MD2-076「道具に善悪はあるのか?-6」
砂糖を吐くのはもう1話お待ちください。
「終わっちゃいましたね……」
「うん……」
目の前の出来事に呆然とセリス君がつぶやき、
僕もそれに言葉少なく答えることしかできない。
視線の先には細かな砂のように崩れ落ちたゴーレムだった何か。
指輪と靴だけが持ち主の証とばかりに光を反射していた。
明星を握る手にもあまり力は入らず、
だらりと下がった切っ先が庭に突き刺さっているのがわかる。
肉体的な物ではない疲労のような感覚。
思えば、今までこの手で殺してしまった相手は
盗賊であったり、怪物であったり、
あるいはそれ自体が目標となる相手、重騎士等だった。
自分にもっと力があれば他の手段も取れたのだろうか?
無力化し、元に戻る手段を探るといったことも出来たのではないか?
そんな考えがぐるぐると自分の中に産まれるのを感じ、首を振る。
どうやったところで目の前の現実は変わらないのだ。
「ラークは馬鹿であったが息子だった。私が、止めるべきだったのだ」
と、そんな僕の頭を冷やすかのように絞り出された声が後ろから聞こえる。
泣き崩れ、顔を両手で覆うランドルさんの物だった。
「いつからですか? まさかとは思いますが」
マリーは言いながらランドルさんの体を起こす。
魔法使いで小柄とはいえ、マリーもなんだかんだと戦闘をこなしている冒険者だ。
思ったよりも力があったのだろう、ランドルさんは驚いた顔をしている。
「そのまさかさ、マリアベル。本当の関係はわからんがね。
あの日のころには指輪を手にしていて、いつの間にか息子はゴーレムを呼べるようになっていた」
思い出したように表情を暗い物にし、それだけをつぶやいて押し黙ってしまうランドルさん。
よほどの衝撃なのだと思う。
目の前で息子が異形となって、いなくなってしまったのだから。
ラークがいた場所を見る視線はうつろなようにも見える。
僕がその手にかけたわけで言葉も無いけども。
「ひとまず部屋に。話はそちらで聞いてはいかがかな。
メリク、ファルク君。あの指輪や靴は触ったらまずそうかね?」
「あ、ちょっと待ってくださいね。確認してみます」
何故だかゴルダさんは僕の事を妙に信用している。
普通に考えたらまだまだ僕やマリーは冒険者としては熟練とは言えない。
これが貴族としての目利きってやつなんだろうか?
その期待に出来るだけ答えないとなと思う。
近寄って来たメリクさんに頷き、
ラークだった物の残骸の中にある指輪に近づき、良く調べる。
見た目は大きめの宝石がついたただの指輪だ。
『この石……精霊銀を圧縮した魔石だな』
(精霊銀を圧縮するとこんな風になるんだ?)
ご先祖様の鑑定に心の中で驚きの声を上げる。
透明ではないけど、向こう側がかろうじて見えそうな透明感だ。
銀、と名前が付くように精霊銀は鉱物であり、普通に扱えばちょっと特殊な銀、でしかない。
とてもこんな透明にはならないのだ。
「精霊銀……の魔石のような」
「ほほう……確かに。今じゃ作ろうと思っても作れんの。
大方発掘品の魔道具あたりじゃろう。いつの物かはわからん」
魔力のこもったポーションを作る時に必要だという手袋をメリクさんが取り出し、
それを鑑定した僕は大丈夫そうだと判断してそれによって指輪をつまむ。
靴の方はたまたま残っていただけの様だった。
皆無言で、別室へと移動する。
こんな時でも冷静に仕事をこなしてお茶を用意する使用人の皆に内心感心しつつ、
僕は促されるままにお茶に口をつけ、自然と吐息が出てしまうのを感じた。
「ゴルダ殿。お手間ばかりで申し訳ないが、自分の領主代理の返上とマリアベルの領主就任、
その立ち合いをお願いできぬか?」
「私は構わんよ。彼女、いやこれでマリアベル殿と呼ぶべきか。
息子がお世話になっているわけだからね。貴公はどうするのだ。
簡単に言えば、脱税ということで王家からの処罰が待っているとは思うのだが」
ラークを失った悲しみにか、外では悲壮な雰囲気をまとっていたランドルさんであったが、
部屋に戻って言葉を紡ぐ頃には出会った時の様な姿を取り戻していた。
子の切り替えは大人だからか、あるいはもう予想していた結果なのか。
なんとなく、予想していた気はする。
そうでなければ、ラークのためにももっと早い段階でマリーを探し出すなりして
継承権を失わせるような対処をしておけばいいはずなのだから。
「無論、処罰は甘んじて受ける予定だ。これ以上オルファン領内で混乱を産むわけにもいかぬ。
マリアベルに引き渡す際に少しでも余分な物は無くしておかねばな」
覚悟を決めた様子のランドルさんは自分が処罰を受けることを
回避するつもりが無いことを宣言した。
税を納めない、しかもそれがわざととなると僕が知る限りでも
個人への罰としては処刑もありうるはずだ。
不作などの時には免除もありうるし、
普通の村や町で住む人が処刑までされることはまずない。
あるとしたら、わざと大きな儲けを隠していた商人や
よほどのことに限られる。
「叔父様……そんな……叔母様はどうされるのです?
確か、前から体を悪くして静養のために王都の診療所にいらっしゃるはずでは」
マリーがそんな発言を聞き、僕が普段聞かないような口調でランドルさんに問いかける。
やっぱりこうしてると良いところのお嬢さん、だよねマリーは。
(そうか、王都に行きたいっていってたのはもしかして?)
最初は継承の問題を訴え出るのに王都に行きたいのかと思っていたけど、
どうも違うようだから不思議だったんだよね。
「妻は……手遅れだったよ。中が駄目でね。腕のいい薬師に薬は頼んでいたのだが……。
思えばその薬師や、当時屋敷にいた使用人らもひどいことをしてしまった。
厳しく叱責したばかりにいつの間にか姿を消してしまったのだ。
薬師の名はゲイル。もし見かけたら知らせていただきたい」
和やかな空気を目指したはずの部屋が凍り付いた気がした。
どうしてよりにもよってそこでこの名前が出てくるのか。
「う、うむ。容姿等はどのような相手なのだ?」
どもりながらもゴルダさんはそうランドルさんに答え、額の汗を拭いている。
そうしてランドルさんが言うゲイルらの特徴はまさに本人の物だった。
「いつの間にかどこから買い入れたのか高価そうな装身具を身に着けていてね。
普段なら使用人に相応しくない物は外して仕事するように、というぐらいだったであろうに
どうせ倉庫から盗んだものを売り払うか、薬代をかすめ取ったかしたのだろう、と。
人の事はもう言えないが、その時はそう失跡し、半ば追い出す形になってしまったのだ」
後悔を口にするランドルさんの表情は本物に見る。
いや、可能性として考えてはいたのだ。
ゲイルやカイさんに捕まえられた使用人たちだけでは計画を実行する旨みが無い事、
いざという時に何とか出来るだけの後ろ盾がなければ不可能であること、
そもそもゴルダさんたちが巻き込まれた事故も事故ではなかったのではないか。
そんな考えの元、犯人として疑っていたのはランドルさんやラークだったのだ。
ランドルさんが嘘を言っているのか、本当のことを言っているのか。
僕にはどうにもわからない。
恐らくそれはマリー達も同じなのだろう。
言葉なく、困惑の表情が貼りついている。
ではラークが全てを主導したというのか?
死人に口なしとは言う物の、すべてを押し付けるにはラークの言動は穴がありすぎる。
何より、ゲイルらが出ていったというのが本当ならランドルさんや
ラークのために動くはずがないのだ。
しかし、彼らは尋問にこう答えている。
──エルファーダ家がオルファン家と一緒になればより幸せになれるから
と。
これがラークとスィルさんの結婚などを示しているのかまでは具体的に言っていない。
だけど、それ以外に方法が無いのも事実だ。
いったい彼らは……。
『……昔の魔道具には、洗脳の様な非道の結果を紡ぐものもある。
正しくは、その効果を受けるとそれが本当だと思い込むようなそう言ったものだ。
この指輪の力ならそう言うことも出来なくはないかもしれない。
だけど、それだけじゃ足りない。受ける側にも何か……』
ご先祖様の悩みの声に、僕も色々と考える。
ランドルさんの言動が嘘なら、話は早い。
あやふやにした挙句、自分ははっきりした疑惑で処分されることで
話を収めていくためだ。
同じ死でも出来るだけ死後悪くは言われたくはない物だからね。
でも、話が本当なら……?
どうにかしてラークが言いくるめ、彼らに作戦を実行させたことになる。
「ふむ。良くわからぬが、その装身具らは見るからに高いとなると
金銀での派手な物だったのかね?」
落ち着きを取り戻したゴルダさんの問いかけにランドルさんは首を振る。
「いや、素材は……ふむ、なんであろうな。
黒く、吸い込まれそうな物だった、小さいながらも魔力を感じたので
何らかのマジックアイテムだと思っていたのだ。
そうだな……この指輪の色に似ているような……」
そこから先の事はどれぐらいの時間の出来事かよくわからない。
ランドルさんの言葉に皆の視線が机の上に置いたままの指輪に注がれ、
指輪が陽光を反射して光ったかのような感じの後、
僕が動くより早くご先祖様は僕の体で何事か魔法を唱え、
周囲に障壁のような物を展開した。
指輪から黒い光が膨れ上がり、
僕が咄嗟にマリーの手をつかんだのと僕からあふれる白い光と
指輪からの黒い光がぶつかり、僕は意識が遠ざかるのを感じたのだ。
ずっと善行の持ち手と過ごした魔剣と、ずっと悪行の持ち手と過ごした魔剣。
元は同じ状態の魔剣だったとして果たしてその将来は……。
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