「だから家畜じゃ…!!」
不意に身体にが浮いた。
不思議と痛みが襲ってこない。
何事かと上を見上げると、深紅の瞳と目があった。
「…綺麗…」
お星様のようだ。
真っ赤な真っ赤な赤い星。
…あれ?
何か変なこと考えてなかった?…気のせいか。
…ベリトの顔がまじかに見えるということは、この姿勢ってまさかっお姫様抱っこ!?
「ベリト…恥ずかしゴブ…」
「フッ。もう喋るな。貴様の血が我の美しい鎧に付くだろうが。さて、五月蝿い羽音を鳴らす虫の始末に征こうか」
ベリトは嬉しそうに笑った。
今から起こるであろうことを脳裏に浮かべながら。
「着いたぞ。起きろ、家畜の分際で我が腕の中で眠るとは笑止千万。おい、家畜!!」
「…っあ、ごめん。着いたんですね…」
恐る恐る下を覗くと、「モスキーバエト:人」と「蝿の王」が見えた。
切ったはずの王の口は再生していた。
…防御壁も。
「ベリト、倒せる…のですか?」
「はんっ。我を誰だと思っている?大悪魔ベリト様だぞ?まぁ、我は強すぎるが故にちとクセのある戦い方をするがな」
何それ、と問う前に、目の前に巨大なルーレットが現れた。
「これは我が力のうちの一つ。狂気賭博。貴様の前に浮かんでいるそのボタンを押せば…まぁ、言わずともわかるであろう」
いや、分かんないし。
取り敢えず、ルーレットを見る。
マスは全部で12。
1.皮剥の刑
2.ファラリスの雄牛
3.釜茹で
4.鉄の処女
5.凌遅刑
6.八つ裂きの刑
7.拷問椅子
8.水攻め
9.頭狩
10.四肢狩
11.十字架刑
12.全消失
…。
なんと恐ろしきかな狂気賭博。
だが、やるしかない。
「回して」
ルーレットが目の回るほどのスピードで回り始めた。
ボタンを押せば決まる。
息を吸って吐いて…。
「せーのっ!」
「あぁ、選択はしなくていいのか?」
押すところだった。
選択とは何ぞ?
「このままだと、この街丸ごとルーレットの対象になりかねんぞ?まぁ、拷問されて死にゆく者の最後の叫び声はいつ聞いても良いものだがな」
それを早く言ってよ!!
てか、ベリトそんなこと思ってたの?
ベリトは危ない悪魔に認定だ。
『選択しますか?Yes/NO.』
不意にアナウンスが脳内に流れた。
コレはもちろんYesだ。
『選択者を次の一覧から選んでください
・蝿の王
・モスキーバエト:人
・モスキーバエト
・東海
・Aook
・カイン
・るし
・ベリト
…etc 』
上の三つを選択して、ルーレットのボタンを押した。
「ん?押したか。どうなるか気になるところだなぁ」
ルーレットは止まった。
ー11番。
「ほぅ、十字架刑か。貴様は家畜の割には運がいいようだな。『十字架刑執行』」
パチンとベリトが指を鳴らした。
直後、黄金の十字架がどこからともなく現れ、虫を磔にした。
「執行の合図だ。家畜、言え」
「だから家畜じゃ…っ…はぁ、もう!…殺れ、ベリト」
十字架から黒い炎が放たれ、虫を焼く。
「aaaaaAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAITAIITAIITAIITAIITAIITAI痛い痛いぃぃ!!」
王から人の悲鳴のようなものが聞こえた。
…それは一瞬の出来事だった為、ほかの虫たちの叫びによって掻き消された。
「ハハッ…ハハハハハッ!!虫の叫ぶ声などアレだと思っていたが、妙に人に似た者達の声も聞こえるなぁ!!これはこれでいいものだ!!最っ高だ!!なあ家畜!!そうは思わんか?」
…。
危ない悪魔さんだ。
深紅の瞳と甲冑が赤く輝き、それは酷く不気味に見えた。
虫の悲鳴は1時間も続いた。
それは、酷く私の耳にこびりついた。
「蝿の王」は死ぬ間際、涙を流す。
彼の王もまた、人であったのだから。
さて、私が最後に出来ることは【鎮魂歌】を歌うことだ。
歌って、無念のうちに死んだ人を救うこと。
「Light and darkness intersect. Light falls into darkness and never takes lights twice.~♪」
〜ベリトside〜
ボロボロになってもなお血を流し続ける家畜の姿は我が目に眩しく映った。
しかし…滑稽だな。
見るに耐えぬ光景。
美しい死の後に聞こえるこのうたは非常に耳障りだ。
死の背徳的行為である。(ベリトにとって)
【鎮魂歌】ほど憎むべきものはない。
「…たまにはいいものだな」
ベリトは歌い終えて気絶し、落下していく家畜を眺めた。
深い深い深淵に落ちていく。
小さな身体が深い闇に吸い込まれていく。
本来ならば見捨てるというもの。
だが…。
「我が家畜は我が命なしに勝手に死んでもらっては困る」
赤い閃光は、落ちゆく家畜を掴み、同胞の気配がする場所に【瞬間移動】した。




