消えた堕天使
お待たせしました……!
途中から三人称を意識して書いたのですが、やはり難しいですね。至らぬ点が山ほど見つかる可能性がっ
暗がりの中を発光人間すなわち私が駆ける。
ベリトと生死をかけた鬼ごっこを始めて約一時間。奇跡的に、私はまだ生きている。
逃げ続けて気づいたことがいくつか。実はこの地下空間、様々なギミックが仕掛けられていた。ワープしたり、体が硬直したりなど、相手の足を止めるには丁度いいものばかりが勢揃いしている。ゆえに、天と地の実力差がある格上ベリトから、貧弱な私が命からがら生き延びていられるというわけだ。
後ろを見る。
殺気に塗れた大悪魔は、いない。
というのも、足元がおろそかになっていたのか、先程ワープで飛ばされていた。すぐに戻ってきそうで怖いので、こうして走っている次第。
マップはいつまで経ってもジャミングかかってるし、道の終わりは見えないしで、少しばかり心細くなってきた。
「ゾンビとか来たら、絶対泣く」
有り得ない、とリアルなら心のどこかで思えたのだろうけど、残念ながらここは仮想空間。ゾンビ、お化け諸々の邂逅は有り得てしまうのだ。
あぁでも、ゾンビくらいならどうとでもなる。首を切り落とせば勝ち。脳を破壊すれば勝ち。
お化けと違って物体化してる分、性がいい。まぁ、遭遇したら夢に出ること間違いなしなんだけど。
ああ怖い。
一度妄想し始めたら壁の染みとか、人の顔に見えちゃう。大丈夫、大丈夫だよ私。よく見れば岩陰だよ。
岩陰岩陰岩陰岩陰白い手岩陰岩陰……ん?
白い手?
止まりたくないのに、怖いもの見たさで足が止まる。用心に越したことはないから、刀を抜いておく。
いたら斬る。いたら斬る。ぶった斬る。
恐怖を押し殺し、ゆっくり首を回して背後を確認。目を凝らすが、白い手がなんて見えない。良かった、と安堵の息を漏らそうとしたその時。
真横の岩肌が揺れ、ほのかに青い光を纏った白い手が伸びてきた。
「うわぁぁぁ!! むぐッ……」
それは私の視界を遮った。精神的恐怖を緩和するために開けた口を塞ぎ、ひんやりとした感触が腹を巻いた。
背筋が凍る。
思わず右手に持っていた刀を地面に落としてしまった。金属と地面が反発する音が足元から聞こえる。
抵抗すらできずに、ずぶり、と私の体は岩肌に沈んだ。
ーーーーーーーーーー
かの大悪魔は、愚か者を追う手を止めた。己の額に手を当て、眉間にしわを寄せる。
(家畜の反応が消えた)
全柱が保有する熱源感知を使い、るしの位置を把握していたのだが、それが唐突に消えたのだ。
面白くない。と、大悪魔ベリトは思う。
別に鬼ごっこを楽しんでいたつもりはないが、どこぞの馬の骨とも知らぬ者に玩具を横取りされるのは、気分がよくない。ましてや、自身の能力に引っ掛からない者がいるというのも気に食わない。
苛立たしさから舌打ちが出る。
「45柱めから聞いていたが、25柱がやったのか?」
いや違うな、とベリトは思考する。
25柱の真紅の玉、大悪魔の核を取り込んだベリトに、25柱が逆らうことはない。
己の心臓を握っているも当然のベリトに反抗すると、核を取り込まれた際に魂に刻まれる主従の呪いで苦しみ悶えることになるからだ。
それに、快楽殺人鬼である25柱は人を痛めつけるのが好きだが、自身がそうなるのは死んでも嫌なはず。
とある一柱を除けば、全ての柱が嫌がるだろう。
それまでにして、核は他の柱に見つかってはいけない。もし、ただの人間がそれを見つけたとしても、核に触れた瞬間灰燼と化すが、大悪魔同士だとそうはならない。
支配されるのは屈辱的な行為。大悪魔が唯一、何をしても避けたいものだ。
だがこれは支配されるされない以前の問題に、核が奪われるという前提があっての話だ。
そも、核を取られるなどという失態を犯す者はいない。何人たりとも手の届かない場所に隠すのが当たり前。……なのだが、運悪く、25柱の核はベリトに見つかってしまった。
帝国の厳重な管理下、城の地下迷宮、ラビリンス奥深くに埋められていた超一級品の大悪魔の心臓。それを、羽音がうるさいからとやってきたベリトが見つけてしまった。
25柱は頭が悪かった。全柱共通で自身の核を、誰の手出しも受けない個人の亜空間に閉まっているというのに、彼だけは我儘を通し、自身の拠点とする城の地下深くに埋めた。
曰く、この方がラスボス感がある、だとか。
双子と括られている35柱は違う。聡明で謙虚。自身のためとあらば味方を裏切る。頭のキレる大悪魔だ。争いごとは好まないが、悪魔だけあって、やることなすことは残虐非道である。そんな35柱はもちろん、自身の核は亜空間の中に仕舞っている。
ベリトは双眸を閉じる。
(25柱を呼び、家畜を探させるか。まだ遊び足りぬゆえ、な。それに、気になることもある)
未来を見通す力、千里眼を行使する。
脳裏に描かれる近い未来。花びらが舞い散る玉座の間。高い天井に備え付けられたステンドグラスから、スポットライトのような光がさしこみ、修道服を来た女達が照らされる。
女達がひれ伏し、玉座に居座る冠をかぶった少女が、茨の装飾が施された漆黒のスティックを振るう。
視界が切り替わる。
茨の少女と軍服の少女が、蒼天の下、花畑で手を取り合う。
ーー砂嵐が、走る。
軍服の少女が掻き消え、茨の少女の唇が歪む。
ーー砂嵐が、走る。
視界が切り替わる。満天の星空だ。
湖畔に佇む懐かしい王の姿。ふにゃりと笑う儚げで、今にも消えてしまいそうな姿。
ーー砂嵐が、走る。
「胸騒ぎがするな……」
不透明な未来に、ベリトは眉をひそめた。帝国にるしが足を踏み入れて以来、明確に示されていた未来に支障がきたし始めていた。滞在する日数が増えれば増えるほど、あるかもしれない可能性の一部が不純物によって見えなくなる。
再び鳴り始めた羽音にため息をつくベリト。おもむろに手を前に伸ばす。それに地面が呼応するように小さく波打ち、掌に砂塵が集う。形成されたのは、弓。赤雷を纏い、埋め込まれた宝石が輝く。土から形成されたとは思えない代物だ。大抵の人ならば、狂喜乱舞する性能を秘めたオリジナルの武器。
ベリトが行ったのは、彼が得意とする術、「等価交換」を主軸とした錬金術だ。対価を支払うことによって、物質があらゆるものへと変わる。プレイヤーであれば、素材であったり体力であったり、己の腕であったりと、創り出すものによっては自身を賭けなければ行けない時だってある。
身近にいる錬金術師として例を挙げるなら、テキーラだろう。
ゴーレムの欠片が含まれたチョークで、ゴーレムを召喚するために必要な陣を描き、召喚する。等価交換として消費されるのは、呼び出す際に描いた魔法陣だ。
比較的初級のスキルであるため、失うものはないが、習得するスキルが高度であれば高度であるほど、強力な力と引き換えに体の一部を失うこともある。
……ポーションを使えば部位欠損は完璧に治るが。
ベリトは表情を変えることなく弓を掴んだ。
彼は、錬金術師としては、最高峰の場所にいる。
自由自在にあらゆるものを変質させ、それに見合った等価交換を行う。
以前、「不等価交換のベリト」と、るしが影でボヤいていた。それもそのはずで、ベリトは対価が大きすぎる錬金術を行ったあとでも、五体満足で立っていた。
土を金塊に変えるなら、腕一本は持っていかれる。土からしなる弓を精製し、それにいくつもの宝石という高価な装飾を付けるなど、命がいくつあっても足りない。
(不等価交換の御業をしてもこの程度か……)
ベリトはその端正な顔を顰める。
不等価交換の御業。それは、不等価交換を極めし者のみ使うことができる、等価交換の偽装。世界の目を欺き、物質を対価無しで創作することが可能になった裏技だ。
もちろん、これを扱える者は大悪魔の中でも限られるが、錬金術に特化したベリトにかなうものはいない。
「45点」
そんなベリトにとって、今しがた創作した弓はあまりよろしくはない完成度らしい。他柱の核を飲んだばかりであるため、力が安定しないでいるのは、ベリトとて承知していたが、自身の作品を見て、納得がいかないのか大きくため息を吐く。
分かっていたことだが、歯痒い。
万全の状態ならば、とみっともない言い訳を飲み込む。ベリトは大悪魔だ。力の強い者の言い訳ほど、見苦しいものはない。
無造作に、それでいて優雅に弦を弾く。
同時に、鋭い風音が鳴り、後方から断末魔が響く。
「チッ……数匹仕留め損ねたか。これだから失敗作は勝手が悪い」
苛立たしげに三度弦を弾いたベリトは、失敗作である弓を砂に戻し、歩き始める。
未来を、王の行く末を閉ざす、不快な砂嵐を消し去るために。




