MD2-075「道具に善悪はあるのか?-5」
ラークだったモノ。
獣の皮を乱暴に被ったような物と言えばわかるだろうか?
姿は確かに人の形をしているけど、明らかに……異質だ。
そいつの赤い瞳が、なぜか別々に動き僕とマリーを見た気がした。
「危ないっ!」
迷わずの横っ飛び。
足裏に感じる魔力から僕は風の魔法を使っていたんだと思う。
魔法とも言い難い、足裏に一瞬だけの展開。
「きゃっ」
それでも普通に走るよりは速い動きを僕に与えてくれ、
左腕でマリーを抱えて転がる。
庭の上だから土だとかがあちこちにつくけど考えてる暇はない。
重さが見ているだけでわかる動きで
マリーがいた場所を太い腕が通り過ぎる、がそのまま。
『ドコイッタアアア』
(コイツ、見えてないのか?)
ラークだったモノ、ラークゴーレムとでも呼ぶべきものは
僕達が急に消えたように見えたらしい。
首をしっかり上下に向けることができないのか、そのまま左右に首を振っている。
このまま下にいたら見つからなさそうだけど、
その代わりに他の人が襲われても厄介だ。
「マリー、下がって。ほら、こっちだ!」
立ち上がり、相手の視界に入ってやるとぎょろりと見られた気がした。
(ははっ、やばそうだねえ)
魔物と比べてそん色ない……殺気。
そして僕の胴ほどもある腕は破壊力はすごいに違いない。
気配から、カイさんら兵士の人達はゴルダさんらの護衛に回っているのがわかる。
本音を言えば、誰かしら手伝ってほしいところだけど
果たしてこのラークゴーレム相手にどこまで有効か……。
それに、今のラークゴーレムを倒せばきっと……。
「エアスラスト!」
三度、僕の魔法が風の塊となってラークゴーレムに迫る。
『グウウウ!』
威力は実際にはほとんどないけど、ラークゴーレムは何やら苦しそうな声だ。
じわりと、その体が後退する。
「森の魔手!」
高らかにマリーの声が響き、庭木を元にした緑色の鎖が
拘束具となってラークゴーレムに迫り全身を拘束する。
これならしばらくは持つはずだ。
「ファルクさん、どうしましょう」
「みんなには下がってもらって腕か脚をなんとかするしか……でも、あれは戻るのかな……」
『恐らく、無理だ。時間をかければある程度なんとかなるかもしれんが……』
セリス君とのやり取りの後、
頭に聞こえるご先祖様の小さく、そして冷たい声。
ご先祖様はこういう時、嘘は言わない。
何故なら自身で言っているようにご先祖様もあくまでも道具だから。
『そうだ。求められれば何かをするが、目標や目的を押し付けることはできない。
きっと……アイツのあの指輪もそうだったはずだ……』
つまりは、今のラークゴーレムの姿は求めすぎた結果なのだということ。
あの指輪が喋るのかどうかは僕にはわからないけど、
ラークはその手段が何を産むのか、予想できなかったということになる。
「構わん」
そんな僕達に、声が届く。
ちらりと振り返れば、エルファーダ家の兵士に囲まれて
青ざめた表情ながら立っているランドルさん。
「少なくとも、もう息子は国内での罰を免れまい。
遠慮してこれ以上被害を出すわけにもいかん……いかんのだ」
絞り出すようなその声は、息子であるラークへの死刑宣告とも取れる物だった。
「わかりました。下がっていてくださいね」
僕はそういって明星を構えなおす。
どんな親だとしても、子供を見捨てるという選択肢を
簡単に取れるはずがない。
その一歩を踏み出させてしまったことに僕はラークへと言いようもない怒りを覚えた。
それに、僕はまだ忘れたわけじゃない。
彼の、マリーに向けた視線と言葉の失礼さを。
「ラァァーク!」
僕は半ば確信をもって大きく呼びかけた。
「ヴ? キヤスクナマエヲヨブナア」
視界がだいぶ狭いのか、声に反応してこちらを見たラークゴーレムは叫びながら
魔法の拘束にもがき、少しずつそれを壊している。
やはり、こんな状況でもラークには言葉が届いている。
意味を理解するかはわからないけど、声をかければそちらを向くのだ。
そして、ラーク本人の感情というか、感覚もそのまま。
「何度でも呼んであげるよ! 情けない奴め!」
だからこそ、挑発だって効く。
ついにマリーの魔法から逃れたラークゴーレムが音を立てて僕に迫る。
当たったら骨折は免れない。
当たったら、ね。
余裕を持って回避し、伸びきった腕に当たる部分に明星をぶつける。
切り上げるような形になった一撃は僕が思った以上にしっかりと食い込んだ。
「斬岩剣! さっきより脆い!?」
ラークゴーレムが僕の方だけを向いてるのを見たのか、
セリス君が死角となる方向から切りかかり、その手ごたえに声を上げる。
『きっと融合というか結合に力の多くが持って行かれてるな。
強化するということを考えることもできないんだろう。
ゴーレムがやられたら自分が痛い、それは嫌だ、だったら別じゃなければ、ってな』
攻防の最中、そんなことが響いてくる。
助言もしてくれるご先祖様の方がどちらかと言えば変、ということだ。
そうこうしてる間にラークゴーレムはあちこちにヒビやカケが出てくる。
僕達の攻撃の合間にぶつかるマリーの魔法も表面をえぐることに成功している。
が、まだ決定打にはなっていない。
「イタイ、イタイ! マダアアア!」
「うわっ!」
狂ったように両腕を振り回すラークゴーレムから距離を取り、
様子を伺うと足元に何かの塊が落ちた。
「? 石?」
そう、僕が見る限り硬そうな鉱石、いや……生成された金属の塊だ。
ゴーレムから剥がれ落ちたにしては形が整っている。
(僕と同じ! 仕舞い込んでるんだ!)
僕のその言葉が聞こえたわけではないだろうけど、
ボトボトといくつも飛び出してくる。
いつしか小山のように積みあがった金属塊。
そして、僕達が止めることもできずにそれはゴーレムに吸収されていく。
一回り大きくなるラークゴーレム。
「コレデエエエ! イタクナアイイイイイ」
勝利を宣言するかのように空に顔を向けて叫ぶラークゴーレム。
確かに、痛くないかもしれないね。
でも……もう君は勝てない。
「マリー、セリス君、核は恐らくここだ。援護宜しく」
僕は自分の左胸当たりを指さし、明星の切っ先を相手に向ける。
2人が頷くのを見て僕は駆け出す。
ラークゴーレムは確かに硬く、たぶん普通に切り付けても意味がないような姿になった。
でも……重すぎてまともに動けなくなっていることに自分で気が付いていない。
既にその場で両腕を無理やり振り回すことしかできていない。
それもゆっくりとした動きだ。
「ラーク! もう終わりだ!」
「オワリ? オワリジャナイ! スィルモマリアベルモミンナボクノモノダ!」
敢えて叫んでやれば、こちらを向くラークだったころの瞳。
ゴツゴツしたゴーレムの体にあって、それだけは人間のソレだった。
「誰が貴方のものですか!」
背後から響くマリーの声と共にさく裂する火の魔法と雷の魔法。
それは重さのあるラークゴーレムすらのけぞるような物で、
大分マリーが魔力を込めたことがわかる。
その隙にすべり込むようにセリス君が飛び込んでいく。
「お姉様はお前なんかに渡さない!」
大振りの攻撃を回避し、セリス君が飛び上がるようにして剣を振るう。
勿論スキルの斬岩剣を乗せた状態で。
セリス君はほかに攻撃用のスキルを持っていない。
それは融通が利かない、状況を打開する手段が少ないといえるかもしれない。
でも、逆にそのスキルの使い方に特化できるということでもある。
事実、セリス君の攻撃はスキルの効果を如何に最大限発揮するかという物になっている。
人型であればどこに力が入らなくなれば……立っていられなくなるのか。
そんなことを考えられた攻撃がラークゴーレムに襲い掛かり、
その膝をつかせることに成功する。
僕は両手で明星をしっかり持ち、雷の魔法を魔法剣として突撃する。
「ホーンストライク!」
狙うべきは、心臓の位置。
勢いと体重を全て乗せた一撃は鈍い音を立て、切っ先が沈む。
でも、まだ核には届いていない。
「アアアアアア!」
だから、ラークゴーレムもまた、動かせない体にか、痛みにかわからない声を上げる。
丁度僕の目の前に相手の顔が来ていた。
だから、僕は言う。
「マリーがお前の物だって? いいや、違うね。
彼女は僕の相棒だ! 誰にも渡すもんか!」
体中から魔力を練り上げ、切っ先に込める。
僕の声に、ラークゴーレムの瞳がこちらを向く。
そこにあるのは怯えか、怒りか。
それはもう関係のない事だった。
僕が僕の意志で、彼の灯を消すのだ。
「ライオネルバンカー!」
切っ先からあふれ出す黄色い光。
どの属性にも同じ型の魔法があれど、
接触していないと使えないという普通の魔法使いには全く無意味な魔法。
魔法剣士とでも呼べる僕だからこそ意味のある魔法だ。
落雷が産まれたような光の槍が切っ先から産まれ、
そしてラークゴーレムの核を貫いた。
「ウア……アアア……」
最後にラークが残したかった言葉はなんだったのか。
ただのうめき声かもしれないし、あるいは謝罪かもしれない。
ラークゴーレムが崩れ落ち、残骸となって散らばる中。
そこに……ラーク本人の姿は無く、
ずっと履いていたであろう靴と、謎の指輪だけが残っていた。
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