MD2-097「よじれた木々の先で-5」
木彫りの戦女神像。
本当にそうとしか言いようの無い物が床から出てきた。
高さは僕の倍ほどはあるだろうか。
言い伝え通りに背中には1対の翼、
そして右手には長剣を持ち、左手には大盾。
今から攻め入るという姿勢ではなく、
上から降りてくる何かを睨むような物だ。
だからこそ、部屋に入った僕達へと声をかけてきた
本人?としては少々姿が面白いことになっている。
こちらを全く見てないわけだからね。
『さあ、こちらへ』
「と言われても不安でその通りにするのは怖いんですけど」
僕は冒険者にあるまじき発言で答えてしまう。
いや、不必要に危険に踏み込まないという点では正しいとは思うんだよ。
「まぁまぁ、せっかくの不思議な出来事ですし、ね?」
マリーの言うように、ここで踏み込んでこそという話もその通りだ。
危険を回避してばかりじゃ儲けもないもんね。
無警戒にという訳にはいかないけど、
部屋の中央にいる戦女神像まで歩いていく。
入ると部屋の広さがすごくよくわかる。
広すぎでしょう、木の中にあるにしてはだけど。
気配は感じるから、この戦女神像の中に
何かがいるのは間違いないんだよね、さすがに神様ってことは無いと思うけど。
『手を。台座の宝玉に触れさせなさい』
いきなり刺されませんように、等と考えつつ
言われるままに台座にある何やら茶色い宝石に手を触れる。
マリーと一緒で、ちょっとどきっとしたのは内緒だ。
『エルフの力を認証しているな。里でエメーナからもらっておいてよかったな』
ご先祖様に言われ、思い出すのはここに入る時にも感じたあの力。
僕とマリーは、あの時からエルフの親戚みたいなものになっているのだ。
だからこそ、森の一員としてここに呼ばれたのだろうか。
『終わりました。もう手を離していいですよ』
「特に何も変わってないような……あれ?」
訂正、結構変わってる。
正確には、後ろを見てないのに
後ろにいるダグラスさんたちが緊張からか、扉際の木枠を握りしめているのがわかる。
「これ、もしかして木々ともっとお友達になれてるってことでしょうか?」
『ええ、その通りです。森に入れば木々が行き先を導き、
森の恵みを容易に得られることでしょう』
手を握ったり開いたりして、感覚を確かめているマリー。
確かに、気を付けないと見えすぎたり感じすぎたりして気持ち悪くなりそうだもんね。
『エルダートレントのコアとして意識を持ち始めてから300年。
ここまでやってこれたのは人の子では二人が初めてです。
ようやく、役目が果たせます』
「それはどういう……っと」
人間にとっては300年はひどく長いけど、
悠久を生き続けるというユグドラシルやトレントにとってはそう長くないはずだけど、
考える意識という物を持ってしまったがためにか、ため息に疲れも感じた。
それを慰めるべく前に出たところで、
像の足元付近から木材が何本も伸びてきた。
この流れ、この状況。
僕や嫌な予感がしつつも、話を聞く姿勢になる。
『報酬は決まり事ですので用意しました。果たしていただきたい事があるのです』
「やりましたね、ファルクさん。もっと冒険者らしくなってきましたよ」
「出来ればもうちょっと穏便な感じがいいけどね」
やっぱりかーと思いながらもこんな場所で受けられる依頼は貴重である。
それに、詳しい鑑定は出来ないけど報酬にもらえるらしい木材は
言うまでもなく、かなりの物なのだろう。
それはそれとして、何をしてほしいのだろうか。
ひとまず、待たせてばかりだったダグラスさん達に呼びかけ、
同じ場所に来てもらうことにする。
恐る恐るという様子ではあるけど、
さすがに現役の兵士達。
すぐに僕達のいる場所まで歩いてくる。
まあ、ダグラスさんが全く気にせず歩いてきたというのもあると思う。
「すでに君たちが無事でいる。危害を加えるならもうとっくにしているだろう」
「そりゃそうかもしれませんけど……隊長ったら」
一気ににぎやかになった戦女神像の周辺。
気のせいか、声の主が喜んでいるような気もする。
『やっていただきたいのは単純な討伐です。
実は、根元のいくつかに魔物が巣を作ってまして、追い出してほしいのです』
「今まである程度は無事だったということは、例えば
木全体を食べたりしてくるような奴ではないんですよね?』
僕はその時まで気が付かなかったのだけど、
近くにいるとこの声も聞こえるらしく、
ダグラスさんも頷いている。
トレントに住み着く魔物、か。
木をかじる虫とか獣がいないわけじゃないからその辺かな。
『ええ、どうもそこを住処としてるようですが……ちょうど奥深い場所にいるので、
樹液をこれでもかという感じで舐めていくんです。いくらトレントの集合体とはいえ、
限度があるので何とかしてほしいのです』
随分とわかりやすい話だなとは思うけど、
意外と依頼なんてのは単純な話も多いらしいからそういうものかな。
となると後は依頼の達成条件などの確認だ。
「全部でどのぐらいいるんですか?」
『今のところ36匹いますね。一度追い出すか、
討伐していただければ入れないようにしますのでそれで完了とします』
36……結構いるような大きさを考えるとそうでもないような。
強いかどうかは戦ってみないとわからないところだね。
ダグラスさん達を見ると頷き返してくるので
討伐自体に異論はないらしい。
「わかりました。受けます」
『では近くまで出る道を用意しましょう』
道を、用意?
疑問が頭に浮かんでいる間に、像の後ろの方に光が集まる。
瞬きの間に、そこには下へ向けての階段が産まれていた。
「隊長、私、怖いです!」
「見えている相手だ、なんということもない」
緊張しながら降りていく僕とマリーの後ろで、
ミルさんの叫びとダグラスさんの冷静な言葉が飛び交っている。
なるほど、見えている相手なら戦えるよね、確かに。
噂のスピリットは姿が見えない相手もいるらしいし、気を付けないとね。
具体的に相手がどういったものか、
もっと聞いておけばよかったと思うのだけど、それは後の祭り。
階段を降りてしばらく、感じたことの無い何かの気配。
「ふむ。抜剣、奇襲に注意せよ」
ゆっくりとのぞき込んだ幹に開いた穴を覗き込んだ先。
そこには、緑と黄色の、僕の胴体より太い芋虫がいた。
「!?!?!?」
「待って、火球はダメ! 燃えちゃう!」
叫んで崩れた詠唱で火球を唱えようとしているマリーの口元を抑え、
抱きしめるようにして引っ込める。
ちょっと手の先に柔らかい感触を感じたけど、
今はそれどころじゃなく、慌てるマリーを落ち着かせるべく抱きしめ続けた。
「こっちには来てない……彼女さん大丈夫?」
「ありがとうございます。マリー、落ち着いた?」
ミルさんやみんなに見られたままで抱きしめるというのも
気になるところだけど、腕の中のマリーが静かになっていったところで顔を覗き込む。
こちらをいつもの瞳で見つめ返してきたので大丈夫と判断して手を離す。
「ふはー……お騒がせしました。さすがにあれは混乱しちゃいました」
「あはは、私もそうだよ。わかるわかる」
ミルさんの明るい声がみんなの意見を代弁している。
その証拠にダグラスさん以外の兵士や僕も頷いているからね。
あれは誰だってびっくりだ。
どうやら夢中で樹液を舐めているようで、こちらには気が付いていないようだ。
「やりますか」
「私とてなんでも戦えればいいというわけではないのだがね、その辺はよろしく頼むよ」
どうやらダグラスさんは慌てないように我慢していただけということを知り、
妙な親近感のような物を感じながら僕達は芋虫の背後に躍り出る。
キャタピーがうじゃうじゃいるような感じです。
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