MD2-072「道具に善悪はあるのか?-2」
「まあ、こんなもんじゃろ。やはり若さか、理解が速いのう」
メリクさんのつぶやきを聞きながら、僕は自分の手の中のポーションを見る。
ヒルオ草を中心に、1段階上の性能を発揮するポーションの調合練習の結果だ。
しかも野外での調合を念頭に置いた状況で、
器具も最低限、水もろ過して使うというところからだった。
(ぎりぎり及第点ってとこかな?)
『そうだな。これ以上を目指さなければ変にスキルが増えることもないだろうさ』
じっと青とも緑ともいえない不思議な色合いのポーションを見ながら、
そうご先祖様と会話する。
なんでも戦闘向きのスキルとそうじゃないスキルは習得時に悪影響があるらしく、
どっちも得ると上昇しにくくなるらしい。
しばらくは戦闘系中心で問題ない、魔力が上がればご先祖様が勝手にやれる、だそうだ。
出来れば夜中に勝手に動くようなことは勘弁してほしいところだけど、
気が付けば投げナイフや冒険に必要そうな小物がアイテムボックスに増えているので
ありがたいのは間違いない。
「ふむ……やはり、気になるようじゃの」
「はい。どう転がるかわかりませんからね」
現在のところ、僕とマリーは待機の状態だ。
いくら気になるからってこちらからいきなり乗り込むのも問題がありそうだからね。
まずはやってくるであろう新年明けの時に様子見だ。
それでも、待っているだけというのは落ち着かない物だ。
「1つ、全部丸く収まる方法はありそうじゃがのう」
「え? ど、どんな方法ですか?」
とぼけたようにつぶやくメリクさんに、僕は思わず問いかける。
その瞳にからかいの色があることにその時の僕は気が付けなかったのだ。
「あのお嬢ちゃんが継承権の行使を宣言するじゃろ?
それ自体はたぶん、簡単に行くはずじゃ。
その後、まだ若い、だとか女性領主はいつか婿を取らねばならん、等と問題になるわけじゃ。
となれば手段は1つ、お前さんさ」
「??? 僕ですか?」
なんだろう、武器を振り回して何かの式典を台無しにでもすればいいのだろうか?
「そうじゃ。旅路で運命の出会いをしたお前さんと一緒になる!
だから問題は無い、と宣言してしまえばいいのじゃ。
血の問題なんぞ、全適性の優良な血統が家に入る、とかいえば
あらかた説得は出来ると思うぞ」
突然大魔法を打ち込まれたような衝撃だった。
今さらながら、僕と彼女の立場と関係を考えてしまった。
しかも僕は彼女に告白めいた……いや、ほぼ告白をしている。
「そっかぁ……あー、後で考えます!」
ぐるぐると良くわからない感情が僕の中をめぐり、
我慢できなくなってしまったので僕はそのままメリクさんの工房を飛び出すのだった。
それから、僕は何か気恥ずかしくてマリーと上手く話せない日が続いた。
そのまま新年を迎えてしまう。
ご先祖様のお叱りもあり、なんとか彼女と仲直りというか、
ちゃんと向き合って話せるようになって次の日の事だ。
セリス君とスィルさん、僕とマリーという4人でのお茶の時間。
貴族階級の作法というものを物のついでに、と
教えてもらいながらの時だ。
何やらあわただしい気配が屋敷に漂う。
「何かあったんですかね?」
「そのうちここにも誰か来るとは思いますけど……ほら」
僕でもわかるほど、普段なら立たないような音を立てて部屋の扉が開く。
入ってきたのは、随分あせった様子のカイさんだった。
カイさんはセリス君とスィルさん、そして僕らの方を見てなぜか頷いた。
「皆さんいらっしゃいますね。良かった。
先触れなしに、オルファン家の方々が領内にやってきました。
ご準備のほど、お願いいたします」
「あらあら……マリーさん、いらっしゃい。
ご一緒しましょう」
衝撃の知らせに対し、スィルさんはどこか落ち着いた様子でマリーを誘い、
セリス君には僕の支援をするようにと言い残して部屋を出ていった。
「随分、落ち着いてるね」
「姉はカンが良いんです。そろそろだろうと思ってたんだと思いますよ。
それにしても先触れなしとは……」
僕を別の部屋に案内しながらもセリス君は難しい顔をしてつぶやく。
僕達をエルファーダ家のみんなは家の危機を救った恩人、
という扱いでオルファン家との話に同席させるつもりらしく、
今からその際の礼服の類を着込むのだ。
「短い訪問でもいついつ伺います、って出すのが先触れだっけ?」
僕は教わった作法の1つを思い出すようにして問いかけ、
セリス君が頷く姿にほっとする。
貴族の作法って、正直大変だよね。
「そうです。料理や泊まる場所の問題、そもそも主が外出中ということだってあり得ますからね。
領内の視察に出ているとなればお迎えもできません」
「それだけ焦っているか、滞在していると確信を持っている?」
執事さん達の助けも借りながら、僕は慣れない衣服に袖を通す。
チェインメイルだとかは外しておかないといけないのがちょっとね。
まあ、いざとなればご先祖様とアイテムボックスを
活用すれば有事に対応できないことも無いわけだけど。
「カイが捕まえてくれた人たちの事を考えるとどちらもあり得ますからね。
嫌な方に備えておく方がきっと、良いかと思います」
こういう時はセリス君の歳をいい意味で感じない。
立派な次期当主、だね。
そのころには僕も敬語を使うべきだし、彼ももっと口調を考える必要があるだろうけど……。
継承者を示す装飾品も身につけ、立派な若き当主、という雰囲気をまとっているセリス君。
僕は彼のそんな姿を見て、自分もしっかりしなければと思いなおす。
女性の支度は時間がかかるとは言う物の、
それは多くの場において織り込み済み。
となると、男性陣は現場である程度時間を待つのが常だ。
家柄の問題は在れど、今回はエルファーダ家は突然の訪問を受ける側。
堂々と構えていればいいという状態らしく、ゴルダさんは執務を行う部屋で待機。
僕やセリス君らはたまたまホールにいた、という扱いとなるようだった。
カイさんの報告から数刻、
ざわめきが屋敷の前までやってくる。
いよいよのようだ。
扉の開く音がして、カイさんと執事さんらを先頭に入ってくる数名。
いずれも男性で、特に前にいるのは壮年の男性。
身なりや表情を考えると、彼がマリーの叔父で間違いないだろう。
左右にいる男性は若く、立派な体格だしね。
多分、護衛兼付き人というところだろうか。
セリス君は若干驚いた表情を浮かべながらも、流れるように彼らの前に立つ。
「先日ぶりですね、ランドル様」
「おお、セリス殿。先触れ無しの訪問を謝罪させてもらおう。
お二人が快方されたと聞いてね。いてもたってもいられず、といったところだ」
その後も二人の間で何やら難しい会話が続いたところで、
奥の扉が開き、ゴルダさんがやってくる。
さて、今のところマリーの叔父、ランドルさんはすごく悪い人、という印象は無いけれども……。
すぐにゴルダさん達との会話が始まり、いつしか簡単な物だが食事でも、と
僕達は連れ立って別室へと向かうことになる。
「知らせを受けてからなのでこんなものしかご用意できないが……」
「何、押しかけて来たのはこちらだ」
僕にはどこまでが本気でどこからが演技、社交辞令なのかがよくわからないけど、
今のところ会話は問題ないように見える。
「そういえばご子息はいかがなされた? 知らせでは一緒だと聞いていたが……」
ゴルダさんのその言葉に、ランドルさんは表情を硬くしたように見えた。
「慣れない馬車で少し酔ったようでね。しばらくしたら来ると思うが……」
身内の恥をさらすようで申し訳ない、と続けて呟くランドルさんは
僕が見る限り、普通の父親に見える。
『普通に見える奴ほどって話もあるが……ん? なんだこの気配は』
(え? すぐそば!?)
ご先祖様の警戒の声に僕もすぐにその異様な魔力の気配を感じる。
普通の気配とは違う、なんというか圧迫感というか、そんなものだ。
気配の主は部屋の外、廊下側。
すると、何やら喧騒とどたばたと走る音がする。
大きな音を立て、扉が開くと何やら必死な様子のマリーと
スィルさん、セフィーリアさんが飛び込んできた。
続けて屋敷のメイドさんらしい人たちも。
一様に何か怖い物を見たような表情だ。
「あ! お父様! 彼が突然!」
よほど慌てているのか、初めて見るあせった表情でスィルさんが指さす廊下には……。
「デュフッ、逃げなくてもいいだろー」
歩く度に肉が揺れ、人の言葉を話す二本足のカエルがいたのだった。
カエルとはいってますが人の姿です、一応。
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