MD2-084-小話「ガールズサイド~マリアベル・オルファン~」
視点が違うとかなり新鮮な感じでした。
「あはは、いっぱい怒られちゃいました」
夜の部屋に、私の声だけが響きます。
昔のまま、掃除が続けられた私の……部屋。
私がこの部屋を使わなくなったのはもう何年も前の事。
さすがにラークもそんな年の子の部屋に興味はなかったみたいで、
物が無くなっているとか、変に散らかっているとかそういうことはありませんでした。
子供のころ、今も……子供なところはありますけど、
当時はひどく大きく感じたベッドも今はちょうどいい大きさ。
湯あみの時間まで、一人過ごすことにしてここに戻ってきたのです。
決して、ファルクさんを置いてきたというわけではない……ですよ?
ファルクさんは折れてしまった腕をメリクさんのポーションで癒されながらも、
無茶をしたことで一緒に怒られました。
まあ、それはそうですよね。
ちょっと行ってくるだけだから、といって出かけた2人のうち、
1人は大怪我、もう1人も魔力が尽きて疲労困憊、ですから。
休息の後、事情を聴かれて……あんなに怒られたのは久しぶりです。
ランドル叔父様は、ファルクさんを男の話がある、とか言って連れ出してしまいました。
私はこれ幸いとそこから抜け出してきたんですけどね。
今のうちに湯あみの準備をして、
疲れて戻ってくるであろうファルクさんに攻撃の準備です。
疲れてだらーっとしてるところにふわりと漂う香油のほんのりした香り。
これです、お母様もこれで仕事終わりのお父様と上手くいったと日記にありました。
「お母様……お父様……」
一人、ランプだけの部屋にいるとやはり、少し気持ちが暗くなります。
それでも、思い浮かぶ両親が悲しむ姿ではなく、
優しく微笑んでいるのは、区切りがついたからでしょうか?
ぽふっと、はしたなくベッドに転がって天井を眺めると、
思い浮かぶ幼いころの記憶。
ファルクさんやみんなの前では強がっていましたけど、
やはり、親がいないというのは寂しいものです。
でも、これでちゃんと両親を見送ることができたと思います。
後は、私の心のままに人生を生き抜くのみ、です。
きっと両親も、特にお母様は私を応援してくれると思うのです。
でも旅の途中でもしそうなったら帰らなくてはいけないので
何か考えておかないといけません、ええ。
──リーン
「鈴……?」
そんな時、誰もいないはずの部屋に鈴の音が響きました。
小さめで、でも耳に妙に届く可愛らしい音。
それは何かから、ではなく直接私の頭に響いているようでした。
しかも、暗いはずの天井にうすぼんやりと揺れる鈴の絵が浮かんでいます。
(なんでしょう?)
そっとその鈴に触れると、何かがつながった気がしました。
『あーあー、聞こえるかな? マリー』
「あら、この声は……」
そう、聞こえてきたのはファルクさんのご先祖様という方の声でした。
戦いの最中、少しだけ聞いた声はご老人とは思えないほどの若い物でした。
今もまた、どちらかというと叔父様より若いほどです。
『突然すまないな。聞こえていたら声に出すか、心で強く念じてくれ』
(こう、ですか?)
さすがに一人で喋ってるのを聞かれては恥ずかしいと思った私は、
心の中で戸惑いながらも呼びかけに答えてみました。
すると、言葉はありませんでしたが何か伝わってきます。
こう、笑っている顔、みたいな絵です。
『ファルクにはもう聞こえなくなってる、とは言ってあるけども、
伝えることがあったので呼びかけさせてもらった』
声だけですけど、真剣なことがわかります。
私はベッドから起き上がり、大事な話を聞く姿勢となって耳を澄まします。
本当はどの姿勢でもしっかり聞こえると知ったのはそのすぐあとなんですけどね。
『まず、あの力はファルクがそばにいればマリーも使える。
例えば手をつなぐといったようなことは次からはいらない』
あら、残念です。
せっかく、勝利のためです、と言って手を握る計画が……。
『が、ファルクには言ってないからな。今思ったことは実行してもらっても構わない』
(もう、聞こえているならそう言ってくださいよ)
気が付かず、強く思っていたようで見事に私の考えは伝わってしまったようです。
でも、ご家族から許可を頂いたのですから問題ないでしょう。
その後も、階位は上がるほど次に上がりにくくなるので
この切り札が使う機会をしっかり見極めるように、といったことや
呼びかけたいときは心の中で呼べばつながる、といったことを教えていただきました。
(ありがとうございます。ファルクさんのおじい様)
『おじ……まあ、そうだよな。おほん、では年寄りから一言。
暴走気味な子孫だから、マリーの様な子に捕まえておいてほしい』
(お願いされるまでもありません。がっつり、しっかり、捕まえます!)
心の中で言い切った私に、何故だかおじい様は押し黙ってしまいます。
問いかけようとすると、ではまたな、とつながりが切られてしまいました。
「むう、男の人って難しいです」
一人つぶやき、また時間を潰す作業に戻りました。
そして、湯あみの時間となったので
念入りに全身洗い、身だしなみを整えなくてはいけません。
旅の時には、もう横になるだけなのでさっぱりすることの方が大事ですけど、
この場所での夜は違います。
そう、夜は女の戦いの時間なのです。
私の帰りを待っていてくれた侍女の人達は
ここぞとばかりに細々と買い集めていた香油等を取り出してきてくれます。
「あ……これ」
「覚えていらっしゃいましたか」
私のつぶやきに、そんな侍女の中でも一番の古株であるサリーシャが笑みを浮かべました。
私もその香油の瓶を抱きしめるようにして目を閉じます。
忘れるわけがありません。
これはお母様がよく使っていた物。
領内で栽培されている花を漬け込んだ物です。
幼い頃、抱きしめてもらった時によく香っていた物と同じ香りがします。
怖い夜も、同じベッドで寝ているお母様から
この香りが漂うだけで安心してしまった子供のころの私。
「ずるいですよ、サリーシャ」
「何をおっしゃいますか。マリアベルお嬢様が
私達を泣かせた涙の量はそれぐらいでは足りませんよ」
思わずこぼれた涙への愚痴。
サリーシャもまた、私をやさしく抱き留めてくれます。
そのぬくもりに、私は……。
ああ、自分の家族は血のつながった相手だけではないんだ。
そう思うことができたのです。
「さあ、ファルク様はお若いですからね。
細かい事には気が付かないかもしれません。
ある程度は直接的に訴えかけなくては」
「直接的に? ど、どうしましょうか」
気が付けば、サリーシャ以外にも侍女の皆さんがうんうんと頷き、
私に迫ってきています。
「まずは全身、磨かせていただきますとも!
幸い、あちらのお怪我はもう治った様子。
であれば今晩にでも大丈夫ですよ!」
「えっと、何が……と聞いてはいけないのですよね。
わかりました。私もオルファン家の娘です。やりましょう!」
そして、生まれ変わったように変化した私にファルクさんがどう対応したかは……。
2人だけの秘密です。
感想やポイントはいつでも歓迎です。
誤字脱字や矛盾点なんかはこーっそりとお願いします。




