MD2-078「懐かしの街-1」
騒動の後の話は思ったよりも早く動き始めた。
エルファーダ家のみんなに別れを告げ、
僕とマリーはランドルさんの乗って来た馬車に
追従する形でオルファン領へと向かうことになった。
出発する前に、冒険者ギルドなどにある緊急用の連絡手段で
王都へと審問官の要請をゴルダさんとランドルさんの連名で行った。
王都へと輸送予定の鉱石が滞ってることへの
言い訳と言うか、申し開きということになるらしい。
連絡を行った魔道具は魔法ラジオというらしく、
使う魔石によって大陸の端まで届くというからすごい物だ。
ご先祖様は、改良されている気がするといっていたから
発掘品ではないことになり、再び驚く。
ともあれ、僕達は馬車を1台借り受け、
ランドルさんと一緒に旅路となっている。
別所で待機し、話を後から聞いた形の馬車の人達には同情するけど、
貴族に仕えるっていうのはきっとそう言うことなのだと思う。
出発時には困惑の気配が全員にあったけど、
オルファン領の屋敷に着くころにはそれは大体収まっていた。
「もうすぐマリーの実家なの?」
「そうですね。ひどく懐かしい気がします……」
マリーは近づいてくる街を見て、様々な感情を一緒に吐き出しているように見える。
話によればマリーは10歳ぐらいから家にいなかったはずだ。
しかも両親とは死別。
行方不明にとどまっている僕のほうが恵まれている……と言えるのかもしれない。
『彼女はすごい子だよ。もう生きていない俺が言うのもなんだが、
近しい家族が……もういないんだぞ?』
静かにご先祖様に言われ、僕は馬車の席の上で凍り付くように固まる。
元気なことが多いマリーの姿からは普段考えることが無いけど、
そういう……ことだ。
どんな言葉が正解なのか。
考えるより先に、僕は隣に座るマリーの手を握った。
こちらを驚きの表情で見るマリーに僕は微笑むことで答え、
マリーもまた、さっきより僕の近くに座り直すことで応えてくれた。
ご先祖様がわざと黙ってくれてる気配をなんとなく感じながら、
僕達は道を進む。
しばらくして、街の奥に大きめに屋敷が見えてくる。
恐らくはあれがマリーの実家だろう。
それなりの賑わいを見せる道を抜け、
馬車を専用の場所へと止めて屋敷へと向かう。
使用人と思わしき人たちがランドルさんとマリー、
そして僕を見て様々な表情で持ち場に戻っていく。
ランドルさんはそれを見、寂しそうな顔をしながらも
かぶりを振って僕達を先導して歩き出す。
「叔父様」
「言うな、マリアベル。これは私が受けるべき諸々なのだ」
マリーへと言い切ったランドルさんの言葉には強さがあり、
覚悟を決めた人間の言葉であると感じられた。
やはり、ランドルさんは身を引くだけではなく、
息子の犯した罪も自分自身が一緒に受けるつもりなのだ。
ラークは簡単に言って、良い後継ぎとは思えない人柄だった。
短い間だったけど、恐らくは自分勝手に欲望を満たしていたのだろうと感じる。
そうでなければ、ラークがいないことに戸惑いだけでなく、
何かが起きたのだとほっとするような感情が表に出ることは無いだろうからだ。
人の口に戸は立てられないとよく言われる。
きっとラークのしてきたこともそうなのだろう。
むしろ、そんな状況でも辞めていかないところに
彼らの思いを見た気がした。
屋敷の中でひときわ大きな扉をくぐった先は執務室と言う名前の似合う場所だった。
「審問官が来るまでにここで引継ぎを行おうと思う。
そののち、処罰がはっきりする段階でマリアベル、君の継承を布告しよう」
淡々と、ランドルさんはそう口にして
まずは、と決済の印鑑であろう四角い物体をマリーに差し出す。
あきらめとも違う、独特の感情がそこには見て取れた。
「叔父様の覚悟、気持ちはわかるつもりです。でも……」
マリーは優しい子だ。
こんな状況でも、叔父さんであるランドルさんが
自ら処刑台の上に立とうということがどうにも納得がいかないようだ。
今の僕にはその気持ちがわかる。
移動の途中で聞いた話からすると、
マリーの面識のある親族はもう、彼ぐらいなものなのだ。
遠縁に女系の親族はいるそうだけど、
まともに出会ったことも無く、領地運営に入ってもらうのは難しい立ち位置なのだという。
「おとがめなしという訳にはいくまいよ。処刑がどうなるかは審問官次第ではあるがな」
オルファン家の領主は代々この意匠の外套をまとうのだ、
とランドルさんは自らの外套をマリーに着させる。
勿論、体格の問題からひどく不格好ではあるけど、
マリーにとってはもしかしたら見た目以上に
その重圧ともいえる何かがのしかかってるのかもしれない。
「……わかりました。時間が来るまで、しっかり教えてください」
それでもマリーはぐっとこらえ、ランドルさんを見返した。
そこにいるのは最初に出会った時に謝ってきたような慌てる少女の姿は無く、
背負うことを決めた覚悟のある人間の姿があった。
僕は言葉を発せずにぎゅっとこぶしを握る。
ちゃんと、力になってあげないと。
『まずは乗り切った後だが、一緒に旅に出るわけにもいかないしな……』
そう、マリーにはこのオルファン領を引き継ぎ、運営する立場になる。
となればいくらなんでも一緒に命がけの旅路に出るという訳にはいかなくなるのだ。
僕自身の目的を達成するには僕だけで旅をする必要がある。
そのうち、その……隣に立つために戻ってくるつもりではあるけども。
「まずは……そうだな。馬鹿息子の顛末をしっかりと屋敷に通達するか」
重い吐息と共にランドルさんが言い、僕にとっても気の重い時間が始まる。
と言っても話せることはあまり多くない。
ラークの暴走、ランドルさんがそれを強くとがめなかったからこそ起きてしまったこと達。
今後の事、マリーの事。
事実を伝え、領地の運営に困るような財政状況ではないので
雇うのに問題が出る状態ではないことを説明するランドルさん。
使用人の人達は青ざめていたり、何かに怒って顔を赤くしている人、
誰のためにか涙を流す人、様々だ。
そんな彼らも、ランドルさんが最終的に処分を自ら受けるために帰って来たことを伝えると、
全員が驚愕を顔に張り付け、僕やマリーの方も交互に見る。
収拾が付くのかな、と考えた時だ。
一人の家令さん、だいぶ白髪の混じった執事の似合うおじいさんが1歩前に出てきた。
「遅すぎる、と人は言うであろう結果となりましたな、ランディー様」
小さく、それでいてはっきりと耳に届くその声には冷たさよりも憐みが多いように感じた。
マリーが小さく、じい、とつぶやく当たり前々からオルファン家に仕えていた人ということかな。
「耳が痛いどころではないな。子供のころに言われたことができていなかったということだな」
ランドルさんを愛称で呼ぶ執事さんはきっとラークの行動なども
ある程度知りながら、家を見捨てるということは出来なかったのだろう。
忠誠、忠義。
そんな言葉が頭をよぎり、僕の胸に色んな感情が飛来する。
その後、いくつもの言葉が使用人の人達からも飛び交い、
騒々しいながらもその場は解散となる。
本番は審問官が来てからだ。
それから1週間と少し。
貴族の世界ってのはややこしい。
僕は今、心の底からそう思っている。
序盤のちょっとしたシーンで自分でしんみり来てしまいました。
感想やポイントはいつでも歓迎です。
誤字脱字や矛盾点なんかはこーっそりとお願いします。




