MD2-069「不穏の足音-7」
結論から言うと薬師さん、メリクさんはやっぱり優秀な人だった。
ギルドに納品されているポーションたちの品質からも
大体の腕は感じ取れたけど、家の中にある機材や使いかけの材料、
そう言ったものたちからしっかり管理されている物を感じたのだ。
僕の感じた臭いや飲んだ後の症状の聞き取りから、
間違いないとあたりをつけると話もそこそこに
いくつかの薬草等を手早く棚から選び、調合し始めた。
その時の表情は鬼気迫る、と言えるような物であり、
すぐ終わる、という言葉に僕とマリーは頷くだけにとどまった。
それは自身がその現場にいなかったことへの後悔でもあり、
その後、恩のあるセリス君の両親にしっかり面会していなかった自身への
叱咤のようにも感じたからだ。
僕達がお茶を飲み終える頃、あっさりと数本のポーションが作成される。
「ワシには夢があった。一般人や冒険者と多くの人を癒したいという夢がな。
大旦那様はそんな若い時のワシの言葉を笑わず、
ならウチで腕を磨け、金は出す、と言って雇い入れてくれた。
その息子である今の旦那様も同様にな。お屋敷にいながらでも
こっそりとギルドや街にポーションを流すようなこともしてくれたわい。
ワシはそこに恩義を感じてのう……出来るだけお勤めしようとした」
同じように椅子に座り、すっかり冷えたお茶を飲むメリクさん。
僕の前に出されたポーションはご先祖様と一緒に鑑定する限り、完璧だ。
「あれはそう、6年ぐらい前かの。今の旦那様に叱られたのじゃ。
夢があったのではないか、いつまでいる、とな。
その時には弟子となる若いのもおった。だからこそ、かの。
もういいのではないか?と背中を押してもらえたのじゃ。
何年かかったのか?と笑い話にもならんがね」
そういって遠い目をするメリクさん。
「あの、そこまでの相手なのに今日までお屋敷に行かなかったんですか?」
じっと話を聞いていたマリーの言葉に、
メリクさんは苦笑気味に頷いた。
「事故の前後でワシは王都のほうにでかけておっての。話を聞いたのは結構後なのじゃ。
勿論、顔は出した。ただなあ、既にその薬師、ゲイルだったかのう?
彼が雇われておったし、出されたポーションで腕も見た。
であれば無理を押してワシが診る、お前はひっこんでおれ、というのも
後々問題になりそうじゃったからな……。それが間違いだったわけじゃが」
一通りの話が終わり、翌日エルファーダ家を訪ねるように言って僕達は戻ることにする。
今からいきなり行ってもまだ手が足りないからね。
メリクさんが屋敷を訪ねること自体はお見舞い、と言えばどこにも不自然なところは無い。
(恐らくゲイルはちゃんとメリクさんの話を通していない……)
道すがら、僕はそう考えていた。
メリクさんの話からするとエルファーダ家の2人、
つまりはセリス君の祖父と父親が共にお世話になっている薬師だ。
そんな人が訪ねてきたというのに会話1つ無いというのはおかしい。
犯人は誰か、何のためにか、いつからか。
そんな疑問と答えがぐるぐると僕の頭の中で渦巻く。
横を歩くマリーもまた、真剣な表情だ。
神官の忠告が3回当たればその神官は預言者だという言葉があるんだ。
神官の人の忠告というのはありがたい物だが、
当たってほしくない物ばかりである。
それが3度も忠告通りになるのはよほどの事であり、
最初からそうわかっていた預言者に違いない!なんていう意味だね。
転じて、あまりにもできすぎている展開の裏には
それを仕組んだ何者かがいるだろうということになる。
今回の神官はゲイルだけじゃなく……。
そうこうしているうちに屋敷に着くとセリス君もこちらにやってくる。
「お帰りなさい。こちらも確保しましたよ。まだポーションの事は言ってませんが、
今日はこれが無くてもスィルの手伝いが出来そうだ、と喜んでいました」
言いながらこちらに差し出すポーションは2本。
こうやって改めてみると妙な気配を感じる気がするから
人間の思い込みってすごいよね。
実際にはこれは毒はない、ただの元気の前借なポーションだ。
その使い方と投与先がおかしいだけだからね。
明日、決行するよと伝えてその日は過ぎていき、翌朝。
依頼を探しに行く、という名目で玄関に向かった僕とマリー。
そこで約束通りにやってきたメリクさんを発見した。
「あら……ポーションを街で売ってくださった人じゃありませんか?」
「おお、お嬢さん。おはよう。ここの客人だったのかの」
メリクさんとマリーの『いかにも偶然会いましたよ』といった会話。
演技だとわかっている僕ですら何の違和感も感じない見事な物だ。
僕達の見送りに一緒に来ていたカイさんもまた、メリクさんを見る。
「お久しぶりですね、メリク殿。今日は……なるほど、
私の聞いていた話が嘘だったということですか」
その場である程度調合が出来るように持ち運び用の機材を背負ったメリクさん。
その姿を見るなり目的を悟ったらしいカイさんの表情は硬い。
それを見る限り、どうも屋敷にいる敵はゲイルだけではないようだ。
カイさん自身、どこか不自然さは感じていたのだろう。
屋敷を出ていこうとする人間がいないか、といったことをカイさんに依頼し、
僕達はセリス君と一緒にご両親の元に向かう。
丁度朝の診察というべき時期なのだろう。
そこにはゲイルもいた。
「む? おお、メリクではないか!
全く顔も出さず、どうしたものかと思っていたぞ!」
椅子に座り、診察を受けていたセリス君の父親の顔が喜色に染まる。
そばの奥さんもまた、笑顔を顔に浮かべている。
まあ、友人に久しぶりに会った、といったほうの笑顔だけども。
そしてこれだけでもゲイルのおかしい部分がわかる。
「ご無沙汰しております。いえ、ワシは何度かは屋敷までは来たんですがの。
そこの彼……そう、彼に下手に顔を出せばどちらが治療するかで話がもめる、
あるいは今は寝ておられる、等と断られましての。さて……どういうことか」
メリクさんの顔を見て既に緊張した様子のゲイルが
その言葉に表情を青白くする。
「……ゲイル?」
「も、申し訳ありません! 治療に専念していただこうかと思い勝手に!」
問い詰めるような皆の視線に、平伏して頭を下げるゲイル。
そう、そこだけ見ればそういう形にもできそうな話なのだ。
だからこそ、証拠がいる。
「劇薬の一種であるジキタの根を使った物で何がどう治るのか、聞きたいものじゃ。
それとも何か? 旦那様方は見えない魔物とでも日々戦っているというのかね?
せっかく時が癒した体をまた痛めるような真似をしてまで……」
ゆっくりとそう言いながらポチャンと、
僕が渡したポーションの1本を振って音を立てるメリクさん。
メリクさんがそのポーションを持っているのが信じられないのか、
驚愕の表情でゲイルはこちらを見てくる。
『やっぱりこいつ一人でやれることじゃないな』
(うん。1人ならもっとうまくやるはずだよね)
「父上、昨日お預かりしたこのポーション。
実は冒険者が緊急時に使う反動の大きい物の1種なのです。
目の前の脅威を排除するために力を前借する、そんなものです。
だからこそ、効果が終わると反動が体をむしばむのです。
そう、横になっていないと会話も厳しいほどには」
胸元に騎士証を陽光に反射させ、そうセリス君は父親に言う。
その顔はとても子供とは思えない立派な物だった。
「これは何かの間違いです! そう、誰かが私を陥れるために!」
「ワシはいつでもいいんじゃよ? ギルドにでもいって、
ポーションの鑑定をしても。すぐにわかる、そう……すぐに。
このポーションが誰の作った物なのか、なんてものはな。
それはお前さんだってよーく知っているだろうに」
必死になって言い訳を試みるゲイルに、
メリクさんはずばりと言葉を突き付ける。
そう、鑑定をしっかりとしてしまえばこのポーションの癖から
名前はともかく、ゲイルと同じ癖の物だとわかってしまう。
言い逃れは……出来ない。
青ざめ、膝をつくゲイル。
なおも何かを口にしようとしたその時だ。
やや大きな音と共に部屋の扉が開かれる。
「失礼いたします。緊急につきご容赦を。
なかなか気配に敏感なようで。逃げようとした者たちを捕えてまいりました」
そういってカイさんが部屋の中に数名の男女を転がす。
いずれも縄で縛られ、逃げられないようになっている。
メイドさんに庭師、そして兵士っぽい1人、か。
(思ったより多い。メリクさんが訪ねてきたのを見て慌てて一緒に逃げようとしたってとこか)
動き自体はゲイルより判断は速いから、
ゲイルの監視の兼ねていたのかもね。
「ゲイルよ。治療には感謝する。だが……いや、それすらも、か。
別々の牢に入れておけ。会話が出来ん場所でな」
疲れた様子の父親の言葉にセリス君は頷き、
カイさんや他の兵士と共に4人を引っ張っていった。
「ワシがもっと早く、もっと強く面会を訴えていれば」
「らしくもない。後悔せんのが信条ではなかったのか?」
自分も、妻も生きている、と口にしてセリス君の父親は椅子に深く座りなおした。
「あ、そうだった。メリクさん、あれを」
「む? おお、そうじゃった。ちゃんと対抗薬を作ったんじゃった。
旦那様、奥方様もこちらを」
わかりやすく色を変えた形のポーションが2本。
若干引いた様子の2人に、僕は理由に思い当たってメリクさんの手から2本を受け取る。
部屋にあったお茶用と思われる物に
どちらも少量出してから断りを入れて飲む。
「……ご覧のように、大丈夫な物ですので」
当たり前と言えば当たり前だけど、
僕にはなんの異常も出ずに無事な姿だ。
そのことを報告して、2人にポーション瓶を差し出す。
「! これは気が付かず。うっかりですな」
「昔からお主はそうだったよ、うん」
笑いあう2人。
そして僕はずっと微笑んでいる女性、セリス君の母親へと向き直る。
手渡されたポーションを飲み、しばらく後に
見てわかるほどに顔色を良くなる姿に僕もマリーもそろって笑顔になる。
その後、領主のお触れという形で街には詳報が伝わる。
といっても、それはゲイルが事故を利用して危害を加えようとしたのを
戻って来た息子であるセリス君が見事に解決した、といった内容だ。
その流れでセリス君の騎士証確保による継承権の移動などが宣言される。
街は騒がしくなった物の、数日して元気な姿を見せる領主達に湧き立ち、
騒ぎは良い騒ぎへと変動していく。
問題はまだまだあるけど、ひとまずの解決、となったのだ。
それでも僕達はエルファーダ家に厄介になっている。
セリス君に請われてのことでもあるし、年明けにはやってきそうな
相手がどちらかというと僕達の本番だしね。
嫌な足音がいつ聞こえてくるか。
僕達はそれを気にしながら日々に気持ちを向けていくのだった。
スィル姉は別室でお茶をしていました。
セリス君が昔からのメイドさんを付けていたようです。
話を聞いて弟をひたすら抱きしめたのは間違いないでしょう。
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