MD2-073「道具に善悪はあるのか?-3」
二本足のカエル……もとい、マリーの従兄は一言でいえば樽のようだった。
着ている物は質がよさそうだけど、
その中身はそれに見合ってるとは言い難いな、と思ってしまった。
冬だというのに汗だくで、あちこちが汗なのか油汗なのかわからない染みになっている。
『この姿……足元のあの靴、体重計減の奴じゃないか?』
(……そうだとしたら贅沢というか、無駄というか)
そんなことを僕が考えていた時、ゴルダさんはあからさまに顔をしかめる。
それはそうだろう。
大事な娘をお嫁に出す相手となれば少しでもいい相手をというのが親心だ。
とても目の前の相手は……。
ちらりと、彼の指に妙に大きな石の付いた指輪があるのが見えた。
『あれだ。アレがおかしい気配の素だ』
(魔道具? ううん、これはご先祖様を見つけた時に近い!)
「ランドル殿、これはいささか酔狂が過ぎるのではないかな?
私の目には嫁入り前の娘どころか妻までも巻き込まれているように見えるがね」
考え込む僕を他所に、敢えてマリーの事を言わず
言外に皮肉というか圧力をかけるゴルダさん。
マリーの事はランドルさんだって目に入っているはず。
そこで敢えて身内がいるのに、と言わないところは見習いたい。
「ラーク! この馬鹿者がっ!」
本気か演技か、いまいちわからないけれどランドルさんはそう怒鳴ると
なおもスィルさんたちに歩み寄ろうとするマリーの従兄、ラークの襟をつかみ引っ張った。
「だってパパ。どうせ一緒なんだから、ちょっと早くなるだけだよう」
「いい加減なことを言わないでいただけます?
承諾した覚えのない話を持ち出されても困りますわ」
余所行きの表情とわかる顔でスィルさんはそう言い、
そっとゴルダさんの後ろへと回り込んだ。
その横にはセフィーリアさんと、マリー。
どちらも着替えは済んでいるようだけど、緊張した面持ちだ。
「お詫びの言葉も無い。静かだと思ったらまさかこんなことを」
ゴルダさんへ向け、ラークの襟をつかんだままでランドルさんは頭を下げる。
僕は貴族の作法とかに疎いけど、そう簡単に頭を下げるということは無いと思う。
となると彼の態度は本物……?
「相変わらず欲しい物を我慢するということかできないんですね」
悩む僕の耳に、いつもとは違う硬いマリーの声が届いた。
ラークを見る目は冷たい。
僕が初めて見るマリーだった。
そんなマリーの声の硬さに気が付いているのかいないのか、
ラークは目をぱちぱちとさせ、マリーを見るとその表情を笑顔にした。
笑顔というにはゆがんだ、ちょっと見ているこちらが引きつりそうな物だったけども……。
「なあんだ、マリアベル……生きてたんだ? だったらキミでもいいよ。うん」
きしんだ音は空気の凍った音か、
見守っていたエルファーダ家側の誰かの物か、
あるいは僕の物だったかはわからない。
それでも、親の前で娘を侮辱したことには間違いない。
『今は抜く場所じゃない。我慢しておけよ?』
ご先祖様の声も少し遠くに聞こえるほど、僕は怒っていたのだ。
が、それ以上に怒っていたのは誰でもない、ゴルダさんだ。
「……ランドル殿。快方祝いはありがたく受け取らせてもらう。
が、お帰り願えるかな? さすがにこれでは領主代行の名前に傷がつくと思うのだが?」
「仕方ありませんな。時期を置いてこの話は……」
怒鳴りつけるということはしなくても、怒気という物は言葉に乗る。
下がろうとするランドルさんへ向け、マリーが一歩踏み出した。
「次回はありませんよ、叔父様。私が、戻りますから」
「マリアベル……それはどういう……む」
マリーの言葉に疑問を浮かべるランドルさんが押し黙る。
彼の視線の先には陽光で輝く騎士証。
この国において、継承権の問題に一石を投じる武勲の証。
「叔父様は別として、彼にオルファン家がまとめられるとは到底思えません」
「未成年のキミでも違いは無いように思うがね」
マリーとランドルさんの視線が絡み合い、見えない炎が舞った気がした。
次にどんな言葉で戦いを始めるかと思った時、
予想通りともいえる乱入の声。
「マリアベルが継承者にだって? そんなの許されるわけがないよ!」
「自分で自分の身を守れないような方よりはマシですよ。
どうせ、その靴が無ければ100歩も歩けないでしょう?」
わめくように叫ぶラークへとマリーは冷たい言葉を投げかける。
そうか、あれがないと歩くのも無理なのか……。
僕がその靴に目をやると、いつの間にか何か靄の様なものが見えた気がした。
(あれは……? どこかで見たような)
何か引っかかる物に僕が眉をひそめた時、
わめく声が一層大きく響く始める。
一貫した中身ではないけど、たぶん自分が偉い、自分の方がふさわしいというような感じだと思う。
「いい加減にせよ! ゴルダ殿、すまなかった。マリアベルも……詳しい話は後で……」
既にカイさんをはじめとして周囲の面々が
いざとなればラークを抑え込みにかかれるように構えていることに気が付いたのか、
ランドルさんはラークを引きづって退室しようと動き出す。
が、なんとラークはそんな父親の手を振り払い、
血走ったような目でこちらを睨んだ。
「ふざけるな! ボクが戦えないだって? これを見てから言え無礼な奴らめ!」
『割り込め!』
感情をたたきつけるようなラークの叫び。
同時に気になっていた指輪と足元から立ち上る魔力に似た何か。
ラークの足元にいくつもの魔法陣が浮かび、何かが動き出す。
僕は声に従い、咄嗟にマリーと彼の間に割り込むと
後で怒られることを覚悟の上で明星を抜き放った。
攻撃ではなく何か飛んできた時に受け止めようと腹を向けた明星へと衝撃が襲ってくる。
それは魔法陣から出てきた岩の様な何か。
腕……?
「正気か!? こんな場所でゴーレムを召還などと!」
ゴルダさんの叫びが合図だったかのように、
カイさんらが素早く動き出し、守るべき相手を守れるように移動する。
視界には青ざめた様子のランドルさんが見える。
どうやらこれ自体は息子の暴走の様だ。
ともあれ、この状況は良くない。
「壊したらごめんなさい! エアスラスト!」
言い訳を口にしてから僕はラークとゴーレムへ向けて
風の魔法を打ち出し、その体を扉の向こうへと吹き飛ばした。
「ギャヒイイ!?」
ラーク自身は玉が転がるように風によって扉を破り、
廊下を転がっていく。
まあ、僕が魔法をいつもより長く維持してるからなんだけども。
「ファルクさん、取り押さえましょう!」
素早く武器、僕があげたままのマギテックソードを手に
セリス君が駆け寄ってくる。
マリーもまた、出したままの杖、花咲く森の乙女を手に駆け出していた。
「ゴルダさん、皆さんで安全な場所に!」
僕は叫び、廊下に飛び出す。
魔法で壊れた調度品や扉の値段は考えないようにして、
吹き飛んでいったラークを視界に収める。
(魔法陣が崩れてない!? しかもこれは……!)
多少なりとも変化はあるかなと思っていたのだけど、
腕だけが出ているゴーレムは無傷で、
さらに魔法陣から体を出そうとしていた。
『妙だな。アイツ、こんなことが出来る魔力をどこに隠してたんだ?』
言われ、本人を見るけどこんなことが出来そうな力は感じない。
どちらかというと足元の魔道具と、
指輪に力を感じ……って待てよ?
『そうか……』
「マリー、セリス君。あの指輪、強力な魔道具だ。
恐らく、自己強化や補助のね。それもとびきりのだよ」
最初に見た時に感じたご先祖様との出会いは外れていなかった。
同じかどうかと言えばたぶん別物なんだろうけど、
あの指輪はマズイ。
「ひひっ。半年分の鉱石を飲み込んだ力、味わうといいんだな!」
どこか遠くを見るような目で、ラークが叫び腕を空に向けて突き出す。
「くっ!」
途端、床が揺れた。
僕達の目の前で、魔法陣からゴーレムがその体をどんどんと出していく。
ここでは下手に大きな魔法は使えない。
「ファルクさん、この奥はもう庭です。そっちに!」
セリス君が剣を構えていない手で指さすのは会食もゆったりと出来そうな広い庭。
庭木も綺麗で、落ち着く場所だったんだけどね……。
敷地の外に出すのも危ないだろうという判断はさすがだ。
「わかった。出てきたら全力で吹き飛ばす。マリー!」
「はい! こんなことをして……」
マリーの言葉はラークへの憐みか、それとも……。
僅かな時間の後、ついにゴーレムがその姿を現す。
全身のあちこちが陽光にまばゆいばかりに輝いている。
総金属製のゴーレムというところか。
「「エアスラスト!!」」
再びの風魔法がその巨体を庭へと押し出すべく吹き荒れる。
(うう……弁償代が怖い)
吹き飛んでいくラークとゴーレムを追うように、
僕達も庭へと飛び出すのだった。




